【完結】世界の涯てで君と踊る

みやこ嬢

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29話・疑惑と疑念の裏で想いを自覚する

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「どうですか、レイ。なにか思い出しました?」

 問われた意味がわからない。黙り込む俺に、ギルは笑顔で話を続けた。

「怖かったですよね。でも、怯まず対処できていましたよ。もう少し魔法の威力を上げていれば効いたと思いますが、人の姿をしている相手に全力で攻撃なんかできませんよね。まだ慣れていないのですから」

 手加減はしていない。持てる力をすべてぶつけた。そのつもりだった。無意識のうちに抑えていたのだとギルは言うが、俺の能力を買い被り過ぎだと思う。

「……あれ?」

 ぐるぐる考えているうちにおかしな点に気が付いた。ギルの胸ぐらを掴み、睨み付ける。

「オマエ、さっき魔族と戦っているところを見ていたってことか? 最初から、ずっと?」
「ええ」
「黙って見ていたのか」
「もちろん危なくなったら助けに入るつもりでしたよ。あちらは反撃する気がなさそうだったので様子を見させていただきました」
「……ッ」

 手から力が抜けていく。俺が乱暴に掴んだせいで乱れた服の胸元をそっと整えるギルは普段と表情が同じだった。悪気はないし嘘もついていない。聞けば正直に答えてくれる。

 ギルは俺と魔族をぶつけ、離れた場所から傍観していたのだ。

「あの魔族は仲間に報告しに行ったようですが、すぐには戻ってこないでしょう。それなりの怪我を負わせましたし」

 ギルの声が頭に入ってこない。どこか遠くのざわめきのようだ。耳に届いているのに内容がまったく理解できない。

「とりあえず休みましょう。教会の奥に割と綺麗な部屋を見つけたんです。簡易結界装置を置けば安心して眠れますよ」

 黙ったままの俺を引っ張り、教会へと連れていくギル。視界の端に瓦礫の山が映った。ギルが魔族を吹っ飛ばした時に壊した家屋だ。カダロード滞在中もイムノスの屋敷の壁を壊していた。普通の人間にそんな真似ができるだろうか。グレフ神の血を引いているとはいえ生身の人間のはずなのに、基本の戦闘力が高過ぎる気がした。

「考えてみたんですが、集落から住民が居なくなった原因は魔族にあると思います。恐らく大陸中央へ侵攻するための拠点として乗っ取ったのではないでしょうか。先ほどの魔族とは別に命令を下す役割の魔族が存在しているはずなんですよね」

 再び教会へと入る。荒らされていたのは誰でも入れる礼拝堂だけで、奥にある部屋は綺麗なままだった。書庫と仮眠室、裏口から外に出れば水場とレンガ製のかまどがある。一晩だけなら野営よりは快適に過ごせそうな環境だ。

「なあ、ギル」
「はい?」

 仮眠室には幅の狭い一人用の寝台が一つと小さな机しかない。片隅に俺たちの荷袋が置かれている。寝台に並んで座ってから、俺はずっと考えていたことをギルに尋ねた。

「どうして俺が魔族を見て記憶を取り戻すと思った? 前にもわざわざ大断絶に寄ったりしたよな。あれはどういうつもりでやったんだ?」

 大断絶とは人間と魔族の住む領域を隔てる深い谷である。切り立った断崖からは谷底も対岸も見えない。非常に危険なため、辺境の集落に住む住民ですら大断絶には決して近寄らない。見覚えがある奴は、大断絶を越えて魔族の領域むこうから人間の領域こっちに侵攻してくる魔族くらいなものだ。

 半魔族には半分魔族の血が流れているが、魔族に育てられることはまずない。人間の集落で発見され次第、ほとんどが生まれてすぐに聖都の保護施設に収容され、閉ざされた環境で暮らしていく。俺には保護施設にいた記録がなく、記憶もないのでどこでどうやって生きていたのかわからないが。

「もしかして、俺って魔族の手下だったりする……?」

 問い掛けながら、自分の声が震えていることに気が付いた。続けて、なにかが頬を流れ落ちていく。

「わざと魔族に引き合わせて、仲間かどうか確かめてたのか? 俺を疑っているのか」
「レイ、それは違います!」

 ギルが慌てた様子で懐を探り、手拭いで俺の頬を拭った。どんなに拭いても後から後から涙があふれてくる。ついにギルは拭くことを諦め、俺を抱き締めた。幼な子をあやすように背中を軽く撫でられる。

「ごめんなさい。あなたの気持ちも考えずにひどいことを聞いてしまいました」

 ギルは必死に弁解を始めた。

「私はあなたが魔族の手下だなんて思っていません。ただ、あなたの根源ルーツは魔族ですから、記憶を取り戻すには良い刺激になると考えまして。本当にすみません、浅はかでした」

 謝罪を繰り返され、逆にこちらが申し訳ない気持ちにさせられる。悪意はなかったと判断し、許すことにした。

「もういい。元はと言えば記憶喪失になった俺が悪い」
「いえ、私の配慮が足りませんでした」

 互いに「自分が悪い」と言い合ううちに馬鹿馬鹿しくなってきた。堪えきれずに吹き出すと、ギルも笑う。仮眠室の中、俺たちは抱き締め合ったまま声を上げて笑った。はたから見たら相当おかしな光景だと思う。

 半魔族だからと恐れられたり避けられたことは今まで何度もあるのに、ギルに疑われているのではと思った時は悲しくて仕方がなかった。他の誰が相手でもそんなふうに思わなかった。きっと俺の中でギルが占める割合が大きくなり過ぎたせいだ。ギルの存在は、俺にとって既に特別なものになってしまっている。

 その夜は簡易結界装置を設置し、見張りを立てずに休むことにした。狭い寝台の上、ギルは当たり前のように俺を抱き締めて眠っている。

 コイツは最初から距離が近かった。まだ聖都にいた頃、俺の怪我が治る前からほぼ付きっきりでそばにいた。周りの反対を押し切り、他の護衛をすべて断って、俺一人を連れて辺境を巡る旅に出た。

──そもそも、どうして俺だったんだろう。

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