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82話・世界の命運を握る男が世界を見限った
しおりを挟む聖都教会本部の最奥にある寝所の天井が崩れ、大きな瓦礫が床に落ちた。さっきまで大きな声で喚いていたジーレンの姿はどこにもない。ただ、溢れてくるおびただしい量の血が、瓦礫の下になにがあるのかを物語っていた。
「え、そんな、ジーレン様」
普段の様子からは考えられないくらい弱々しい声がイムノスの口から漏れた。石碑のようにそびえる瓦礫の周りを歩き回り、室内をキョロキョロと見回してみてもジーレンの姿は見つからない。やはり瓦礫の下敷きになったのだと理解した瞬間、イムノスはがくりと床に膝をついた。
イムノスの絶望した顔を初めて見た。カダロードで出会った時から明るく活発な年寄りで、誰よりも行動力があった。コイツの笑顔に救われた奴はきっと大勢いるだろう。そんなイムノスから生気が抜けてしまっている。
しんと静まり返る寝所内で、俺はギルを見つめていた。涼しげな顔で瓦礫の隣に立っている。街道で別行動を取って以来、数時間ぶりの再会だ。
「ギル、──」
ギルに話しかけようとした時、瓦礫がぐらりと揺れた。兵士たちが慌ててイムノスの腕を引いて離れさせる。
「ぐはっ、ぐぅ……おのれ、なんという真似を」
「ジーレン様っ!」
なんと、ジーレンは瓦礫に押し潰されていながら生きていた。グレフ神の血のおかげか、瓦礫の下敷きになった状態でも声を発することができるくらいに回復している。回復以外の能力はないようで、自力で瓦礫を退かしたり破壊したりはできないらしい。ただただ苦しげに呻いている。
「はよう瓦礫を退け、ジーレン様をお助けするのじゃ! そなたたちは急ぎ医師を呼べ! すぐに!」
「はっ!」
「かしこまりました!」
イムノスは兵士たちに瓦礫の撤去を、使用人の老女たちには医師を呼ぶように指示を出した。使用人が寝所から出て行き、兵士が瓦礫を持ち上げようと手を伸ばした時だった。
「駄目ですよ、邪魔しないでください」
ギルは救助を許さなかった。片手で瓦礫を掴み、ぐっと下へと押し込むギル。ぶち、と嫌な音と共に血飛沫が散った。
ギルの握力に耐え切れなかったのか、大きな瓦礫の塊が割れ、倒れたジーレンの体が露わになった。背中や腹が潰れて酷い状態となっている。手足も有り得ない方向へ折れ曲がっていて、もうピクリとも動かない。脅威の回復力を持っていても絶命してしまえば終わりだ。
「ギルぅ」
「テオ」
惨状など眼中にないかのように、テオがギルへと駆け寄った。ギルは笑顔で両手を広げ、テオを抱きかかえる。
「きちんと言い付けを守って良い子ですね」
「うんっ。でも、あんまり役に立てなかったかも」
「いいえ、そんなことはありませんよ。テオがこの場に居てくれて、とても助かりましたから」
ほのぼのとした会話をするギルとテオを、俺は呆然と立ち尽くしたまま眺めている。意味がわからず、なにを言えばいいのか、なにをすればいいのかすら考えられなかった。
「おい、ギル」
「はい?」
やっとの思いで名前を呼ぶと、ギルは嬉しそうにいつもの笑顔を俺へと向けてきた。俺の好きな表情だ。
だが、足元には瓦礫の破片と血溜まりができている。今しがたギルがトドメを刺したせいで、かろうじて生きていたジーレンは物言わぬ骸と成り果てていた。
「オマエ、俺たちがいるのに天井を崩したのか? 下手をしたら、俺やテオだけじゃなくイムノスたちが巻き込まれたかもしれないんだぞ」
ギルがジーレンを嫌っていたことは知っている。だから、ジーレンに危害を加えた点については別にどうでも良かった。俺には関係ないからだ。
でも、俺たちがそばにいる状況で実行するなんて有り得ない。特にテオはまだ幼く弱い存在。まともに食らったら命に関わる大怪我を負ってしまう。
「ちゃあんと確認してからやりましたよ。ほら、あなたたちに渡した御守り。あれで位置を把握してますから」
悪びれる様子もなく答えるギル。
『御守りには私の髪を中に入れて動力とし、防御結界と位置特定の術式を組み込んであります』
渡された時に説明を受けたが、深く考えることなく常に首から下げていた。位置特定の機能で俺たちの居場所を把握し、当たらないタイミングを見計らって天井を崩した。万が一巻き込まれたとしても防御結界の効果で最悪の事態は回避できると踏んでいたのか。
「ギルバートよ、自分がなにをしたかわかっておるのか」
震える声でイムノスが呟いた。いつもの覇気が感じられない、力のない声だ。一歩一歩、ジーレンの血が染み込んだ絨毯を踏みしめながら、イムノスはギルのそばまで歩み寄った。
「ジーレン様がいなければグレフ神の血を繋いでいくことができなくなる。本家の血筋が絶えてしまう。どうなるかわかっておるのか、ギルバートよ」
シワだらけの細い指がギルに伸ばされる。じわりとギルの胸ぐらを掴み、イムノスはぐいと顔を近付けた。両眼は血走り、涙をにじませている。憤りを理性で抑え込むためか、細く長く息を吐き出していた。
「グレフ神の血が絶えれば結界が維持できなくなる。結界がなくなれば住民たちはどうなる……?」
イムノスは決して怒鳴らず、ギルに淡々と尋ねている。理由を説明してほしいわけではない。どんな言い訳をされたとしても死んだジーレンは生き返らない。ただ行動の結果なにが起こるのか理解しているのかと確認しているだけだ。
「とっくに破綻しているでしょう。無理しなければ維持できない世界に未来なんてありませんよ」
ギルの返答を聞いたイムノスは愕然とした。手を離し、よろよろと後ろへ下がってゆく。
落ちていた瓦礫の欠片に足を取られ、転んだ先にはジーレンの遺体が横たわっている。イムノスが長年仕え、支えてきたグレフ神の血を最も色濃く継ぐ存在はもうピクリとも動かない。見開かれた眼からは光が失われ、傷口から流れる血の表面が乾き始めている。本当に死んだのだと思い知らされ、イムノスは静かに涙を流した。
寝所の中が静まり返ったからか、外部の音がよく聞こえるようになった。バタバタと複数の足音が近付いてくる。
「伯父上、大丈夫ですか!」
まず飛び込んできた人物はフィッツだった。すぐに護衛の四人が追い付いてくる。真っ先に大きな穴を開けた天井、次に真下に落ちた大きな瓦礫や破片を見る。そこを中心に広がる血溜まりを見て、フィッツたちは息を飲んだ。
「こ、これは一体……」
なんと答えていいかわからず、俺は口を噤んだ。
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