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33話・理想を追い求める理由 3
しおりを挟む縛り上げられて床に転がる俺のそばに膝をつき、サフールは話を続けた。冷えた目で顔を覗き込まれ、抗議の言葉を喉奥へと押し込む。
「辺境は大陸中央にある都市を守るための防壁。暮らしにくい土地で集落を守り、結界を維持するという代表の仕事に従事する夫を誇りに思い、長年支えて参りました。でも、どうしても我慢ならないことがありましたの!」
さっきから感じていた奇妙な違和感が増し、徐々に形作られてゆく。終始穏やかだったサフールの口調が夫の話題になった途端に乱れ始めた。
「結界を維持するためにはグレフ神の末裔のかたから血をいただかねばならないというのに滅多に来てくださらない。ですから、辺境の片隅にある集落は数年に一度グレフ神の像を都市まで運ばなくてはならなかった。私が像を運び、夫は町を守るために残ったのです。結界のない集落に、ですよ」
周りに控えていた使用人の女たちがうつむき、涙を流している。異様な空気の中、俺はサフールの言葉を黙って聞き続けた。
「女や子ども、年寄りは近隣の集落で一時的に世話になり、男たちは塀の内側に籠城して私の帰還を待つ。数年に一度の命懸けの大仕事です。ところが一昨年最悪の事態が起きてしまいました。……西にある集落の裏切りと魔物の群れの襲来です」
当事者である使用人の女がわっと声を上げて泣き出した。他の使用人もみな涙を流している。
「サフール様が結界強化のために都市へと出かけている間、わたしたちは西の集落でお世話になっておりました。その際、バルガードが魔物の襲撃に遭い、前代表が増援と怪我人の保護を頼みにきたんです。でも西の集落の人たちは魔物を恐れ、決して門を開けませんでした。それどころか、わたしたちを差し出して自分たちの身の安全を確保しようとしたんです」
「結局、前代表はバルガードに戻って戦い、亡くなられてしまいました。わたしたちの夫や兄弟たちも何人か命を落としてます」
結界がない集落は魔物にとって絶好の狩場だ。門を閉めておいても塀をよじ登ってくる。人数が少なければ対応しきれない。増援さえあれば死傷者の数は少なく済んだはずだ。
過去の惨劇を語りながらすすり泣く女たちの中、サフールだけが涙を見せずに笑っていた。その姿に狂気を感じ、口を挟めなくなる。
「これまでは辺境の集落同士で助け合うのが当たり前でしたが、もう信用なりません。私はバルガードの住民だけを守ることにしました。他人をあてにして裏切られるくらいなら最初から自分たちだけで生きていこうと決めたのです。……ふふ、もっと早くそうすべきでした」
事件をきっかけに、サフールたちバルガードの住民は決意した。誰にも頼らず自給自足できる集落を作るという立派な志の根底には憎しみと悲しみと怒りがあった。
「おい。まさか西の集落がああなったのは……」
「ふふっ、アーッハハハハ!」
尋ねると、サフールは楽しげに高笑いをした。客室内に響き渡る笑い声に耳を塞ぎたくなるが、あいにく俺の手脚は縛り上げられていて動かせない。
「ええ、私たちがやりましたの。と言っても、こっそり忍び込んでグレフ神の像を壊しただけですけど。ああ、あの時は本当に愉快でした。胸がすく思いでしたわ!」
バルガードを見捨てた西の集落に対する報復。結界は魔物や魔族を寄せ付けないが、人間には効かない。人間ならば簡単に結界装置を破壊できる。
俺たちが西の集落について尋ねた時、使用人もサフールも「知らない」と答えた。あれは嘘だったのだ。
しかし、まだ謎が残っている。
「結界が消えれば魔物が襲ってくるはずだが西の集落には死体や血痕は一つもなかった。住民はどこに行ったんだ?」
サフールはにやりと口角を上げて嗤う。
「一人残らず魔族に売ってやりましたわ」
「なっ……」
信じられない返答だった。
穏やかな年配の夫人という印象は完全に崩れ、復讐に燃えた狂った老女にしか見えなくなった。魔族に人間を売るなど正気の沙汰ではない。
「私たちは憎い奴らに消えて欲しかった。魔族はまとまった数の人間を欲しがっていた。利害が一致したから取り引きをしたのです。邪魔な結界を消す代わりに全員始末してくれ、と」
真相を知れば知るほど複雑な気持ちになる。サフールは夫を亡くした時に絶望し、魔族に付け込まれた。元は善良な人間だったはずなのに、怒りと憎しみに支配された復讐の権化と化している。
「ひでえ真似しやがる」
「黙りなさい!」
「うぐっ」
縛り上げられて床に転がされている俺の体を使用人の女たちが上から押さえ込む。身動きを封じられ、思わず呻き声がもれた。
「すべてを知った以上、生かしておくわけにはいきません。アーネスト様はバルガードの結界維持に必要な存在ですが、半魔族のあなたには特に使い道がありません。可哀想だけど、邪魔だから死んでもらいましょう」
いつの間にかサフールの手には抜き身の短剣が握られていた。鋭い切っ先が俺の心臓を狙っている。
「死になさい、半魔族!」
サフールは両手で短剣の柄を握りしめ、躊躇なく振り下ろした。
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