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45話・一年前に起きた聖都襲撃事件の話 2
しおりを挟むグレフ神の血を引く血族の中で最も濃い血を持つ本家は、血が薄くならないように血族同士で子作りをしていた。ギルの妹エマは血族の中で数少ない女性だったため、かなり年上のジーレンって奴と子作りをすることになった。恐らくエマが生まれた時から決まっていたんだと思う。
「そこまでして濃い血を保つ意味あんのかよ」
俺の言葉に、フィッツは微妙な表情を浮かべた。
「仕方がないのだ。本家の存続は何よりも優先されるべきこと。我々はそう教えられてきた」
教会でどんな風に教えられているのか、俺は知らない。保護施設育ちの半魔族なら教えを叩き込まれているだろうが、施設にいた記録はない。それもそのはずだ。俺は聖都を襲撃した魔族の一人なんだから。記憶はないし、半魔族の姿になった理由はわからないけども。
「いずれ唯一神グレフが復活する時、最も優れた子孫の肉体を器に選ぶという言い伝えがある」
「復活? 神が?」
「そうだ。血が濃ければ濃いほど始祖であるグレフ神に近い、優れた存在となる。本家の存続はグレフ神復活のために必要なのだ」
「はあ……」
急に話が飛躍したような気がして、俺は椅子の背もたれに体を預けて天を仰いだ。本家のジーレンって奴が尊いと言われているのは、いずれ神の器となる又は神の器となる子を残す存在だからか。
「話がそれちまったけど、結局魔族は聖都でなにをしたんだ? 結界は機能しなかったのか?」
親子以上の年の差かつ血縁同士で子作りって話に度肝を抜かれ、その件ばかりを掘り下げてしまったが、俺が聞きたかったのは、俺が関わっているかもしれない襲撃事件の全容だ。
「グレフ神の像に異常はなかった。教会本部だけでなく分家の屋敷にもそれぞれ結界がある。当然効果範囲が重なっているから、聖都には魔族が侵入できるはずがない。だが、奴らは対抗手段を編み出していたらしい。ごく少数が教会本部で魔法を使って暴れ回り、建物を壊しまくった」
魔族が用いた結界に対抗する手段は判明していないという。結界装置を壊す以外に無効化する方法があるのだろうか。もしあるとすれば、結界に頼って安心しきっている都市や町、集落はどうなるのか。これまでギルと一緒に巡ってきた辺境の集落を思い返すと複雑な気持ちになった。
「教会本部の最奥、ジーレン様の住まう場所も被害に遭った。エマリエは運悪く攻撃を受けて命を落とした。ほぼ即死状態で、治癒能力が間に合わなかったと後から聞いた」
多少の傷なら自然に治るが、治るより先に命が尽きれば終わりだ。エマはとことん運がなかったらしい。
「ジーレンと一緒にいる時に襲われたんだろ。そいつはどうした。大怪我でもしたか?」
「いや、奇跡的にかすり傷ひとつなかった。エマリエが身を呈して庇ったのではないかと教会内で噂されているが、見ていた者はいないから実際どうだったかはわからない」
本家の存続を優先するようにと教え込まれて育ったのなら有り得ない話ではない。年寄りを庇って若い奴が死ぬなんて馬鹿馬鹿しいとは思うが。
「ジーレンの名前を聞いた時、ギルは不機嫌になったよな。あれってもしかして」
「目の前でみすみすエマリエを死なせたことが許せないのだと思う。恐らく、自分だけ真っ先に逃げたのだろう。ジーレン様を責めるなど誰にもできないから、ギルバートは怒りを溜め込んでいるのだ」
実際はどうだったのか、ジーレン以外は誰も知らない。もう一人の当事者であるエマは命を落としてしまっている。
「襲撃以来、ギルバートの前でジーレン様の名前を出すことは避けている。だが、伯父上は事情を知らない。たまに先日のようになる」
カダロード滞在中、イムノスがジーレンの名前を口にした瞬間、ギルのまとう空気が変わった。すぐにフィッツが話題を変えて事なきを得たが、あの時は部屋の空気が張り詰めて恐ろしかった。
フィッツはかなり気を使っていたようだ。
「襲撃された場所は教会本部のみ。すぐに修繕され、襲撃の痕跡は教会関係者の記憶の中にしか残っていない。ジーレン様はより頑丈で安全な部屋を作って閉じこもっておられる。これまでは主にジーレン様が各都市に出向いて結界強化を行なっていたが、聖都どころか教会本部の最奥から出られなくなってしまった」
ジーレンも、まさか最も守りが堅い教会本部が襲撃されるとは思いもしなかっただろう。
「そういう理由もあって、私とギルバートは結界強化のために大陸中を巡ることを許された。とはいえ、流石に辺境行きは反対されているがな。半魔族のおまえだけを連れて危険な辺境に行くなど私も反対していたのだが」
そこでフィッツは言葉を止め、俺に視線を向けた。真面目な顔で正面から見つめられ、どきりとする。顔をそらすこともできず、黙って見つめ返していると、フィッツがふっと表情をゆるめた。
「あんなに荒れていたギルバートが、怪我したおまえを保護してから落ち着きを取り戻していった。この前カダロードで再会した時はまた荒れていたから心配したが、今回はおとなしい。おまえがそばにいるからだろうな」
そういえば、カダロードから出立する時、ギルのことを「手に負えない」とか言っていた。食堂の壁をブチ壊した件だと思っていたが、聖都襲撃事件の後で荒れていた時期のことを指していたのか。
「レイ、どこですか~」
遠くからギルの声が聞こえてきた。俺を探しているようだ。フィッツと顔を見合わせ、フッと笑い合う。どうやら話はここで終わりだ。
「つらいこと思い出させて悪かったな。色々教えてもらえて助かった」
「いや。私こそ話せて良かった」
椅子から立ち、四阿を出る。屋敷の出入り口から庭に降りてきたギルに手を振り、駆け寄った。
「レイ、なにをしていたんですか」
「フィッツの護衛と手合わせして勝った」
「ふふ。護衛のかたたちは?」
「負けた罰で、デオガルドの周りを走らされてる」
「おやまあ、それはそれは」
手合わせよりフィッツと話をしていた時間のほうが長かったが、あえて言わなかった。俺の話を聞きながら、ギルは声を上げて笑っている。その様子を、四阿にいるフィッツが眩しそうに眺めていた。
俺が知るギルは穏やかで、いつも笑顔を絶やさない男だ。礼儀正しく、誰に対しても敬語を使う。たまに怖い時もあるけれど、それは悪い奴を相手にした場合に限られる。基本的には優しい。
異母妹を失った悲しみはギルの心の奥深くにまだ残っている。余計なことを言って悲しい気持ちを思い出させたくはない。
いや、違う。
記憶を失う前の魔族の俺がギルの大事なエマの命を奪ったかもしれない、という可能性から目をそらしたいだけだ。
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