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34話・狂戦士[バーサーカー]の発動条件
しおりを挟むサフールは両手で短剣の柄を握りしめ、俺の心臓目掛けて思いきり振り下ろした。
縄の拘束くらい魔法を使えばすぐに解ける。今まで抵抗せずにいた理由は薬の効果が切れるまでの時間稼ぎとサフールの目的を探るため。情報を聞き出した今、おとなしくしている必要はない。
「簡単に殺されてやるかよ!」
女たちに押さえ込まれたまま、体をひねって迫り来る短剣を避ける。切っ先が俺の胸元をかすめて床に突き刺さった。
「おっと」
カランと軽い音が鳴り、咄嗟に音がしたほうを見る。短剣を避けた時に首から下げていた革紐が切断され、御守りが少し離れた床に転がっていた。
「あなたたち、もっとしっかり押さえてなさい!」
「すみませんサフール様!」
苛立ちを隠しもせず、サフールが舌打ちしながら短剣を構え直す。使用人の女たちは俺の体を押さえ直すために立ち位置を変え、その弾みで一人の靴先が御守りを蹴飛ばした。
ギルが作ってくれた大事な御守りを目の前で足蹴にされ、一気に怒りが湧き上がる。
「──切り裂け、烈風!」
「きゃああ!」
魔力を風の刃に変換し、手脚を縛る縄を切った。俺を押さえていた使用人の女たちが巻き込まれ、顔や腕に切り傷を負う。予期せぬ反撃を受け、サフールたちは慌てて俺から離れていった。
「あ、あなた、もう動けるの?」
「オマエの話が長かったおかげでな」
俺は薬入りの水を飲んでいない。口に含んだぶんはすぐに吐き出している。もともと耐性があるので、数分経てば効果は薄れる。
「魔族でもないのに魔法が使えるなんて。今までそんなそぶり見せなかったじゃないの!」
「オマエらを油断させるためにワザと使わなかっただけだ。見くびってんじゃねえぞ」
「そんな、まさか半魔族が」
「うるせえな。使えるもんは使えるんだよ」
怯えた視線を向けながら喚くサフールを横目に、俺は落ちている御守りを拾い上げた。魔物の骨から作られているからか、小さくて軽いが壊れてはいなかった。そっと撫でるように埃を払ってから懐の奥にしまう。
そういえば、西の集落で遭遇した魔族も「混血が魔法を使えるのか」とか言っていた。フィッツたちは俺が武器を携帯していないことを疑問視していた。半魔族は魔法が使えないという認識を持っていたのだとすれば納得の反応だ。
もしかして魔法を使う半魔族って珍しいのか?
記憶を失った俺に魔力の練りかたや魔法の使いかたを教えてくれたのはギルだ。人前での魔法の使用は禁じられていたが、半魔族だとバレたら面倒だからだろうと思っていた。
「そういえば、ギルは大丈夫か?」
振り返ると、ギルの姿が消えていた。意識を失ったギルを俺が運び、客室内の寝台に寝かせておいたのだ。強い酒と薬入りの水の影響でしばらく目を覚さないはずだったが、一体どこへ?
「きゃああ!」
突然聞こえた悲鳴に驚き、寝台から視線を戻すと、サフールや使用人たちの前に立つギルの後ろ姿があった。俺が御守りに気を取られている間に起きたらしい。予想より早く薬の効果が切れたのだと思い、安堵の息をつく。
「ったく、起きたんなら声くらいかけろよ」
「……」
俺が話しかけてもギルはなにも応えない。サフールたちのほうを向き、無言で立ち尽くしている。
「あっ、あの、アーネスト様、お赦しを」
壁に背をつけたまま、サフールと使用人の女たちは互いの手を取り合って震えていた。なにをそんなに怯えているんだろう、と俺が首を傾げた時だった。いきなりギルが拳を振り上げて殴りかかった。大きな音が客室内に響く。
「ひぃっ!」
ギリギリのところでかわしたサフールたちが涙目で部屋の隅へと逃げていく。さっきまでサフールの頭があったであろう位置の壁には大きな穴が開いており、また悲鳴が上がった。サフールは短剣を取り落とし、使用人の女たちと共に床にへたり込んでいる。
「……おいおい、マジかよ」
命を狙われた俺が反撃するのは正当防衛だが、ギルは薬を盛られて眠らされただけ。それに、今のサフールたちは完全に戦意を喪失している。普段のギルならば、丸腰の女相手に暴力を振るうなんて絶対にしない。かなりの異常事態だ。
「いい加減にしろよギル。怒ってんのか?」
声をかけてもギルは止まらない。壁の穴にめり込んでいた拳を引き抜き、サフールたちに向き直る。そして再び拳を構えて殴りかかった。
「きゃあ、助けてぇ!」
「……チッ」
さすがに見て見ぬ振りはできない。すぐにサフールとの間に割り込み、ギルの手首を掴んで止める。
「ギル、やめろ!」
その時、間近で顔を見て驚いた。ギルの表情は虚ろで、真正面にいる俺のことすら見ていない。起きてはいるが意識はなく、体が勝手に動いているようだった。
手首を掴まれて動かせないからか、今度は蹴りを繰り出してきた。空いているほうの腕で受け止めながら軸足を引っ掛け、体ごと床に倒す。ギルは反射で受け身を取って飛び退き、距離を取った。俺が移動してもギルの視線は動かない。最初からサフールたちを狙っている。
「くそ、厄介だな」
ギルに怪我を負わせるわけにはいかない。とはいえ無傷でどうにかできるほど弱い相手でもない。対峙した状態でしばらく考えてから、俺は声を張り上げた。
「早く客室から出ろ! ギルはオマエらの姿に反応してる。鍵付きの部屋にでも閉じこもって隠れていてくれ!」
「は、はいっ」
半泣きの状態で床を這うようにして出ていくサフールたち。後を追いかけようとするギルの前に立ち、行く手を阻む。全員が客室を出ていったことを確認してから、俺は後ろ手で扉を閉めた。内鍵も掛けておく。
今のギルなら窓や壁を破壊しそうだが、そうはならなかった。視界から標的が消えたことで落ち着いたらしく、客室の真ん中でぼんやりと立ち尽くしている。
「ギル?」
「……」
「おーい、聞こえるか?」
名前を呼んでも返事がない。試しに手のひらを目の前で振ってみるが、やはり反応はなかった。酒と薬の効果がまだ残っているようだ。
「ほら、ギル。歩けるか?」
腕を掴んで引っ張れば抵抗もせずについてくる。そのまま寝台まで誘導して座らせてやった。暴れ始めた時はどうなることかと焦ったが、おとなしくしていれば可愛いものだ。俺も隣に腰を下ろし、再度顔を覗き込んで様子を確認する。
すると、小さな声でなにかを呟いていることに気が付いた。口元に耳を寄せてみる。
「レイ」
「レイ」
「レイ」
ギルが呟いていたのは俺の名前だった。意識のない状態で、何度も何度も繰り返している。
「もしかして、御守りが俺から離れたからか」
カダロードに滞在していた時、御守りを体から離れた場所に移動させた途端に壁を破壊して俺の元にやってきた。さっきもサフールに革紐を切られて落とした直後から暴れ始めている。
「……バカだな、ほんとに」
なんだか胸が苦しくなって、俺はギルの体を抱きしめた。
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