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16話・理屈より感情を優先したい時もある
しおりを挟む窓から朝日が射し込み始めた頃、息苦しさで目が覚めた。俺の寝台にギルが潜り込んでいたようで、テオを抱きしめる俺の体の上にギルの腕が回されている。気付かぬうちに首の下にも腕があり、抱き枕にされていた。二人に挟まれて身動きが取れない。
「ギル、重いんだけどぉ」
苦情を申し立てるが、よほど熟睡しているのか返事はない。あまり騒ぐとテオを起こしてしまう。仕方ないので、起きるまで我慢することにした。
しばらくすると、ギルが寝言を呟き始めた。かすれた声が耳元に届く。
「……エマ」
以前も聞いた女の名前だ。また昔の夢でも見ているのだろう。俺を抱きしめるギルの腕に力が入る。
「すまない、エマ。私は……」
しかし、寝言の内容が違った。前回は甘ったるい声音で愛を囁いていたが、今朝は謝罪だ。俺を抱きしめながら女の名前を呼ぶギルにだんだん腹が立ってきた。どこの誰だか知らないが、ギルを悲しませているエマとかいう女にも腹が立った。
体は起こせないので、ギルの腹部を肘で小突いた。地味に痛かったようで、何度か繰り返すうちにギルが目を覚ました。
「おや?」
間近に俺の顔があったからか、寝ぼけ眼で不思議そうに首を傾げている。
「レイったら、私の寝台に入ってきたんですか?」
「逆だ、逆。オマエが俺んとこに来たの!」
即座に否定すると、ギルはすごすごと寝台から出ていった。テオも目を覚ましたので、そのまま起きることにした。
昨日洗って部屋干ししておいた服はしっかり乾いている。テオの着替えと洗顔を手伝い、自分の身支度も整える。ギルは司祭服に袖を通し、その上から外套を羽織った。俺も外套を羽織ってフードをかぶる。テオにも帽子をかぶせて半魔族の証である尖った耳を隠した。
「朝ごはんを食べに行きますか」
宿屋から出て大通りへと向かう。まだ早い時間だというのにたくさんの人々が行き交っている。飲み屋以外の飲食店は営業を始めていて、どこもにぎやかだった。
はぐれないようにテオと手を繋ぎ、ギルの後ろをついていく。陽の光に照らされたギルは明らかに高貴な身分だとわかるようで、誰もが道を譲ってくれる。おかげで非常に歩きやすい。同時に好奇の視線も集まるのだが、全部フードで遮断した。
昨夜のような大衆食堂は入りづらいため、ちょっとお高そうな店を利用する。柔らかい薄切りパンで具材を挟んだ軽食や果物入りの甘い焼き菓子などをギルが適当に頼んでくれた。テオは初めて食べるものばかりで目を輝かせている。
「おいしいねぇ」
「うん、美味いな」
「たくさん食べてくださいね」
食後の菓子を頬張るテオを目を細めて眺める。なんとなく、ギルも俺と同じ気持ちなんだと感じた。教会に直行することもできたのに、わざわざ一晩宿屋に泊まって先延ばしにしているからだ。
楽しい時間はもうすぐ終わる。テオが食べ終えてひと息ついた頃を見計らい、ギルが席を立った。
「そろそろ行きましょう」
店を出て、都市の中心に建つ教会へと向かう。ランバードやバルプルドと違い、カダロードの教会はかなり大きくて立派だった。白い石を積み上げて作られた教会は周りの建物よりも高く、都市のどこからでもよく見える。
受付でギルが首飾りを見せて名乗ると、すぐに中へと通された。一般の参拝者は礼拝堂までしか入れないが、俺たちは更に奥へと案内されている。テオはずっとキョロキョロしていて落ち着きがない。
関係者専用の通路をしばらく進んだ先に来客に応対するための部屋があった。室内は絨毯が敷き詰められ、調度品は落ち着いた色合いでまとめられている。派手さはないが上質なものだと感じた。
ソファで座って待っていると、すぐに案内役が誰かを連れてきた。ギルが立ち上がり、深々と頭を下げる。
「イムノス様、ご無沙汰しております」
「これ、頭を上げんかギルバート」
イムノスと呼ばれた初老の男はこの教会で一番階級が高い聖職者らしく、白い法衣に身を包んでいる。後ろに一人部下らしき若い男を従えていた。シワの目立つ顔にやわらかな笑みを浮かべ、他人行儀なギルの態度に肩をすくめている。
「門番から連絡を受けてから今か今かと待っておったんじゃが、まさか次の日に来るとは思わんかったぞ」
やはり、ギルがカダロードに到着したことは報告されていたらしい。グレフ神の末裔が来たのなら当然すぐに来るものだと教会関係者が考えるのは無理のない話だ。
「遅くなって申し訳ありません。旅装では失礼かと思い、宿に泊まって身支度を整えておりました」
「わしの屋敷か教会の宿舎に来れば良いのに」
「いきなり押し掛けるなんてできませんよ」
俺たちの向かいのソファにイムノスが腰を下ろしたのを確認してから、ギルは早速話を切り出した。
「バルプルドの代表ゼレニスによる背徳行為がありました。私が直接この目で現場を見ております。調査のために役人を数名派遣していただけますか」
「ふむ、わかった。すぐに向かわせよう」
イムノスは部屋の隅で控えていた部下に指示を出した。各部署に通達をするためか、すぐ部下が退室していく。部屋には俺とギルとテオ、イムノスの四人だけが残された。
「実は、今回訪ねた理由は別にありまして」
そう前置きしてから、ギルが隣に座るテオの肩に手を置いた。
「バルプルドで保護した半魔族の子どもです。代表ゼレニスが半魔族に対して酷い暴行を繰り返していたため住民が存在を隠し、今まで表に出ておりませんでした」
本来、半魔族の子どもが生まれた時点で所属する集落の代表または役人に届け出る決まりになっている。乳飲み子のうちに保護施設に入れて教育すればグレフ神への信仰を刷り込み、人間に対する反抗心や不満を抑えられるからだ。テオは見た目は五、六歳の体格をしているが実際は生まれてまだ二年ほど。保護施設に入れるには遅いくらいだという。
「ふむ。わしが預かればよいのじゃな。では、次に聖都へ行く時に保護施設に送り届けるとしよう」
「よろしくお願いします」
ギルが頭を下げたので、俺もつられて頭を下げた。俺たちを見て、テオも見様見真似で頭を下げる。だが、会話の内容まではわかっていないらしくキョトンとしていた。
「この子には私が名を授けました。テオと言います」
「そうかそうか。良い名をもらったな、テオ」
急に話しかけられたテオはイムノスの顔を見つめ返し、隣に座る俺の外套の袖を掴んだ。小さな指先が微かに震えている。知らない場所で知らない人と対面して緊張しているのかもしれない。
イムノスは見た目通りの温厚で優しい人間だと思う。ギルが直接託しに来るくらい信頼していて、きっとテオを粗雑には扱わない。そう頭では理解しているのに、俺の腕はテオを抱え込んでいた。
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