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15話・本物を知らない三人の親子ごっこ 2
しおりを挟む大陸の中心に近付くにつれ、だんだんと街道の幅が広くなってきた。辺境では地面を踏み固めただけだったが、山を越えた辺りから砂利が敷き詰められ、都市が近くなってくると石が敷かれて歩きやすい。行き交う人も増え、馬車もよく見かけるようになった。
目的地であるカダロードは高い壁で囲われており、東西南北にある門には門番が常駐しており、不審な人物や荷物は入れない。
俺とテオは半魔族の証である耳を隠し、ギルの後ろに着いていく。ギルが身分証である首飾りを門番に見せると、同行者の俺たちもすんなり都市の中に入れてもらえた。グレフ神の末裔は特権階級なんだなーと、こういう時に実感する。
都市の内部は綺麗に区画が分けられていた。東西南北の門から中心に建つ教会に向けて大きな通りが突き抜け、外側は一般住民の居住区、真ん中は様々な店が軒を連ねている。大通りから一本奥の細い路地に入ると飲み屋や宿屋、職人の工房などがある、といった感じだ。
まず宿で家族用の広めの部屋を借り、身支度を整えることにした。普通の町の教会は代表が管理しているが、都市の教会には資格を持った聖職者が常駐している。きちんとした場所に出向くには相応の服装で行かねば浮いてしまう。
数日間の野営によってギルの髪がまたボサボサになっている。グレフ神の末裔がこんな姿で現れたら教会の人間がショックで倒れかねない。
「ギル、テオと一緒に風呂入れよ。その間に服を洗濯しておくから」
「レイがいないと髪がうまく洗えません」
「乾かすのだけは手伝ってやる」
「はぁい」
二人が着ていた服を無理やり剥いで浴室に押し込め、洗濯かごを抱えて宿屋の中庭に向かう。宿泊者なら誰でも使える井戸と洗い場があるので、道具を借りて洗濯を始めた。
テオの服は少しサイズが大きく、裾や袖を捲って着ていた。恐らく上の兄弟が着古したものだろう。それでも俺やギルの服に比べればはるかに小さい。こんなに小さいのに自分の足で山越えをし、街道を歩いてきた。頑健な肉体を持つ半魔族とはいえ泣き言ひとつこぼさずについてきた。後でたくさん褒めてやらねば、と思う。
洗い終えて固く絞った洗濯物は部屋の中に干しておく。壁のフックに縄をかけて対面の壁にピンと張り、引っ掛けるのだ。薄手のシャツや下着程度なら一晩で乾く。外套やギルの司祭服は吊るしてブラシを掛けておく。
洗った服を干し終えた頃に二人が浴室から出てきた。髪から水を滴らせる姿を見て、俺は慌ててタオルで拭いてやった。
「テオが風邪ひいたらどーすんだ!」
「たくさん温まりましたし、大丈夫ですよ」
「湯冷めって言葉を知らねえのか?」
言い争いながらテオの髪を乾かしていく。柔らかな焦茶の髪は生まれてから一度も切っていないのか肩より少し長い。前髪も長く、真ん中で分けて目を覆わないようにしている。
「おふろ、たのしかった!」
にこにこと嬉しそうにテオが話しかけてくる。何がそんなに楽しかったのか聞いてみた。
「ギルがいっぱいおはなししてくれた」
「どんな話だ?」
「えっとねぇ、レイのはなし」
「俺の?」
もっと他にないのかと思ったが、ギルとテオが話すとなると俺のことしかない。バルプルドではロクな思い出がないし、他に共通の話題がないのだ。
「ギルねぇ、レイだいすきなんだって。おいしいごはんつくってくれて、かみをとかしてくれるから」
「そ、そっか」
テオを通して言われるとなんだか嬉しい気持ちになる。もし本人から直接言われたら、同じ内容でも「自分の世話くらい自分でやれよ!」と返してしまいかねない。
当のギルは俺たちが座っているソファの向かいの椅子に座り、髪を乾かす順番が来るのをおとなしく待っている。文句を言いたくなったが、後で乾かしてやるという約束を思い出した。
「ギル」
髪を綺麗に梳かし終えたテオを膝から降ろしてから手招きしてやると、ギルはパッと笑顔になった。いそいそとそばに歩み寄り、俺の隣に座って背を向ける。毛先から櫛を通し、少しずつ絡んだ髪を解いてゆく。少し時間がかかったが、ギルは嬉しそうに鼻唄を歌いながらされるがままになっていた。
俺も浴室で汗を流し、身支度を整えてから食事をしに部屋を出る。宿屋の近くには屋台や飲食店が多く、美味そうな匂いが漂っていた。日が落ちて暗い時間帯だが、店の明かりが路地を昼間のように明るく照らしている。辺境の町では見られない光景に、テオは目を丸くした。
「食べたいものはありますか?」
「えーと、えーと」
ギルに問われたテオはキョロキョロと辺りを見回している。選択肢が多過ぎて決められないようだ。今まで与えられたものしか食べていなかったのだから、急に「自由に選べ」と言われても困るのだろう。
「テオ、肉は好きか?」
「すき」
「焼いたのと煮たの、どっちがいい?」
「えっと、にたやつ」
「んじゃ煮込み料理の店に入ろう」
俺たちの会話を聞いて、すぐにギルが店を選んだ。子連れなので酒場ではなく大衆食堂のようなこぢんまりとした店だ。テーブル席につき、飲み物と料理を注文する。
テオは初めて入った飲食店に緊張していたが、店のおかみさんが優しく声を掛けてくれたおかげですぐに慣れた。運ばれてきた料理は兎肉と根菜の煮込み、ベーコンと葉野菜の炒め物、柔らかな白パンと果実水。
煮込みを小皿に取り分けてやると、テオはまず息を吹きかけて冷まし始めた。俺が教えたことを覚えているのだ。スプーンの使いかたも上手になっていて、もう口の周りを汚さずに食べられる。ギルの所作を見て真似しているから上達が早い。
「これ、おいしい!」
にこにこしながら食べる姿に胸がいっぱいになった。テオを見てばかりの俺に気付いたギルがグラスに果実水を注いで渡してくる。
「レイも食べてください。足りなければ追加で注文しますので」
「おう」
煮込みは味がしみていて、肉も根菜も噛めばほろりと口の中で崩れてしまうほどやわらかい。炒め物も、香り付けに大蒜や生姜を入れていて味に深みがある。野営では作れない料理だ。白くてふわふわなパンは小麦の甘い匂いがする。柑橘系の果物を漬けて冷やした果実水も美味い。
結局煮込み料理をおかわりして平らげてから俺たちは宿屋へ戻った。顔を洗ったら後は寝るだけだ。家族用の部屋を借りたので寝台は人数分あるが、俺はテオと一緒に寝ることにした。
また魔物の骨を加工するようで、ギルは窓際の小さな机で作業に没頭している。
「さっきのごはん、おいしかった」
「うん、うまかったな」
毛布にくるまったテオは隣で横になっている俺に笑顔を向けた。
「でもね、レイのシチューのがすき」
くそっ、可愛い!
都市の人混みで疲れたのか、少し喋っていたらいつの間にか寝息を立てて眠っていた。間近で寝顔を眺めていると胸の奥が締め付けられるように痛くなる。傷なんかどこにもないのに殴られたり刺されたりするよりずっと痛い。
明日は教会に行く。
テオとはそこでお別れだ。
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