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84話・絶望と希望が交われば絶望に染まる
しおりを挟む「うぅ……あ、頭が……っ」
両手で自分の頭を押さえながら、ギルが床に蹲った。眉間にシワを寄せ、ギリギリと歯を食いしばっている。ひどく頭が痛むのだろう。
「お、おい、ギル」
心配になって近付こうとしたが、突然バチッと空気が弾けた。まるで魔力同士がぶつかり合った時のような感覚に驚き、足を止める。俺はいま魔力を放出していない。マルヴは意識を失っている。ならば、この現象は一体なんなのか。
他の誰が近付こうとしても同じ。無理に近寄れば火花を喰らう。
「レイ……レイ……!」
「ギル」
ギルが苦しげな声で俺を呼んでいる。助けを求めている。多少のダメージは覚悟の上で再度近付こうとした時、俺の手首をルシオが掴んで止めた。
「レイ、危ねえぞ!」
「止めるなルシオ、ギルが呼んでる」
「馬鹿か、周りを見ろ!」
言われて初めてギルから周囲に視線を向けると、思わぬ光景が広がっていた。ジーレンを押し潰していた瓦礫の破片が宙に浮かび上がっている。そばにあった椅子やテーブルまでもが重さを忘れたかのように空中を漂っている。
「なんだこれ」
「いいから早く離れろ!」
ルシオに腕を引かれて壁際まで下がると、フィッツたちも茫然とした表情で眺めていた。蹲るギルを中心に、寝所にあったものが浮かび上がっていた。その中にはもちろんジーレンの遺体も含まれている。血の染み込んだ絨毯はボロボロに劣化し、床から剥がれていた。ついには床にも穴が開き、壊れた床材までもが浮き上がった。
「イムノス、なにが起きてるんだ?」
「わ、わからぬ。前例がない。どうしたことじゃ」
ここにいる面子で一番の年長者であるイムノスに聞いてみたが、やはり知らないらしい。逃げることも近付くこともできず、俺たちはただ目の前に広がる光景を見守るしかなかった。
「レイ。ギルがギルじゃなくなっちゃう」
「え?」
「ちがうものになっちゃうよ」
半泣き状態のテオがすがりついてきたので、背を撫でて宥めてやりながら考える。ギルが違うものになるってどういう意味だろう。テオは聡い。勘が鋭く、本質を掴むのがうまい。ギルの異変を真っ先に察知したのもテオだ。
「……まさか」
イムノスが息を飲み、自分の口元を手のひらで覆った。さっき聞いた時にはわからないと言っていたが、なにか思い出したようだ。同時に、フィッツもハッとした表情でイムノスと顔を見合わせた。
「伯父上、もしや」
「うむ。唯一神グレフの復活やもしれぬ」
その話は以前フィッツから少し聞いた記憶がある。血を引く末裔の中から最も優れた者の肉体を器にして、始祖であるグレフ神が復活するのだと。信憑性のない言い伝えだと思っていた。
そうこうしている間にも、浮かび上がっていたあらゆるものが寝所の中央に集まっている。ちょうど蹲っているギルの真上だ。ぐるぐると渦を巻き、細かく砕けて一つに固まっていく。
「レイ……テオ……」
その塊が、ついにギルを飲み込んだ。俺たちの名前を呼びながら伸ばされていた手も飲み込まれ、見えなくなってしまった。
バチバチと火花が散り、寝所の天井が更に崩れて空がよく見えるようになった。さっきまで澄んだ青い空だったのに、今はどんよりと曇り、冷たい風まで吹き始めている。
ギルが飲み込まれてすぐに塊に変化が起きた。一時はつるりとした球体のようにまとまりを見せていたが、ボロボロと崩れていく。そして、余分なものをすべて捨てた後に現れたのは一人の男の姿だった。
「ぎ、ギル……?」
顔立ちは似ているが、違う。纏う空気も表情も、なにもかもがギルとは異なっている。俺が好きなギルが消えて、得体の知れない男に変わってしまった。
「レイ。ギル、どうしちゃったの?」
「……テオ」
絶望に似た気持ちに支配されそうになったが、テオに情けない姿は見せられない。ぐっと唇を噛んで感情を押し殺してから、俺はテオの肩に手を置いた。
「大丈夫、すぐに元のギルに戻してやる」
「うんっ」
根拠のない俺の言葉に、テオは笑顔で頷いた。本当に可愛い俺たちの大事な子どもだ。ギルも同じ気持ちのはず。テオを悲しませたまま消えるはずがない。
「おい、オマエは誰だ?」
一歩前に進み出て声をかける。不敵に笑い、人差し指で謎の男を差しながら。イムノスが焦ったように間に入ろうとしたが、フィッツが止めてくれた。
「──わたしの名を知らぬ者がこの大陸におるものか」
クッ、と男が嗤った。口の端を上げただけの傲慢な笑いかた。ギルとは似ても似つかない。やはり別人なのだと理解させられた。
「わたしはグレフ。久方振りに肉体を得て蘇った、すべての生き物の頂点に立つ存在だ」
イムノスたちが予想した通り、唯一神グレフが復活したのだ。
グレフと名乗った男は裸体に布を巻き付けただけの格好をしている。ギルよりやや背が高く、体格も良い。髪は銀を通り越して白く、床につきそうなほど長くなっていた。
「若き日のジーレン様を見ているようじゃ……」
グレフの姿に在りし日のジーレンを重ねたらしく、イムノスが涙を流している。そして、その場で両膝を床に付け、右手を胸に当てて頭を深々と下げた。
「復活、誠におめでとうございます」
「教会の者か。ご苦労であった」
イムノスの服装から教会の上位職だと判断したのだろう。グレフは労いの言葉をかけた。
俺やフィッツ、ルシオたちはまだ状況が飲み込めずにいた。ギルが別人になったのに祝う意味がわからなかったからだ。
「おい、イムノス! そんな奴に頭を下げんなよ!」
「黙っておれぃ!」
抗議するが、逆にイムノスから一喝されてしまった。
「ジーレン様が亡くなられ、ギルバートが乱心した今、フィッツ以外にグレフ神の血を繋ぐ者がいなくなった。フィッツは未だ子を失った悲しみが癒えておらん。務めを強要するのも偲びない」
フィッツが結界強化の旅を始めた理由は、立て続けに二人も子どもが死んだからだと聞いている。抱いた女は孕んだだけでもう死ぬ以外の道はなく、出産まで体が保てば良いほう。生まれた子どもも一歳を迎える前にほとんどが死ぬ。グレフ神の末裔の血の強さに人間の肉体が負けてしまうからだ。
「だが、始祖であるグレフ様が蘇られたのじゃ! もう心配は要らん! 人間の領域は、この大陸は守られるのじゃ!」
熱弁を振るうイムノスに気圧され、俺たちはなにも言えなくなった。ジーレンの死後、絶望の淵にいたイムノスが希望を前に奮い立っている。
だが、再び絶望の底に突き落とされることになる。
「この大陸はわたしの新たな器を生み出すために創った箱庭に過ぎぬ。復活を果たした以上、もう用はない」
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