【完結】世界の涯てで君と踊る

みやこ嬢

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32話・理想を追い求める理由 2

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 ギルは応接室のテーブルに突っ伏した。意識はない。サフールが使用人に介抱を命じるが、俺は即座に辞退した。

「俺が客室まで連れていく。介抱も俺がする」

 意識のないギルを肩に担ぎ、サフールに軽く頭を下げてから応接室を後にする。

 屋敷から離れに移動する間にある扉は先導する使用人が開けてくれた。客室の寝台にギルの体を寝かせ、様子を窺う。多少顔は赤いが呼吸は正常だ。水と酔い覚ましの薬を渡されたので、礼を言って受け取っておく。

「代表はずいぶんと酒に強いんだな」
「サフール様は飲み慣れてますから」
「あの酒はバルガードで作っているのか?」
「いいえ、他から仕入れているんですよ」
「? そうか」

 尋ねてみたが、謎は深まるばかりだった。自給自足を目指しておきながら、酒だけは仕入れているという点が不可解だった。

「先ほどお召しになったお酒は二日酔いになりやすいのです。明朝出立するご予定でしたら、あなた様も酔い覚ましを飲んでおいたほうがいいですよ」
「わかった。そうさせてもらう」

 使用人が退室してから、俺は寝台のそばの椅子に腰を下ろした。眠るギルを見守りながら、違和感の正体を探る。

 ギルは酒に弱くはない。むしろ強い。これまで酔った姿など一度も見たことはなかった。ほんの少ししか飲んでいなかったはずのギルは体の自由が効かなくなり、ついには意識を失った。酒が強過ぎたとしても、同じものを飲んだサフールや俺が平気な理由がわからない。

「うう……」

 眠るギルが声を上げた。頭が痛むのか、眉間にしわを寄せて唸っている。酔い覚ましを飲ませるために紙製の包みを開くと小さな丸薬が数粒入っていた。なんの変哲もない乾燥させた薬草を練って丸めたものだが、なぜか飲ませてはいけない気がした。薬は包み直して外套の懐にしまい、とりあえず水だけ飲ませる。

「おい、ギル。自分で飲めるか?」

 声を掛けても返ってくるのは苦しげな呻き声のみ。上半身を抱き起こし、グラスを口元に押し付けてみたが、こぼすばかりで飲んでくれない。

「……仕方ないな」

 介抱のためだと自分に言い聞かせ、グラスの水を口に含み、ギルの唇に自分の唇を重ねる。口内の水を送り込もうとした瞬間ドクンと心臓が跳ねた。反射的にギルから離れ、口の中に残っていた水をすべて吐き出す。次第に指先が痺れ、自由に動かせなくなっていく。

 無味無臭だから警戒すらしていなかったが、この水こそが飲んではいけないものだった。

 ギルは意識を失う前に水を飲み干している。てっきり蒸留酒のせいだと思い込んでいたが、原因は水に仕込まれた薬だ。使用人が俺にも酔い覚ましを飲むように勧めた理由はこのためだったのだ。

「くそ、体が……」

 口に含んだだけで体の自由が奪われてしまうほど強力な薬なら、ギルは当分目を覚まさないだろう。命に関わる毒ではないが、今の状態では身を守る術がない。ギルだけは守らなくては、という一心で仰向けに眠るギルの上に折り重なるように倒れ込んだ。

 しばらくしてから客室の扉が開いた。内鍵を掛けていたのだが別の鍵を使って解錠したらしい。入ってきた人物は、やはりサフールと使用人たちだった。

「まあ、護衛のかたはまだ意識があるのですか。薬の効きが悪いのかしら? お酒にも強いようでしたものね」

 コロコロと笑いながら、サフールは俺たちがいる寝台へと歩み寄ってくる。穏やかで優しい笑顔が不気味に見えた。咄嗟に痺れる腕を伸ばしてギルを庇う。

「あら、まあ。あなた半魔族でしたのね」

 倒れた際に外套のフードが外れ、尖った耳があらわになっている。半魔族の証を見ても大して驚きもせず、サフールは使用人に指示を出した。

「護衛のかたを縛っておいて。アーネスト様は後で構わないわ。どうせ数日は目を覚さないでしょうから」

 元々捕縛するつもりだったのだろう。使用人たちは持参した縄を使って俺を後ろ手に縛り上げた。両足首もきつく縛られてしまい、身動きが取れなくなる。

「テメェら、なんでこんな真似をしやがる!」

 床に転がされた状態で睨みつけると、サフールは俺を見下ろしながら口の端を歪めて笑った。

「お教えしたでしょう。私はこのバルガード内ですべてをまかなえるようにしたい、と。結界も例外ではありません」

 綺麗に整えられた町並み。野菜や作物。今は仕入れに頼るしかないが、塩や香辛料もいずれ自分たちで作れるようにしたいと語っていた。辺境の町を治める代表が理想の実現に向けて努力している姿を見て、素直に応援したいと思った。だから、まさかこんな暴挙に出るとは予想していなかった。

 サフールはバルガードの結界を維持するためだけにギルをこの地に縛り付けようとしている。もしかしたら、ずっと薬で眠らせたまま生かしておくつもりなのかもしれない。

 ギルの血さえあればバルガードの結界は盤石。危険を冒してグレフ神の像を都市まで運んだり、グレフ神の末裔が訪れる日を今か今かと待ち続けるなんてしなくて済む。

「こんな真似して無事で済むと思ってんのか? ギルと連絡が取れなくなれば教会の関係者が黙ってねえぞ」

 ギルはイムノスやフィッツと連絡を取り合っている。旅先で出会った行商人や役人に手紙を預け、現在地や状況などを定期的に知らせている。これは俺一人を連れて旅に出ると決めたギルに課せられた義務らしい。この前カダロードを出発する前にもこまめに連絡するようフィッツから念を押されていた。

 教会の権威を盾にするみたいでカッコ悪いが、住民、しかも女相手に暴力を振るえば俺が悪者になる。説得したがダメだった、という段階を踏まねばならない。

「今なら気の迷いってコトにしといてやるから縄を解け!」

 ところが、サフールはまったく動じていなかった。

「ふふっ、人間の領域の在り方が永久に続いていくなんて有り得ませんもの。教会だってそう。だから私たちは自分たちで生き抜くための方法を探し求めているのですよ」


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