【完結】世界の涯てで君と踊る

みやこ嬢

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35話・魔族と人間の取り引きは成り立つのか

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 一晩寝かせた結果、ギルは無事に意識を取り戻した。サフールによれば数日間眠り続けるくらい強い薬らしいが、グレフ神の末裔は回復力が高いので早めに効果が切れたようだ。

「……なんか、すごく頭が痛いんですけど」
「二日酔いじゃね?」
「あなたのほうが飲んでましたよね? お酒」

 完全回復にはもう少し時間がかかりそうだ。

 寝台で上半身だけ起こした状態で昨夜の顛末を説明してやると、ギルはこめかみを押さえてため息をついた。

「私だけでは対処できない話ですね。最寄りの都市から役人を派遣してもらわなくては。イムノス様にも相談したほうが良いかもしれません」
「一度カダロードに戻るか?」
「そうしたいのは山々なんですが」

 痛む頭を回転させ、ギルは考えを巡らせている。決定権がない俺は判断を待つことしかできない。

「バルガードのかたがたはサフールさんと同じ思いを抱えています。バルプルドの時とは状況が違うのでどうしたものかと」

 バルプルドの代表ゼレニスは私利私欲のために住民を危険に晒していた。ゼレニスを擁護する者は一人もおらず、役人が来るまで閉じ込めておくことが可能だった。

 バルガードの場合はまず過去の悲劇が元となって起きた事件である。主犯は代表のサフールだが住民全員が共犯者のようなもの。全員を裁くなど不可能ではないか、と。事情があったとはいえ、サフールのしでかした罪は重い。しかも魔族と取り引きをして集落を一つ潰している。グレフ神の像の破壊も決して許されない行為である。

「レイ。サフールさんから話が聞きたいのですが」
「わかった、連れてくる」

 離れにある客室から出て隣接している屋敷へと向かう。入り口は固く閉ざされていて、扉を叩いても誰も出てこない。仕方ないので魔法で鍵の部分を壊し、無理やり屋敷の中へと侵入した。廊下を歩いていても使用人すら見かけない。

 もしや昨夜のうちに逃げたか?と思ったが、そうではなかった。屋敷の一番奥にある部屋に全員隠れていたのである。

「あ、あの、アーネスト様はもうお怒りではありませんか? 私たちはどうしたら……」

 俺の言い付けを守って一晩中隠れていたのだろう。サフールと使用人の女たちは半泣き状態で肩を寄せ合っている。ギルから容赦なく攻撃された恐怖の記憶が彼女たちを支配していた。

「意識は取り戻した。もう暴れないから心配すんな。詳しく話を聞きたいらしいから来てくれるか」
「ええ、ええ。もちろんですとも」

 震えながらサフールは立ち上がった。

「あと、水と食いもん用意してくれ。今度は薬が仕込まれてないやつ」
「は、はいぃっ」

 続けて使用人たちに声をかけると、こちらも慌てて立ち上がり、一斉に部屋から出て行った。あれだけ怖い目に遭ったのだ。再び愚行を繰り返すとは思わないが万が一ということもある。懲りずにまた薬を盛るようなら今度は女でも容赦なく叩き潰すつもりだ。

 サフールを連れて離れの客室へと戻ると、ギルは身支度を整えて待っていた。ソファに腰掛け、対面の席に座るよう促している。オドオドとしながらも、サフールは指示に従った。

 続いて、使用人たちが食事を運んできた。ギルの前に皿を並べてから、サフールが座るソファの後ろに立って控える。

「アーネスト様、この度は無礼な真似をして申し訳ございませんでした。すべての責は私にあります。バルガードの住民たちは、代表である私に命じられて嫌々従っていただけ。どうか私だけに罰をお与えください」

 正気を取り戻したサフールは自分のしでかした罪の大きさを理解していた。向かいに座るギルに深々と頭を下げ、謝罪の言葉を述べる。使用人たちが口を挟もうとするが、サフールはすべて黙らせた。

「裁くのは私ではありませんが、配慮してもらえるよう役人に伝えます。……それより」
「は、はい」

 なにを聞かれるのかと身構えるサフール。

「そこの壁の穴はどうしたんですか? 昨日はありませんでしたよね?」
「はい?」

 ギルの指差した先の壁には大きな穴がある。まさか穴を開けた張本人からそんな質問をされるとは思わず、サフールと使用人たちは言葉を失った。

「オマエがやったんだよ。覚えてねえのか」
「ええっ? そ、それは申し訳ないことを……」

 俺が教えてやると、ギルは慌てて頭を下げた。壁を殴った際に拳にできた擦り傷は既に綺麗に治っている。意識を失っている間の記憶は残っていないので、自分がやらかしたとは夢にも思わなかったらしい。

「えーと、すみません。話を戻しますね」 

 咳払いで誤魔化し、ギルは場を仕切り直した。

「結果的に失敗に終わりましたので、私に薬を使った件は不問とします。ただ、西の集落についてはそうはいきません。レイから大体の事情は聞きましたが、詳しく教えていただきます」
「……はい」

 グレフ神の末裔に危害を加えれば普通は死罪だが、ギルは自分が被った被害については目を瞑ると決めた。それ以上に明らかにしなければならないことが他にあるからだ。

「魔族と交わした取り引きについて教えてください。どのような話をしたのか、覚えている限り詳しくお願いします」

 辺境の町を治める代表と魔族がなぜ交流を持つに至ったのか。問われたサフールは、うつむいたまま小さな声で話し始めた。

「夫が亡くなった後、私は自ら命を絶とうとしました。私の危うさに気付いた使用人たちが刃物や縄などを隠してしまい、死にたくても死ねませんでしたが」

 慕われているからこそ止められたのだと、今なら理解できただろう。だが、当時のサフールはそんな風に考えられなかった。

「ある日、こっそり町から抜け出して大断絶まで行きました。町の中では死ねないので、断崖から身を投げようと考えたのです。そこで魔族に初めて会いました。あちらから親しげに声をかけてきたのです」

 魔族と遭遇すれば大抵の人間は恐怖で動けなくなるが、自ら命を断とうとしていたサフールは肝が座っていた。故に一切怯えることなく冷静に魔族と対話できたという。

「話の流れで死のうとした理由を教えたら報復を提案され、承諾してしまいました。どうせなら、やるだけやってから死のうと考えるようになったのです」

 後追い自殺から復讐に目的を切り替えたサフールは、まずはバルガードを住みやすい町にしようとした。自給自足を目指して栽培する作物の種類を増やした。必要なものを作れるように研究を始めた。代表サフールがいなくなっても誰も困らないように。

 昨夜の蒸留酒もそのうちの一つ。酒精が強過ぎるため大半の住民は受け付けなかったが、サフールを含む数人は平気で飲めるらしい。これは体質によるものかもしれないが。

「あのお酒は魔族が捕らえた人間に作らせているのだと言っていました。どこかにそういう場所がある、と」

 魔族が人間を連れ去る理由は労働力とするためだった。ということは、西の集落の住民はまだ生きている可能性が高い。ギルはひとまず安堵の息をついた。

「なあ、その魔族ってどんな奴? 長い前髪で目を隠してて声が小さい男じゃなかったか?」

 俺が問うと、サフールたちは首を横に振った。

「いいえ。赤くて短い髪をした快活な若い男でした」

 無人と化した西の集落で遭遇した魔族とは別の魔族の情報に、俺とギルは顔を見合わせた。


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