【完結】世界の涯てで君と踊る

みやこ嬢

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11話・権力は従う者がいなければ発生しない

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 ガタ、と何かが壁にぶつかる音がした。ギルが壁際に追いやられたのだろう。衣服が擦れ合う音と共に荒い息遣いが聞こえてくる。興奮したゼレニスが迫っているようだ。

「あなたのような高貴な身分のかたがたった一人の護衛を連れているだけなんておかしいと思っていたのです。こうして外で羽目を外すためですよね」
「ちょ、どこを触っているんですか」

 物音から察するに、無理やり抱きついているのかもしれない。狭い物置き小屋の中でなにやってんだ、と少し呆れる。

「護衛を置いて来たのでしょう? いいですよ、あなたが望むなら抱いてあげます。私でなければ満足できないようにしてさしあげますよ」
「やめてください、無礼ですよ!」

 後半は聞くに耐えないゼレニスの妄想だった。なるほど、コイツはギルに取り入って聖都に行きたいのだ。綺麗な顔と細身の体、常に穏やかな性格のギルをくみやすしと判断したらしい。ゼレニスは恰幅が良い中年男。単純な腕力だけならギルより強い。

 だが、ギルは見た目通りの性格ではないし弱くもない。それに、ゼレニスはギルの逆鱗に触れてしまった。

「ぐあっ!!」

 突然ゼレニスがうめき声を上げた。物置き小屋の中を見なくてもわかる。ギルがやったのだ。

「ゲハッ、ちょ、なぜ」

 苦しげに咳き込みながらゼレニスが問う。だが、ギルは応えない。もう会話をする相手と見做していないからだ。淡々と処分していく。ドサッと何かが落ちた音を最後に、ゼレニスの声は聞こえなくなった。

「……終わったか?」
「ええ」

 少し間を置いてから物置き小屋に入ると、ランタンの明かりに照らされた室内でゼレニスが倒れていた。ギルは半魔族の少年を抱き起こし、乱れた髪や服についた土ぼこりを手で拭ってやっている。

 その様子を横目で見ながら、俺は靴の先端でゼレニスの脇腹を蹴って仰向けになるよう転がした。よほど恐ろしい目に遭ったのか苦悶の表情で白目をむいているが、まあ命に別状はなさそうだ。

「殺したかと思った」
「まさか。それは私の役割ではありません」

 何事もなかったかのように笑うギル。いつもの朗らかな表情に少し安堵した。ゼレニスに乱された髪や衣服の乱れを直してやる。

コイツゼレニスはどうする?」
「役人を呼んで対応してもらいましょう。町の住民に聞き込みをすれば色々と明らかになると思います」

 すると、悲鳴や物音を聞きつけた屋敷の使用人たちがわらわらと集まってきた。雇い主であるゼレニスを気絶させた状況をどう判断されるかと焦ったが、使用人たちは冷静だった。まず、ギルが彼らの前に立って堂々と事の次第を説明したからだ。彼らはギルの話を聞いて、逆に謝罪と感謝をしてくれた。

「ゼレニス様は以前からこうでした。見つけるたび、死なない程度に痛めつけるのです。死んでしまったら聖都に連れて行く口実になりませんから」
「かわいそうだけど助けられなくて」

 ゼレニスの屋敷の使用人たちはみな半魔族の子どもに同情的だった。半魔族を産んだ母親は町の女で、使用人たちからすれば身内や知人。代表が極度の差別主義者のため町の中では育てられず、でも完全に放っておくこともできずにいた。救いを求めたバルプルドの住民がわざと噂を流していたから、ランバードのホーゼンの耳にまで届いたのだ。

「ゼレニスさんは不要不急の理由で結界の要であるグレフ神の像を長期に渡って持ち出し、故意にバルプルドを危険に晒していた疑いがあります。加えて、保護すべき半魔族に対して必要以上の暴力を振るう現場を私がこの目で見ております。役人が裁きに来るまで屋敷の中に閉じ込めておいていただきたいのですが」
「わかりました」

 町の代表が罪に問われると聞いても、使用人たちは驚きも反論もしなかった。気を失ったゼレニスを縄で縛り上げ、男たちが担いでいく。女たちは同じく気を失っている半魔族の子どもを抱き上げる。年配の女がぽつりと「うちの娘が産んだ子なんです」とこぼした。ギルの推測は当たっていた。すべてはゼレニスの愚行が招いた結果だ。

 子どもは風呂場で洗われているうちに目を覚ました。鞭で打たれた傷は塞がり、肌に跡を残すだけとなっている。着古しの子ども服を着せ、あらかじめ用意していたパンがゆを食べさせるなど、女たちが世話を焼いている。

「従者のかたも半魔族だったんですね」

 不意に使用人から声をかけられ、自分がいま外套を着ていないことに気が付いた。当然フードをかぶっておらず、尖った耳が見えてしまっている。

 だが、俺が半魔族だとわかっても誰も怯えたり奇異の目で見たりしなかった。それどころか、むしろ羨望の眼差しを向けられている。

「保護施設に入れられたらどうなってしまうんだろうと心配していたんです。あなたのように尊いかたの側付きになれる道もあるのですね」
「あ、ああ。ないこともないんじゃないかな」

 適当に答えると、使用人たちはホッとしたように表情をゆるめた。 

「ああ良かった。これまで連れて行かれた子たちもきっと幸せになれるわ」
「そうね、こんな田舎で差別されながら生きるよりずうっといいわね」

 俺みたいなケースは稀で、保護施設に入れられたら自由はない。定められた区域から出ることも許されないらしい。でも、それは言ってはいけないような気がして曖昧に言葉を濁した。

「それにしても、お客様がご無事でなによりでした。実はゼレニス様は男色趣味で、お客様をずいぶんと気に入ってらしたので」
「え、そうだったのか」

 言われてみれば、屋敷に妻子はいなかった。女に興味がないからあのような愚行が平気でできたのだと妙に納得してしまう。

「ゼレニスが捕まったら町の代表はどうなる?」
「もともと跡継ぎがいないとわかっていたので遠縁の者を次の代表にと決めておりました。予定よりかなり早くなってしまいましたが」

 ゼレニスがいなくなってもバルプルドは大丈夫そうだ。むしろ以前より平和になることだろう。

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