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17話・最初から決まっていた別れ
しおりを挟むカダロードの教会で一番エラい聖職者であるイムノスはテオを預ける相手としては最上だと思う。ギルは知り合いみたいだが、俺にとってはさっき会ったばかりの知らない人間だ。すんなり「お願いします」とはいかない。
テオを挟んだ向こう側に座っているギルが横目で俺の様子を窺っている。俺がイムノスに気を許していないと感じたのだろう。
「レイ。イムノス様は信頼できる御方ですよ」
諭すように言われたが、そんなことはわかっている。頭ではわかってはいるけれど、気持ちがついていかないのだ。うまく言い表せず、ムスッとした顔をしてしまう。
そんな失礼な態度の俺を叱ることもなく、イムノスは肩を揺らして笑っている。ひとしきり笑ってから、テーブル越しにずいと顔を寄せてきた。
「おまえさんは覚えておらんだろうが、前に会ったことがあるんじゃぞ。去年の今頃だったか? ギルバート」
「はい、ちょうど一年前ですね」
困惑する俺に、ギルが話を補足する。
「私があなたを保護してすぐの話です。ひどい怪我をして療養している頃、イムノス様が来られたことがありまして」
「頭を強く打ったとかで意識がハッキリしとらんかったからのう。覚えてなくて当たり前じゃな」
「そうだったのか。知らなかった」
聖都にあるギルの屋敷に出入りするくらい親しい間柄のようだ。見舞いに来たというより、成人済みの半魔族をギルのそばに置いておくのが心配で様子を見に来たのだろう。
「もしかして、アンタもギルと同じ血族なのか?」
「いや、わしにグレフ神の血は流れてはおらんよ」
俺の質問に苦笑しながら説明するイムノス。笑ってはいるが、少し声音が暗くなった気がした。
「わしは分家の一つ『ラウール家』の当主で、今はカダロードの代表を務めておる」
「? 分家なのにグレフ神の末裔じゃないのか」
「そうとも。ま、詳しく知らん者のほうが多いがのぉ」
分家は『グレフ神の血を繋いだ家』に対する呼称で、生まれた子が十歳の誕生日を迎えると正式に認定される。母親は出産時に必ず命を落としてしまうため、代わりに母親の親兄弟がグレフ神の分家扱いとなり、犠牲と貢献に見合う対価を得る。
ラウール家の場合、イムノスの末の妹が命と引き換えにグレフ神の血を引く子を産み、その子が十になった時に分家の一つに加えられた。一代限りの特権だが、分家の者は教会の重要な役職に就く資格が与えられるという。
そんな説明を聞いて、ホーゼンとリリィを思い出した。分家のことは知っていたが、血を残す難しさや条件などは知らなかった。ギルから詳しく聞いて青ざめていたくらいだ。ランバードが辺境にあるから情報に疎かったわけではなく、そもそも血族と直接関わるような者以外は本当に知らないのだろう。
「つまり、アンタはギルの親戚ってことだな」
「直接血が繋がっているわけではないがの」
「じゃあ良い。俺も信じる」
俺は腕の中に抱え込んでいたテオを解放した。難しい話が続いたからか、さっきからずっと黙って大人しく座ってる。俺の外套の袖を掴んでいた手はいつの間にか離れ、小さな膝の上に置かれていた。
「テオをよろしくお願いします」
頭を下げた俺を見て、テオも同じように頭を下げている。苦笑が聞こえて顔を上げると、イムノスが穏やかな目をこちらに向けていた。
さっき役人の派遣を手配するために退室していたイムノスの部下が戻ってきた。今からテオに関する手続きをするようで、引き取りに必要な書類を持っている。
保護施設に入るには生年、出身地、名前、発見の経緯などの情報が必要なんだとか。ギルが口頭で答え、部下が書類に記入していく。
「私がテオの後見人です。署名しても構いませんか?」
「半魔族の後見人? アーネスト様がですか?」
「ええ、その通りです」
怪訝な顔をする部下に、ギルは笑顔で押し切った。覗いてみれば、書類の一番下には『後見人』という項目があった。普通は届け出をしにきた者……集落の代表が署名するか空欄で提出するらしい。
茫然とする部下からペンを借り、ギルは後見人欄に自分の名前を大きく書き記した。書類上の手続きはこれで完了となる。
「では、テオ君。こちらへ」
テオは自分から進んでソファから降りた。俺も立ち上がり、部下の前まで一緒に歩いていく。意外にも、テオは嫌がるそぶりを見せなかった。
「テオです。おねがいします」
改めて名乗り、テオは再び頭を下げた。差し出された部下の手を取り、俺たちへと向き直る。
「ギル、レイ、ありがと」
振り返ったテオの顔を見た途端、胸が締めつけられた。無理やり口角を上げて笑顔を作りながら、ぼたぼたと涙をこぼしていたからだ。離れがたいのは俺だけではなかった。抱きしめたい衝動に駆られたが、幼いテオが別れを受け入れているのだ。俺も笑って見送ると決めた。
「テオ、これを」
「? なぁに、これ」
「御守りです。肌身離さず持っていてくださいね」
「はぁい」
ギルは懐から何かを取り出し、テオの首にかけた。細い革紐に小さな飾りがついている。ひと目見て、魔物の骨を加工したものだとわかった。テオは自分の胸元にある飾りを不思議そうに見下ろしている。
いよいよ別れの時がきた。
「テオ、元気でな」
「うんっ」
言いたいことは色々あるが、うまくまとまらなかった。代わりに涙でぐしゃぐしゃになったテオの顔を拭いてやる。ギルは御守りを渡す時に何やら話をしていたようだが内容までは聞こえなかった。きっと別れの挨拶をしていたのだろう。
「仕事柄、半魔族の子を預かることはよくありますが、こんなに大事にされている子は初めてですよ」
そう言って、部下はテオを伴って部屋から出て行った。
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