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30話・意識すると今まで通りにいかなくなる
しおりを挟む名もなき無人の集落で一夜を明かした後、教会の裏にあるかまどで食事の支度をしながら話をする。昨日は感情的になってしまい、今後どうするかについて触れずに眠ってしまったからだ。
昨日の魔族は一人で行動していたが、別の場所に指示役がいるような口振りだった。半魔族を『混血』と呼び、どこかへ連れていこうとしていたことを伝えると、ギルは顎に手を当てて唸った。
「根城があるなら叩いておきたいですが、場所がわからない内は打つ手はありませんね。半魔族の子どもを連れ去る意味もわかりません。そもそも、なぜ魔族は人間の女性に子を産ませるのか。魔族は女性が極端に少ないとか事情があるのでしょうか」
いくら考えても正解はわからない。とりあえず腹ごしらえをしてから旅を再開することにした。近隣の集落の様子も気になるし、もしかしたらこの集落の住民が避難しているかもしれない。魔族が暗躍しているのなら、尚更結界の強化を急がねばならない。
「どうしました? 元気がありませんね」
「あ、いや。別に」
「お風呂に入れませんでしたし、お湯に浸からないと疲れが取れないですよね。次の集落が無事だったら部屋を借りてゆっくりしましょう」
「そ、そうだな」
疲労もあるが、いまいち調子が出ない理由は他にある。昨日ギルに疑われたと思い込んで泣いた時、自分の気持ちに気付いてしまった。
俺はギルに特別な感情を向けている。数ヶ月間二人きりで旅をして、色々な場所に行き、様々なものを見てきた。一緒にいることが当たり前になっていた。
ギル以上に俺を理解してくれる奴はいない。
ギル以外に俺を必要としてくれる奴もいない。
恋愛かどうかは置いといて、ギルの存在が俺の中のほとんどを占めていることは確かなのだ。好きか嫌いかで言えば大好きで、大事な相手だと思う。
つまり、好きな相手と四六時中行動を共にしていると気付いてしまい、今更ながら恥ずかしくて仕方がないのである。
昨夜は抱きしめられたまま寝たが、正直落ち着かなかった。ギルは泣いた俺をあやすためにしてくれただけで、いや、前から割と同じ寝台で寝ていたかもしれない。その頃は「狭い」以外の感想はなかったのだが。
集落を出て街道を進む。一箇所とはいえ結界がなくなれば魔物の出現率が跳ね上がる。他に獲物がいないからか、魔物の群れが俺たちを狙って襲いかかってくる。もちろん広範囲魔法で全部返り討ちにしてやった。
ドブネズミや狐、狼といった小型または俊敏な魔物が多い理由は大断絶を越えられるかどうかに左右される。大型の魔物は断崖絶壁を這い上がれないのだ。おかげで、かろうじて人間の領域が守られている。
半日ほど歩いた先に次の集落があった。近付くにつれ、結界特有の空気の重さが増してゆく。結界装置が機能しているとわかり、ホッと安堵の息がもれた。
「ようこそ、バルガードへ。私は代表のサフールと申します」
「聖都の教会本部より参りました、ギルバート・アーネストです。よろしくお願いします」
バルガードは辺境にある小さな町で、高い塀に囲まれた中に数十軒の家屋があり、中心に石造りの教会が建っている。家畜小屋は塀の内側、麦や豆の畑は塀の外にある。ランバードやバルプルドとほぼ同じ規模の集落だ。
代表のサフールは年配の女だった。代表を務めていた夫が亡くなった後に代理としてバルガードを治めているという。人望があるようで、教会までの移動中に町の住民たちから何度も声をかけられている。そのことにギルが触れると、サフールはコロコロと笑って否定した。
「みんな私が偉ぶらないから話しやすいと感じているだけですよ。決して優れた代表というわけではありませんの」
「そんなに謙遜なさらなくても。整備も行き届いていますし、うまく町を治めているから信頼されているのでしょう」
「まあ、アーネスト様ったら」
ギルの言う通り、町の中はとても綺麗に整備されていた。門から教会に至る通りには石が敷かれ、両側に花が植えられている。荒れ地ばかりの辺境には自生していない品種だ。恐らく大陸の中心にある都市から苗を仕入れて育てているのだろう。おかげで花の良い香りが町中に満ちていた。女性ならではの町づくりだと思う。
バルガードの結界装置に異常はなかった。血の補充をして結界を強化した後、教会の隣にある代表の屋敷へと招かれた。
俺たちには離れの客室があてがわれた。食事の支度ができたら部屋まで運んでくれるらしい。
案内の使用人が立ち去ってから、俺は荷袋を下ろしてソファに腰を下ろした。当たり前のようにギルも隣に座り、俺の肩に寄りかかってくる。放っておいたらこのまま寝そうな状態だ。
「どうした、ギル」
「ううん。少し疲れたみたいです」
半日歩き通しだった上、何度も魔物に襲撃され、結界強化のためにいくらか血を消費している。疲れが出るのも無理はない。風呂に入って飯を食って一晩ゆっくり眠れば回復するだろう。
浴室の湯船には既に湯が張られている。食事が運ばれてくる前に風呂に入っておこうと考え、俺は寝落ちかけたギルを揺り起こした。
「ギル、先に風呂入れ」
「一人じゃ髪が洗えません~」
「湯に浸かれば目が覚めるって!」
「無理ですぅ」
どんなに揺さぶっても頑なにまぶたを閉じ続けるギル。起きるどころか、更に俺に体重をかけて寄りかかってくる。このままではらちが明かない。
「もう! 俺が洗ってやるから!」
最後の手段を使うと、さっきまでの姿が嘘のようにギルがスッと立ち上がった。自分の荷袋から着替えを取り出してから俺に笑いかける。
「約束ですよ。洗ってくださいね♡」
「……また騙したな」
「レイが優しいから甘えてしまうんですよ」
俺から睨まれても怖くもなんともないらしい。ギルは俺の手を引き、軽い足取りで浴室へと向かった。
ギルへの想いを自覚してから初めての風呂である。既に何度も見ているし、男同士だから裸を見て恥じらう気持ちは一切ない。ただ、無防備な姿を晒されているという状況にドキドキしてしまう。
「小まめに梳かさないから絡んじまってるじゃねえか」
「レイがやってくださいよ」
「なんで成人済みの男の身だしなみを俺が手伝わなきゃなんねえんだ!」
湯舟のふちに首を乗せ、ギルは上機嫌に鼻唄を口ずさんでいる。俺はブツクサと文句を言いながら、長い銀の髪を丁寧に洗ってやった。
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