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83話・過去の言葉が回り回って災厄を招いた
しおりを挟むフィッツたちの眼前には惨状が広がっていた。
瓦礫に押し潰されたジーレンの遺体と血溜まり。火傷だらけで気を失うエマリエ似の魔族。床にへたり込んで涙を流すイムノス、呆然とする兵士たち。そして、真顔で立ち尽くす俺とは対照的に朗らかな笑みを浮かべてテオを抱っこするギル。
「魔族の襲撃があったと聞いたが、これは一体……」
理解が追い付かず、困惑した表情で寝所内を見回すフィッツ。マリクとオルミ、サンクは油断なく剣や盾を構えてフィッツの周囲を固めている。ルシオが俺に駆け寄り、肩を叩いてきた。
「レイ、大丈夫か。怪我は?」
「いや、俺は平気」
「そうか。もう魔物は増えないから外は部下に任せてきたんだが、聖都に入り込んだ魔族ってのはそこで倒れてる奴だよな? ここは一番安全な場所だってのに、ジーレン様は襲われてしまったのか」
本来、聖都は複数ある結界装置の効果で魔物や魔族を寄せ付けない最も安心して過ごせる場所のはずだった。ところが、結界を無効化する道具によって安全神話は崩れてしまった。
弱ったイムノスを抱き起こすフィッツとオルミ。サンクとマリクはジーレンの遺体の上にある瓦礫のカケラを手で退けている。ルシオは倒れたマルヴのそばに行き、縄で手足を縛るために体をひっくり返した。
その時、マルヴの懐から小さな物が転がり落ちた。子どもの手のひらに収まるほどの大きさで、白くて丸い。
数回とはいえ、ギルの作業の手伝いをした経験があるフィッツにはそれがなんなのかすぐにわかったようだ。
「ギルバート。それは簡易結界装置に似ているな。なぜ魔族が持っているんだ」
「私が作った結界破りの装置です。私が事前に渡しておいたものですよ」
誤魔化さず正直に答えるギル。
「なぜジーレン様の寝所に魔族がいるのだ。ここは教会本部の最奥だが、極めて見つかりにくい場所にあるというのに」
「私が誘導したからです。通路を塞いでここまで来させるの、地味に大変でした」
教会本部の構造は単純ではない。ただ真っ直ぐ進んだだけではジーレンの生活する区画には辿り着けないように工夫されている。断じて俺が方向音痴なわけではなく、迷いやすい造りになっている。グレフ神の血を絶やさぬため、安全のための措置だ。だが、内部からの手引きがあれば意味がない。
「……倒れている魔族はエマリエそっくりではないか。なぜエマリエに似た魔族を寝所に呼び寄せた」
「もちろん『あの日のこと』をジーレン様に確認するためです。頭がおかしくなってる今なら他人の空似でも騙されてくれるかなと思って。大成功でしたよ。ジーレン様はぜんぶ吐いてくださいました」
フィッツからの問いに、ギルは迷わず答えていく。もう隠す必要はない。ギルの目的はほぼ果たされているのだから。
「床入り前にジーレン様を始末しようと計画を練って実行したのに、まさか予定より早く寝所に呼んでいたなんて。おかげでエマを救うどころか永遠に喪ってしまいました。本当に最悪な男です」
「なっ……!」
衝撃的な告白の連続になかば放心しかけていたフィッツが驚きのあまり固まった。ルシオたちも唖然としている。
「もしや、一年前の聖都襲撃事件は……」
数十秒ほどの沈黙の後、フィッツが尋ねた。
「ええ、私が仕組んで引き起こした事件です」
予想はついていた。バアルから聞いた話も「嘘だ」とは思わなかった。ギルならできる。ギルならやりかねないという疑惑がいつも根底にあった。だから俺は驚かなかったんだが、フィッツたちは違った。思いもよらぬ事実ばかりを知り、憤っている。
「ギルバート、貴様ァッ!」
だが、危険だ。最も高貴な人間であり実の父でもあるジーレンを虫ケラのようにアッサリ殺してしまうほど、今のギルには容赦がない。たとえフィッツが相手だろうと、邪魔だと思えば躊躇しないだろう。
だから、代わりに俺が間に立った。
「レイ、退くんだ。ギルバートに話がある」
「やーなこった。グレフ神の末裔同士のケンカなんざ見たくもねえよ。見苦しい」
「……なんだと?」
「無力なニンゲンはどっかに行ってくんねえ?」
わざと嘲るような口調で言うと、フィッツのこめかみに青筋が浮いた。本気で苛立っている。仲良くなる前はいつもこんな険しい表情で睨まれていたな、と懐かしく思う。コイツらは死なせたくない。俺の意図に気付いたオルミたちがフィッツの腕や肩を掴んで止めてくれている。
「でもさぁ、俺も疑問があるんだよなぁ」
フィッツとイムノスが安全圏である寝所の壁際まで下げられたのを確認してから、俺はギルへと向き直った。
「どうして魔族を巻き込んだんだ? ジーレンを殺したけりゃ自分でやれば良かったじゃねえか」
可能な限り普段通りの態度を装い、軽い口調で問いかけたつもりだった。でも、声の震えを止められなかった。俺が今どんな顔をしているのか、対峙しているギルには見えているはず。テオが慌ててギルの抱っこから降りて俺へと駆け寄ってきた。ギルは笑顔を少しも崩さない、不自然なほどに。
「だって、そう教えられてきたんです。『ジーレン様には逆らうな』『おかしいと思っても黙って従え』って。生まれた時からずうっと周りの大人たちに教え込まれてきたんです。だから、自分の手で直接危害を加えるなんてできませんでした」
ギルの言葉に、イムノスが目を見開いた。そして、苦い顔で視線を伏せた。思い当たる節しかなかったのだろう。アーネスト家の先代当主は厳しい人間だったと聞いている。当然ジーレンに対する考えかたや態度について厳しく叩き込まれてきたはずだ。
長年の刷り込みの結果、直接反論したり反抗するといった行為はギルの中で禁忌となっていた。代わりに間接的な方法を選んだ。結界の研究は人間の領域を守るためではなく壊すために始めたのだ。
「でも、あなたが言ってくれました。『殴ればいい』って。それで私は長年の呪縛から解き放たれたんですよ」
「え……」
満面の笑みを浮かべ、ギルが俺に向かって両手を広げた。崩れた天井からは青空が見える。眩ゆい陽光が差し込み、ギルの姿を照らしていた。
『なんだソイツ。ぶん殴ってやりゃいいじゃねえか』
聖都に来た日、ジーレンから呼び出されて酷い目に遭ったギルを元気付けるために放った言葉だ。俺の迂闊な発言のせいで、ギルはジーレンにトドメを刺した。最後のひと押しをしてしまった。あの時の言葉に嘘はないが、まさかこんな結果を招くとは。
ことの重大さを感じて黙り込む俺の手を誰かが握ってきた。下を見ると、テオが俺にしがみついていた。不安げな顔で見上げてくる。
「レイ、さっきからギルがへんなの。こわいよ」
「えっ?」
ジーレンを殺した時は少しも怯えていなかったテオが小刻みに震えている。慌てて視線を戻すと、ギルが頭を抱えて床に蹲っていた。
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