81 / 94
81話・この状況を作り出した張本人は
しおりを挟む半狂乱状態のジーレンが一年前の聖都襲撃事件の日にあったであろう出来事を叫んでいる。予定より早く寝所に呼んだ結果、エマリエは運悪く魔族に襲われて命を落としてしまった、と。
「さっきからうるさいなー。アンタの話なんかどーでもいいんだけど。死んじゃえ」
顔を見るたびに意味不明なことばかり言われ続けてきたのだろう。マルヴはついに我慢の限界を迎えた。俺に向けて練っていた魔力を使い、自分の周囲に生み出した無数の水の刃を勢い良く飛ばしてきた。
「ジーレン様、危ない!」
咄嗟に前に出て庇おうとするイムノスの腕を掴んで止めたら物凄い形相で睨まれた。
「バカモン! ジーレン様に万が一のことがあれば大変なことになるのじゃぞ!」
「代わりにオマエが死ぬつもりか!」
「ワシにはグレフ神の血は流れておらん! 迷う必要がどこにある!」
神の血がそんなに偉いのか?
そう思った瞬間、全身の血が沸騰したような感覚がした。イムノスと、不本意だがジーレンもついでに魔力の防壁で覆ってマルヴの攻撃魔法から守ってやる。俺の防壁に当たった水の刃は形を失い、ただの水となって絨毯に浸み込んでいった。
「ジーレン様、イムノス様、お下がりください!」
イムノスに出遅れていた兵士たちがマルヴとジーレンの間に立つ。使用人の老女たちまでもが同じようにジーレンを背に庇った。コイツらも身を呈してジーレンを守ろうとしている。
グレフ神の血は結界装置の維持に必要不可欠。人間たちの領域を魔物や魔族から守るため、絶やしてはいけないのだと理解している。でも、ギルと一緒に旅をして、フィッツから話を聞いて、少なくない犠牲と苦悩の上に成り立つ脆い仕組みなのだと感じた。
「ふん、付き合ってらんない」
睨み合いに飽きたのか、不意にマルヴが背を向けた。イムノスが安堵の息を漏らし、ジーレンを逃がせと身振り手振りで指示を出す。無言で頷き、ジーレンを廊下へと誘導する兵士たち。
「エマリエぇ、今度こそ子を授けてやる! 授かるまで抱いてやる! 役目を全うさせてやるからなぁあああ!」
だが、正気を失っているジーレンが再び喚き始めた。聞くに堪えない内容に、耳を塞ぎたくなる。それはマルヴも同じだったらしい。
「うるさいなー。もう黙ってくれない?」
マルヴの苛立ちに呼応するかのように、いきなり床から氷の刃が伸びた。しかも、ジーレンの真下から。
「ぎゃあああああ!」
鋭い氷の刃はジーレンの脇腹や腕を切り裂き、
鮮血が溢れ出す。絶叫を聞きながら、俺たちは驚愕した。
「ど、どうしてジーレン様だけ攻撃を……」
「我らが前にいたのに」
マルヴとジーレンの間には俺や兵士、イムノスが立っていた。そして、ジーレンの左右には使用人の老女たちがいた。にも関わらず、突如現れた氷の刃はジーレンだけを貫いている。
「レイ、さっきの水かも」
「! そういうことか」
テオの言葉にようやく合点がいった。さっき水の刃を防いだ時、水は消えずに絨毯に浸み込んでいった。魔力で生み出した水なのだから、無効化されれば本来は消えるはず。だが、マルヴは次の攻撃に使用するために刃の形を解いて水の状態にしていた。隙をついて水を凍らせ、再度攻撃をしたのだ。
「あはは、ざまーみろぉ!」
痛みにのたうち回るジーレンを愉快そうに眺め、マルヴはケラケラと笑っている。
しかし。
「え、なにこれ、ああああああ!!」
ジーレンが流した血が宙を舞い、マルヴに吸い寄せられてゆく。血が付着するたびにジュッと焦げるような音がして、マルヴの肌が焼けただれていった。
「あ、熱い、痛い! やだ、なんで?」
マルヴは辺りを見回し、自分の身になにが起きているかを把握した。原因がジーレンの血にあると気付き、怒りで目を吊り上げる。
「アンタのせいで! 許さない!」
手足や顔に醜い火傷痕を作ったマルヴがジーレン目掛けて飛び掛かる。邪魔な兵士たちを蹴り倒して退かせてから、ジーレンを直接ブン殴った。
「ぎゃああああ! エマリエぇ、なぜだぁああ!」
「うぐっ、このジジイ! さっさと死んじゃえ!」
拳に魔力をまとわせているのか、小柄な体躯のマルヴに殴られただけでジーレンはかなりのダメージを受けていた。同時にマルヴもダメージを受けるわけだが、怒りに我を忘れたせいで後先考えずに攻撃を続けている。
「ジーレン様ぁ!」
「退がれイムノス!」
助けに行こうとするイムノスを止める。
魔法でマルヴを退けようとしたが、二人の距離が近過ぎて難しい。下手をすれば俺がジーレンを攻撃してしまいかねない。どうしようかと迷っているうちに、先にマルヴに限界がきた。
「うぅ……くそッ……」
殴っている間もずっとジーレンの血がマルヴの肌を焼き続けていたのだ。見た目以上に酷いらしく、苦しげに呻きながら床に崩れ落ちた。
「……は、はは。ひゃはは! 父に逆らうから天罰が下ったのだぞ、エマリエぇ!」
倒れたマルヴを見下ろし、ジーレンが勝ち誇ったように高笑いを響かせた。散々殴られた顔は醜く腫れ上がり、脇腹や腕には氷の刃で切り裂かれた傷がある。満身創痍だが、見る間に傷が治ってゆく。グレフ神の末裔は回復力が高い。ジーレンも例外ではなく、むしろギルより回復速度が早いように感じた。
「ああ、良かった。ジーレン様」
イムノスがホッと安堵の息を漏らした時だった。
突如寝所の天井がひび割れ、大きな瓦礫が落下した。ジーレンは瓦礫の直撃を受け、押し潰されている。あまりにも急な出来事に、俺たちはなにも反応できなかった。しばらく無言で瓦礫を眺める。じわ、と瓦礫の下から血が広がり、敷き詰められた絨毯を赤く染めていった。
「おや。うまくいきましたね」
理解が追いつかずに立ち尽くす俺の耳に聞き慣れた声が聞こえた。ハッとして顔を上げ、辺りを見回す。
「レイ、あそこ」
先にテオが見つけて上を指差す。大きく開いた天井の穴からは澄んだ青空が見える。そこから一人の男が寝所へと飛び降りてきた。
「……ギル」
瓦礫の横に降り立ったギルは俺たちに朗らかな笑顔を向けてきた。
16
あなたにおすすめの小説
悪役令息の僕とツレない従者の、愛しい世界の歩き方
ばつ森⚡️8/22新刊
BL
【だって、だって、ずぎだっだんだよおおおおおお】
公爵令息のエマニュエルは、異世界から現れた『神子』であるマシロと恋仲になった第一王子・アルフレッドから『婚約破棄』を言い渡されてしまった。冷酷に伝えられた沙汰は、まさかの『身ぐるみはがれて国外追放』!?「今の今まで貴族だった僕が、一人で生きて行かれるわけがない!」だけど、エマニュエルには、頼りになる従者・ケイトがいて、二人の国外追放生活がはじまる。二人の旅は楽しく、おだやかで、順調に見えたけど、背後には、再び、神子たちの手がせまっていた。
「してみてもいいですか、――『恋人の好き』」
世界を旅する二人の恋。そして驚愕の結末へ!!!
【謎多き従者×憎めない悪役】
4/16 続編『リスティアーナ女王国編』完結しました。
原題:転んだ悪役令息の僕と、走る従者の冒険のはなし
【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
* ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。
BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
本編完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
きーちゃんと皆の動画をつくりました!
もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画
プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら!
本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。
明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。
新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。
しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…?
冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。
捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~
水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。
死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!?
「こんなところで寝られるか!」
極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く!
ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。
すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……?
「……貴様、私を堕落させる気か」
(※いいえ、ただ快適に寝たいだけです)
殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。
捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!
相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~
柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】
人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。
その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。
完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。
ところがある日。
篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。
「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」
一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。
いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。
合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(2024.10.21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした
リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。
仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!
原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!
だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。
「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」
死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?
原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に!
見どころ
・転生
・主従
・推しである原作悪役に溺愛される
・前世の経験と知識を活かす
・政治的な駆け引きとバトル要素(少し)
・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程)
・黒猫もふもふ
番外編では。
・もふもふ獣人化
・切ない裏側
・少年時代
などなど
最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる