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38話・魔族は残虐だが仲間意識は強いらしい
しおりを挟む足元で中年男が血を吐いて倒れている。ひゅうひゅうと喉奥から息を漏らし、苦悶の表情を浮かべて俺に腕を伸ばしてきた。助けを求められている。その手を取り、すぐさま逃げるべきだと思う。だが、俺の足はまるで地面に縫いつけられたかのように動かなかった。
魔族と対面したのは今回で二度目だ。恐怖で足がすくんでいるわけではない。ただ、目の前に立つ魔族から目が離せなかった。
俺より背が高く、手足はすらりと長い。短めの髪は燃えるような赤。褐色の肌は日焼けによるものではなく生まれつきなのだろう。革製の黒い服がよく似合っている。切れ長の目がこちらを見ていた。
魔族は俺の姿を見て目を丸くしている。逃げた中年男を追いかけてきたら知らん奴が一緒にいて驚いたのかもしれない。ここは険しい山の中。しかも崖の下の岩場だ。普通こんな場所に人は通りかからない。
お互い無言で立ち尽くしていたが、先に魔族が口を開いた。なぜか満面の笑みを浮かべながら。
「あーっ、オマエかぁ! ルオムが言ってた混血ってのは。なるほどなあ」
うんうんと頷きながら、なにかに納得している魔族。意味がわからず、俺は黙ったまま怪訝な目を向けた。
「確かに髪と肌の色が変わったら印象変わるけど、だからって誰だかわかんなくなるモンかねえ? ま、ルオムなら有り得るか」
やはり意味がわからない。さっきから、コイツはなにを言っているんだ?
ルオムというのは、おそらく無人と化した西の集落で遭遇した前髪が長い魔族の名前だろう。
そうこうしているうちに足元に倒れていた中年男が動かなくなった。もう微かな呼吸すら聞こえない。流れ出た大量の血が地面を赤黒く染め、俺の靴底を汚している。背中に刺さったままの木の枝が、まるで墓標のように垂直に立っていた。
「なんだよ、なにか言えよ。それとも、久々過ぎてオレの顔を忘れちまったのかぁ?」
やはりそうだ。コイツは俺を知っている。正確には、記憶を失う前の俺を、だ。
「いい加減、混血のフリなんかやめろよラース!」
随分と親しげな様子で魔族が俺に呼びかけてきた。どこかで聞いたことがあるような名前だが、俺は知らない。記憶がないからだ。
「おーい、ラースぅ? オマエ本当に大丈夫か? オレの名前言えるか?」
嫌な汗が背中を伝い落ちていく。
「ハ、ハハッ」
思わず笑いが込み上げてきた。まったく思い出せはしないけれど、コイツの話が真実だとするならば、俺の正体は魔族で、人間の敵だ。今まさに人の命を軽々と奪ったこの魔族と同類。このオッサンは酷い奴だったが、殺してもいいとまでは思わなかったのに。
「悪い。なんて名前だっけ?」
「またまたぁ! ジョーダンきついぜ」
軽く問えば、魔族はケラケラと笑った。本気で冗談だと思っているようで、ひとしきり笑ってから口を開いた。
「オレはバアルだよ。幼馴染みの顔を忘れんなよ、ラース」
頭が真っ白になって、俺はどうしたらいいかわからなくなった。引きつった笑みを浮かべたまま、魔族……バアルを見続けている。視界から外したらなにをするかわからないからだ。
話を合わせてついていけば、西の集落からさらわれた住民の居場所がわかる。場所さえわかれば助け出せる。魔族の監視下にある状態では難しいが、結界装置をうまく使えば魔族を追い払うことができるはずだ。ギルならなんとかしてくれる。
ここは崖下にある岩陰。ギルからは死角になっている。ギルの現在地は崖の中腹にある細い道。足場が悪く、戦いには向かない場所だ。もし襲われたらひとたまりもない。ギルの場所を知られないようにしなくては。俺は敢えてギルがいるほうを見ないように視線を固定した。
「しっかし、まさかこんな山奥で再会するとはなぁ。一年振りくらいか? あの時以来だな」
よほど俺との再会が嬉しいのか、バアルは上機嫌でよく喋る。俺が引きつった笑いを浮かべたまま固まっていても気付いていない。
「あの時はホンット危なかったよなぁ、聖都!」
喉奥から出そうになった声を気合いで飲み込む。
なんとなく予想はしていた。ギルは酷い怪我を負った俺を保護し、付きっきりで看病してくれた。傷が癒えても行き場のない俺を護衛として雇ってくれた。周りの大反対を無理やり押し切って。意識を取り戻した時には半魔族の姿だった。髪は赤混じりの黒、肌は浅黒いが褐色ほど濃くはない。記憶がないから、生まれてからずっと半魔族なのだと信じていた。
カダロード滞在中、一年前に聖都で事件が起きた話を耳にした。ギルやイムノス、フィッツが経験した忘れがたい悲劇なのだと。その事件に俺やバアルが関わっている。血の気が引いた。
『どうですか、レイ。なにか思い出しました?』
無人の集落でルオムと対峙した後にかけられた言葉を思い出す。ギルは最初から知っていたのか?
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