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39話・魔族とグレフ神の末裔の間に挟まる
しおりを挟む俺の正体は魔族だった。
しかも、一年前に聖都を襲撃したうちの一人。記憶を失い、なぜか半魔族の姿となっているが、仲間だというバアルが言うのだからそうなのだろう。コイツには嘘をつく必要がない。半魔族を仲間に引き入れても得なんかないからだ。
聖都でなにがあったのか、俺は知らない。誰もが口を噤み、軽々しく話してはいけないという暗黙の了解になっていた。旅に出る前、聖都に滞在している間も誰も話題にあげてはいなかったと思う。
「せっかく再会したんだし一緒に来いよ。いま山ん中に拠点構えてんだ。人間連れてきて色々試しに作らせてるとこでさぁ」
バアルは屈託なく笑いながら、どこかを指差していた。その方角に拠点とやらがあるのだろう。攫ってきた人間たちを働かせている。西の集落の代表である中年男は脱走した挙げ句に殺され、いま俺の足元に転がっている。
「その拠点には他の奴もいるのか?」
内心の動揺を抑えつつ、不自然に思われないようバアルに尋ねてみた。他にも魔族がいるのなら下手な真似はできない。ギルが一緒なら、魔族一人くらいならなんとか倒せるかもしれない。だが、もし拠点に複数の魔族がいるなら衝突は避けたかった。
「ああ、いるぞ。ルオムとマルヴがな。って、ルオムとはもう会っただろ?」
知らない名前が出た。つまり、バアルを含め、少なくとも三人の魔族がいるということ。そうなると勝てる見込みは限りなく低い。なんとかこの場をやり過ごして、早く山越えしなくては。デオガルドまで行って、イムノスやフィッツに連絡を取って。
でも、俺はギルと一緒にいて許されるのか?
胸の中に泥が溜まっていく感じがした。重苦しさに徐々に身動きが取れなくなってゆく。息を吸うのも辛くなって、自分が今後どうすべきなのかわからなくなった。
「ラース、行こうぜ!」
ぼんやりと立ち尽くす俺の手をバアルが掴もうとした時、すさまじい轟音が響いた。大きな岩が崖の上から谷底に落ちた音だ。パラパラと小石が遅れて転がり落ちる小さな音がする。少し離れたところで砂煙が上がっている。ただの落石ではないとすぐに気付いた。砂煙の向こうに人影が見えたからだ。
「近道しようとしたら崩れちゃいました。困りましたね、どうしましょうか」
大きな岩はギルが誤って落としてしまったらしい。困り顔で崖の中腹辺りを見上げている。俺たちが通ってきた狭い山道が途中から完全に崩れ落ちていた。
「遅かったから迎えにきましたよ、レイ」
崖から俺に目線を移したギルの視界には当然バアルの姿も映っている。そのはずなのだが、なぜか完全に無視して俺に話しかけてきた。
「あれ、さっき見かけた人ってもしかしてそこで倒れているかたですか? ……ああ、間に合わなかったんですね」
次に、中年男の死体を見てギルは残念そうに眉を下げた。両の手のひらを胸の前で組み、司祭らしく祈りを捧げている。
「さあ、そろそろ行きましょう。日が落ちる前に野営できそうな場所を見つけておきたいですし」
「え、あの、ギル?」
ギルはバアルの存在を無いものとして振る舞っている。顔色ひとつ変えず、まるでこの場に俺とギルしかいないみたいに。
バアルは呆気に取られて放心している。魔族に遭遇した人間の反応は怯えるか逃げるか降参するかの三択くらいなものだが、平然と無視する奴は初めてなのだろう。
しかし、俺を目の前で連れて行かれそうになったら黙っていられないらしい。
「なんだァおまえは! ラースはオレの仲間だ!」
「どちら様ですか? レイは私の護衛ですよ」
俺を挟んで対立する二人。バアルは目を吊り上げて怒鳴り散らし、ギルは笑顔で静かに牽制する。それぞれ俺の右腕と左腕を掴んで引っ張っているが、腕力が強いのですごく痛い。精神的なショックが癒えないうちに肉体的にも傷めつけられ、急激に気持ちが沈んでゆく。
「……痛いんだけど」
ぽつりと呟くと、二人は同時に手を離した。
「ラース、悪ぃ! 強く引っ張り過ぎた!」
「すみません。レイ、どうか泣かないでください」
二人が慌てて謝っている理由は、俺が涙目になっていたからだ。大人の男が人前で泣くなんて情けないが、色々なことが重なり過ぎて情緒が不安定になっている。自分の意思では止められない。
今の反応で理解した。ギルもバアルも俺を大事に思ってくれている。ただ、二人とも立場と価値観が異なっていて、今の俺が知らないことを知っている。詳しく話を聞きたいが、どちらかしか選べない。
「ちょっと、なにを騒いでるの」
どうしようか迷っていると、どこからか声が聞こえてきた。声がしたほうを見ると、崖の上に二つの人影があった。一人は先日西の集落に現れた長い前髪で目元を隠した魔族の男。もう一人は十代半ばの少女に見えるが、髪や肌の色からみてコイツも魔族だろう。
まずいことに、この場に魔族が集結してしまった。
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