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14話・本物を知らない三人の親子ごっこ 1
しおりを挟む夜明けと共に山を降りる。山一つ越えただけで景色がガラリと変化した。砂と岩ばかりだった辺境と違い、大陸の中心に近付くほど緑が多くなる。各集落に置かれた結界が作用し合い、ほとんど魔物が寄り付かなくなっていた。
ちなみに、俺とテオには人間の血も流れているからか結界に弾かれることはない。多少の動きづらさは感じるが日常生活に支障はない。
街道にも行き交う人々の姿が増えてきたので、外套のフードを目深にかぶる。テオには毛糸の帽子をかぶせて耳を隠した。
比較的安全な地域のため、街道と街道が交わる場所に休憩可能な簡易施設がある。ひらけた空間と井戸、かまどがあり、誰でも野営できるようになっている。通り掛かりの行商人がいれば足りない物資の補給も可能だ。
俺たちが立ち寄った時も行商人がいたので品物を見せてもらった。近くの集落から仕入れたばかりの野菜や調味料、燻製肉、他には古着や日用品などがある。見慣れぬ品々にテオは興味津々だ。
「ここ、なに?」
「お店屋さんですよ。お金と交換で欲しいものを譲ってもらうんです」
「おかね?」
「えーと、こういうものです」
言いながら、ギルは懐から財布代わりの革袋を取り出して幾つか硬貨を見せてやった。鈍色の金属で作られた硬貨を、テオは不思議そうに眺めている。
「この葉野菜と芋、燻製肉をくれ。あと山羊の乳があれば一瓶。ギル、支払い頼む」
「はいはい」
その横で俺が買い物をしてギルに払わせた。その様子に、行商人のおじさんがクスッと笑う。
「あんたら、トシの離れた兄弟かと思ってたけど、なんだか親子みたいだなぁ」
「え、親子?」
「そう! アンタがダンナさんを尻に敷いてるみたいに見えちまったぜ」
つまり、俺が嫁でギルがダンナに見えたってことか。予想外の発言に思わず固まってしまった。俺は子どもがいるようなトシじゃないんだが。ギルは「似たようなものですね」と笑顔で軽く返している。コイツはまったく動じていなかった。
買い物を終え、休憩所の端で野営の準備を始める。行商人や他の人々は次の集落に向かっていったようで、俺たち以外には一組の旅人がいるだけ。
備え付けのかまどを借り、他の人間がいるので魔法ではなく道具を使って火をつける。まず深めの鉄鍋で燻製肉を焼き、脂が出たところで皮を剥いてひと口大に切り分けた芋と野菜を投入する。軽く火が通ったら小麦粉と山羊の乳を入れて煮込む。最後に塩胡椒で味を整えればシチューの完成だ。まだ残っていた堅パンと一緒に食べる。
湯気が立ち昇る器を手渡すと、テオはスプーンを握りしめて俺とギルを交互に見てきた。
「ふーふーしてから食べな」
「う、うん」
前に教えたように自分で息を吹きかけて冷まし、テオは恐るおそるスプーンを口に入れた。次の瞬間きらきらと目を輝かせ、もりもり食べ始める。
「うまいか?」
「うん、おいしい」
「よかった。おかわりもあるからな」
身長の割に細いテオのため、多めに作っている。成長期なのだから肉やパンだけでなく野菜も食べさせなければと思って煮込み料理にした。シチューなら子どもも食べやすいし、なにを入れても大体美味くなるからだ。
「ほら、口の周りについてる」
スプーンに慣れていないのか、テオはまだうまく食べられない。口の端についた汚れを布巾で拭いてやっていると、ギルがクスクスと笑い出した。
「ふふ、本当にレイは母親みたいですね」
「はあぁ?」
「料理も上手ですし、甲斐甲斐しく世話をするし、先ほどの行商人さんが仰っていた通りです」
だから、俺は子どもがいるようなトシじゃないんだよ。言われっぱなしは悔しいので、ギルも巻き込むことにする。
「んじゃ、ギルは父親だな。まあまあ強いし、物知りでカネ持ってて頼りになるもんなぁ?」
ところが、予想に反してギルは顔を赤くして照れ始めた。
「あ、あなた、私をそんなふうに高く評価してくれていたのですか……?」
「えっ? いや、まあ、うん」
「嬉しいです。もっと頼れるようになりますね」
あれ、なんか喜んでね?
からかったつもりだったんだが。
俺たちのやり取りを聞いていたのか、同じ場所で野営をしていた旅人がクスクスと笑っている。なんだか恥ずかしくなったので、まだ食べている最中のテオを抱きしめて顔を隠した。
「レイ、おかわりください」
「ギルは自分でできるだろ」
「私も甘やかしてくださいよ」
「やだ!」
間に挟まれたテオから「ごはん、たべにくいよぉ」と率直な感想を言われてしまい、仕方なく抱っこをやめて離してやった。
鍋や食器を洗って片付け、あとは寝るだけという状態になった時に仕返しをすることにした。
「今夜の見張りはオマエがやれよ、ギル」
「ええ~? この辺りは魔物も出ないでしょうし、見張りはしなくても大丈夫ではないですか」
「だぁめ。俺たちの安眠のために頼むぜダンナ様♡」
意趣返しで甘えてみたのだが。
「し、仕方ありませんね。妻子を守るのは夫の役目ですからね」
「反論しろよ! 俺が恥ずかしいだろ!」
なぜか満更でもない感じで受け入れられてしまったし、また旅人たちに笑われてしまった。
考えてみれば、俺たちは三人ともちゃんとした家族の経験がない。ギルは特殊な血筋で、誕生と同時に母親を亡くした。俺には生まれてから一年前までの記憶がない。テオは産みの母親に拒絶され、隠されて育てられてきた。正しい父親、母親の知識が何もない状態で、なんとなく真似事をしている。足りないものを手探りで求め合っているだけなのかもしれない。そう考えると、この茶番も悪くはないように思えた。
その夜は本当にギルが寝ずの番をしてくれて、俺とテオは朝日が昇るまで安心して眠ることができた。
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