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13話・情が移れば離れがたくなる
しおりを挟む大断絶沿いにあるバルプルドから大陸の中心部に近いカダロードへ向かうには山を越えねばならない。険しい山だが登山道が整備されており、徒歩または馬での移動が可能となっている。しかし結界の効果範囲から大きく外れているため、魔物の襲撃に備える必要がある。馬車で移動する場合は比較的平坦な山間の道を選ぶのだとか。
岩だらけの山肌には疎らに樹木が生えているだけで見通しは悪くない。魔物が近付けばすぐに察知できる。ところが、俺は山に住む魔物に慣れていなかった。
「ギル。コイツらなに!?」
「小型の魔物ですね。この山に巣があるみたいです」
山道に差し掛かってすぐ無数の魔物に襲われた。ネズミやリスのような小さな個体だ。一匹一匹は手のひらサイズで弱いのだが数が多い。群れが濁流のように、しかも木の上から降ってくるものだから、俺たちはとりあえず走って逃げることにした。テオを抱き上げて全速力で走る。
「テオを頼む」
「わかりました」
ある程度距離をあけたところでテオをギルに任せ、迫り来る魔物たちの前に立ちはだかって魔力を溜める。数が多いから一箇所だけ狙っても殲滅はできないし、炎を出せば山火事が起きる。広範囲魔法を使えばギルたちを巻き込んでしまう。どうしようかと悩んでいると、ギルが外套の懐からなにかを取り出した。
「レイ。私たちに構わずやっちゃってください」
先日手に入れた狼型の魔物の骨だ。バルプルド滞在中に加工して、手のひらに収まるサイズの骨片になっている。
「よぉし、それなら……切り裂け烈風!」
魔力から創り出した無数の風の刃を魔物たち目掛けて投げ付ける。鋭い刃によって小型の魔物のほとんどは絶命し、運良く避けた個体は逃げていった。周囲には木の枝や葉がパラパラと落ちている。
「二人とも大丈夫か?」
振り返ると、すぐ後ろにテオを抱っこしたギルが平然と立っていた。あれだけの数の風の刃が一帯を縦横無尽に切り裂いたというのに、ギルたちはかすり傷一つ負っていない。
「新しく作った簡易防御結界がうまく機能しました」
「そうみたいだな」
ギルは聖都で暮らしている時から結界装置の研究をしていた。グレフ神の像に嵌め込まれた水晶球以外にも使えるものがないかと色々な素材を試していた。今回は魔物避けではなく狭い範囲に防御壁を生み出す結界を作ったようだ。
テオはぽかんとした顔で不思議そうに俺とギルを交互に見ている。
「いまなにしたの?」
「レイが魔法でたくさんの魔物を追い払ったんですよ」
「まほう、テオにはあたらなかった」
「ギルが守ってくれたからだな」
「すごーい!」
簡単に説明してやると、テオは感嘆の声をあげた。
「テオにもできる? まほう」
「どうかなぁ。大きくなったら使えるかもな」
「ほんとう? つかいたい!」
同じ半魔族だから魔力はあると思う。だが、テオは聖都にある保護施設に入る予定だ。そこでどんな生活を送るのかは知らないが、果たして魔法の使用は許されるのだろうか。テオが自由に過ごせるのはカダロードに着くまでの数日間のみ。そう考えると、目一杯楽しい思いをさせたい気持ちもあるし、情が移らないよう最低限の関わりに留めておきたい気持ちもある。
しかし。
「レイ、ギル、つよいねぇ」
こんな小さくて可愛い奴から羨望の眼差しを向けられて嬉しくないわけがない。ギルも同じ気持ちらしく、テオを抱きしめる腕に更に力を込めている。
産みの親に拒絶され、存在を隠して育てられてきたのだ。少しくらい甘やかしても構わないだろう。
山の頂上近くに開けた場所があった。ギルにテオを任せ、野営の準備をする。水筒の水を木製カップに注いで二人に手渡してやった。
手頃な石を積んで簡易かまどを作り、魔法で火を起こす。俺が支度をしている間、ギルはテオを自分の膝の上に座らせていた。
「あそこの木には棘があるから触れないように。隣に生えているのは香草の一種ですね。生では食べられませんが、肉を焼くときに加えると良い香りが付きます」
「ギルぅ、これは?」
「ドングリですね。たくさん落ちていますが食べてはいけませんよ。中に虫がいるかもしれません」
どうやら山に自生している植物について教えているらしい。テオは興味深そうに大人しくギルの話を聞いている。テオが見た目より幼い理由は他者との関わりが少な過ぎたからだ。たくさん言葉を交わし、色々なものを見て学べばすぐに覚えるだろう。
バルプルドで仕入れた食材である堅パンとハムをナイフで薄く切り分け、炙ったチーズを乗せれば軽食の完成だ。テオは物珍しそうにパンを眺めている。俺たちが食べ始めると、意を決したように口をつけた。とろりと溶けたチーズを見てテオが首を傾げた。ためらっていたのは最初だけで、もりもりと食べ進めている。どうやら口に合ったようだ。
「うまいか?」
「うんっ。ごはん、あったかい。おいしい」
その言葉に、テオの育った環境を思い返す。町を囲む塀の外にある小屋で、一日一度祖母が食料を運んでくるだけ。普段の食事は冷めたものしかなかっただろう。もっとうまいものを食わせてやらなくては、という衝動に駆られた。
「ちょっと待ってろ」
俺は自分のぶんのパンをたいらげてから、追加でハムを切って鉄串に刺して火で炙った。表面が少し焦げて肉の脂が滴り始めれば食べ頃だ。テオに渡したらそのまま口に入れようとしたので慌てて止める。
「熱いから、ふーふーしてから食べな」
「ふーふー?」
熱いものを冷ましながら食べた経験がなくて意味がわからなかったらしい。俺が口をすぼめて息を吹きかけて実演すると、見よう見まねでテオも息を吹きかける。湯気が少し落ち着いた頃に「食べてみろ」と言うと、テオがハムにかじりついた。ヤケドするほどではないがまだ熱かったようで、はふはふしながら食べている。
「お、おいひぃ」
「そうか。良かったな」
大事そうに両手で鉄串を持ってハムを食べるテオの姿に、俺とギルは嬉しくなった。山には井戸がないから焼くくらいしかできないが、もっと凝った料理を食べさせてやりたい。
「そろそろ寝るか。俺が見張りをするから、ギルはテオと一緒に休んでくれ」
食事の片付けも終わり、日が落ちて辺りは真っ暗になった。かまどの炎の周りだけがぼんやりと照らされている。二人ぶんの寝床を用意したのだが、テオが抗議してきた。
「レイはねないの? なんで?」
「また魔物が襲ってくるかもしれねえだろ」
「でも、だってぇ」
実際一度襲われているからか、テオの勢いがなくなっていく。今にも泣きそうな表情を見兼ねたギルが代案を提示した。
「では、簡易防御結界を張った状態で寝ましょう。眠っていて察知が遅れたとしても相手の初撃は防げますので」
「し、仕方ねえな。わーったよ」
厚手のシートを地面に敷き、荷袋を枕がわりにして寝転がる。テオはもちろん真ん中だ。ギルが防御結界を張ってはいるが、俺も一応完全には眠らずに周囲を警戒しておく。
初めての旅ではしゃぎまくっていたからか、テオはすぐに寝息を立て始めた。幼い寝顔に、ギルと二人で顔を見合わせてフフッと笑う。
「可愛いですね」
「だな」
出会って一日、行動を共にしてまだ半日しか経っていないのに既に情が移りまくっている。カダロードに着いたらテオと別れなければならないんだが、たぶん平気ではいられないと思う。
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