【完結】世界の涯てで君と踊る

みやこ嬢

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44話・一年前に起きた聖都襲撃事件の話 1

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『エマ』というのはギルの腹違いの妹の名前で、一年前に死んでいた。きっと仲の良い兄妹だったんだろう。だからあんなに愛おしそうに呼んでいたのだ。

「あのさ、俺なんにも知らないんだ。誰も教えてくんねえし、ギルには聞きづらくて」

 真実を知りたいのなら、決して嘘をつかなさそうなフィッツに聞くのが一番確実だ。ギルはこの場にいない。フィッツの護衛もいない。今しかないと思った。

「一年前、一体なにがあったんだ?」

 俺の問いに、フィッツはしばらく黙り込んだ。なにかに思いを馳せるように伏せられた視線が再び俺に向けられた時、どきりとした。先ほどの会話で多少互いのことを知れたと思っていたが、違う。フィッツはまだなにか重いものを抱えていると感じた。

「……あれは本当に悪夢だった」

 ぽつりと呟く声音は沈んでおり、いつもの堂々とした話し方とはかけ離れていた。

 四阿を風が吹き抜け、フィッツの長い金の髪がさらりとなびく。近くに生えている木から一枚の葉が舞い、俺たちの間の石床に落ちた。その葉を眺めながら、フィッツは話し始めた。

「我々グレフ神の血を引く者は大陸の中央にある聖都で暮らしている。私もギルバートも、エマリエもそうだ。教会本部に隣接された広大な専用の敷地があり、分家ごとに屋敷を構えて暮らしている。屋敷は違えど同じ敷地内だ。数少ない血族同士、年齢もさほど離れていない私たちは一緒に遊んだり学んだりして育った」

 血が繋がっている親戚同士、物心ついた頃から仲良くしていたらしい。

 分家の屋敷には覚えがある。すごく広くて綺麗だった。大怪我を負った俺は屋敷の一室で療養していた。あんな規模の屋敷が他にもあったのか。

「聖都の教会本部がある場所は大陸の中で最も結界の効果が強い場所で、最も安全な場所のはずだった」

 この大陸は大断絶と呼ばれる深い谷にぐるりと囲まれている。大陸の外周、大断絶沿いの地域をまとめて『辺境』と呼ぶ。辺境から大陸中央の間には山脈がそびえ、容易に行き来できなくなっている。辺境や大陸内部には都市や町、小さな集落があり、結界装置が置かれ、魔物や魔族を寄せ付けない安全な空間を作り出している。結界の範囲が重なれば効果は跳ね上がる。聖都は多重結界に守られた、この大陸で一番安全な場所なのである。

「しかし、一年前のあの日、魔族から襲撃を受けた。突然の出来事だった。誰も予想していなかったから対処は後手に回った。そもそも魔族と対等に渡り合える者がいなかったのだ」

 やっぱりそうか、と俺は納得した。黙って聞きながら、フィッツに気付かれないように唇を噛んで感情を抑え込む。握りしめ過ぎたせいで膝の上に置いた拳に血管が浮かび上がっている。無言で頷き、目で話の続きを促がす。

「どうやって結界を掻い潜ってきたのかはわからない。だが、実際に魔族は聖都に現れた。恐らくジーレン様の命を狙っていたのだろう。他の場所には目もくれず、ジーレン様の座す教会本部を襲撃したのだから」

 その名前は以前フィッツの護衛から教えてもらった。

『グレフ神の末裔の中でも最も濃い血を引く本家の御方だ。聖都の教会本部にいらっしゃる』

 魔族はグレフ神の末裔を狙っているのか?

「その日は床入りで、エマリエは分家の屋敷ではなく教会本部にいた。彼女は運悪く襲撃に巻き込まれ、命を落としてしまったのだ」

 分家の屋敷にいれば助かっただろうに、とフィッツは無念そうに呟いている。だが、俺は聞き慣れない単語のせいで意味がわからなかった。

「なあ。『床入り』ってなんだ。儀式かなんかか?」

 尋ねると、フィッツは目を丸くした。手のひらで口元を覆い隠し、しまったと言わんばかりに視線をそらしている。まずいことを聞いたかもしれない。大きなため息を吐き出してから、フィッツが教えてくれた。

「グレフ神の末裔の義務については知っているな?」
「ギルから聞いた。子孫を残さなきゃならねえんだろ?」
「女性の血族も例外ではない」
「まあ、そうだろうな」

 ひとつひとつ掻い摘んで説明してくれる。俺もギルから軽く説明されただけで詳しくないので、この機会にちゃんと聞いておくことにした。

「エマリエは本家のジーレン様の子を産むため、教会本部に出向いていたのだ。床入りというのは男女が同衾……あー、つまり」
「いいよ、大体わかった」

 よほど直接的な表現をしたくないのか。それとも俺をまだ子ども扱いしているのか。フィッツは言葉を選んでいたが、要は子作りのために教会本部にいたってことだ。

「グレフ神の血を引く子どもを産むと女は死ぬんだろ。死ぬってわかってるのに貴重な血族にやらせるのか? それに、エマはジーレンって奴とも血が繋がってるんだろ。おかしくないか?」

 疑問をぶつけると、フィッツはまた視線を伏せた。

「もちろんおかしいとも。私もギルバートも反対だった。なにせジーレン様とエマリエは三十以上年齢が離れていたからな」

 聞けば、ジーレンはもうすぐ五十を迎える初老の男。エマは十代半ば。親子というか、祖父と孫娘くらいの年齢差がある。勝手にギルやフィッツとあまり変わらない年齢だと思い込んでいたが、予想以上に離れていた。

「なんだそれ。気持ち悪っ」
「私も同じ意見だ」

 率直な感想を述べると、フィッツも同意した。そして、また説明が再開される。

「年の差があるのにそういう話になった経緯は本家の成り立ちに理由がある。本家は分家よりも血が濃い。グレフ神の血を引く者同士の間で子を成してきた家系だからだ」

 両親がグレフ神の血を引いていれば血が薄まることはない。

「普通の女性はグレフ神の血の強さに耐えきれずに妊娠中または産後必ず命を落としてしまうが、母親がグレフ神の血を引いている場合は妊娠出産時の死亡率がかなり低くなる。血に対する耐性があるからだ」

 出産は命懸けだが、グレフ神の血族は治癒能力を持っている。多少の傷なら自然に治るため、やはり通常の出産と比べても死亡率は低いらしい。

「ジーレン様には後継者がおらず、エマリエには期待が寄せられていた。血族の女性が他にいないため、本家の血筋を残す唯一の方法だったのだ」

 でも、エマは死んだ。
 一年前に起きた魔族の聖都襲撃によって。

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