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19話・別れの余韻に浸るには時と場所が重要
しおりを挟むテオとの別れが予想以上につらくて食欲どころか着替える気力すら湧かない。御守りの話が終わっても、俺たちは寝台の上から動けなかった。
「レイ。今日はもう寝ます?」
「うん」
窓の外はまだ明るい。寝るには早いが出掛ける元気もない。まぶたを閉じればすぐに眠れそうな気がした。
明日の朝起きたら買い出しをしなくては。頭の中で指折り必要なものを数えていると、ギルに軽く肩を叩かれた。
「レイ。せめて外套は脱ぎましょうか」
「う~ん」
「ほら、少し体を浮かせてください」
「んん~」
珍しくギルが世話を焼いてくれている。俺の上半身を抱き起こし、片袖ずつ外套を脱がせていく。ついでに靴も脱がされた。されるがままにしていると腰からベルトが引き抜かれそうになる。
「おい、ギル。もういい」
「このまま寝たら服にシワが付いてしまいますよ」
「どうせ外套でほとんど隠れる。俺の服なんか誰も見てねえし、どうでもいいだろ」
「私が見ています。それだけではいけませんか?」
「イヤに決まってんだろ」
普段とは立場が逆転したやり取りに、俺たちは思わず吹き出した。改めて寝転がると、当たり前のような顔をしてギルも俺の隣で寝転がる。
「オマエ自分の寝台使えよ」
「別にいいじゃないですか」
「よくねえ」
大の男が並んで寝るにやや狭いが、寝台から蹴落とすのも面倒くさい。しばらく黙って目を閉じていると、不意になにかの気配を感じた。耳に意識を集中させて音を拾う。
「……ギル、誰か来る」
宿屋の廊下を歩く足音が近付いてくる。一般の宿泊客とは違う、一定の歩幅を正確に刻んでいる。足音の主はかなり訓練された者だと確信した。
その足音が俺たちが借りている部屋の前でぴたりと止まり、数拍おいてから扉が数回ノックされる。
「ギルバート・アーネスト様はおられますか」
若い男の声に、俺たちは顔を見合わせた。
迷わずこの部屋に来ていることから、調べた上で訪ねてきたのだとわかる。名指しで来られた以上居留守を使うわけにもいかない。
護衛の俺がまず応対した。外套を羽織り、耳をフードで隠してから薄く扉を開いて相手を確認する。背が高く細身だが腰に剣を差していて、服装からして役人ではない。だが、どこかで見たような気がする。
男は俺を一瞥してから用件を告げた。
「フィッツ・ラウール様の遣いで参りました。ギルバート様にお取次ぎを」
その名前にも聞き覚えがある。俺が記憶を掘り返していると、横からギルがひょっこり顔を出した。
「フィッツがカダロードに来ているんですか?」
「は。つい先ほど屋敷に到着したばかりでして」
どうやらギルが知っている人物らしい。
「外に馬車を待たせております。よろしければ共に来ていただきたいのですが」
「……わかりました」
あまり気乗りしない様子だが、ギルは了承した。支度をするからと、遣いの男を一旦下がらせて扉を閉める。
「今日くらいはレイと二人でゆっくり感傷に浸りたかったんですけどねぇ」
がくりと項垂れ、抱き着いてくるギル。テオとの別れの寂しさを紛らわせようとしていたところを邪魔されたのだから仕方ない。
「嫌なら断りゃいいだろ」
「下手に断ると本人が押し掛けてくるんです」
フィッツとかいう人物は相当しつこいらしい。
「髪を梳かしてやる。服はそのままでいいか」
人を待たせているので手早く身支度を整える。髪の乱れさえ直してやれば外出しても問題ない格好だ。
「じゃ、行ってこい。気をつけてな」
「レイも一緒に行くに決まってるじゃないですか」
ギルを一人で行かせようとしたのだが、即座に否定されてしまった。
「ギルの知り合いなんだろ。俺は行く必要ない」
「あなた私の護衛でしょう? 雇い主である私から離れたらダメじゃないですか」
「オマエ自分の身くらい守れるだろ」
「仕事を放棄しないでくださいよ」
護衛とは名ばかりで、俺の仕事のほとんどは荷物運びか日常の世話くらい。バルプルドでも変態領主を成敗したのはギルで、悔しいが俺の出る幕はなかった。
「苦労してイムノス様の誘いから逃れたのに、結局行く羽目になってしまうとは……」
大きく息を吐き出しながら、ギルは俺の腕をがっしり掴んで部屋を出た。ずるずると廊下を引きずられながら思う。コイツは俺の意思なんか最初から聞く気がないのだ、と。
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