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80話・聖都で最も高貴で狂った存在の証言
しおりを挟む男の絶叫を聞き、全員が奥へと駆け出した。廊下には瓦礫が散乱しているが、苦労して乗り越えていく。廊下の突き当たりにある扉は半開き状態で、悲鳴や物音が断続的に聞こえてきた。
「ジーレン様、大丈夫ですか!」
まず兵士たちが中へと踏み込んだ。俺とイムノスも後に続く。室内はとても広く、天井は吹き抜け、窓は高い位置にのみ設置されている。床には毛足の長い絨毯が敷き詰められ、テーブルやソファなどが何組も置かれている。中央に大きな天蓋付きの寝台があり、ここが寝所なのだと再確認させられた。
「わ、わたしを助けろ、イムノス!」
「ジーレン様!」
崩れた壁のそばにへたり込んでいる男がイムノスの姿を見て手を伸ばした。呼ばれたイムノスがすぐに駆け寄り、肩を貸して立たせてやっている。
「我が娘が、エマリエがいきなり現れたのだ。恨めしそうな目で睨んできよった。あんな顔をするような娘ではなかったのに」
震える声で訴える男。フィッツの話ではもうすぐ五十を迎える年齢だと聞いていたが、実際はもう少し老けて見えた。目の周りが落ちくぼみ、髪もほとんど白くなっている。年上のイムノスのほうが若く見えるくらいだった。
寝所には他にも兵士たちや俺とテオ、使用人の老女たちもいるのだが、ジーレンの視界には入っていないらしい。ずっとイムノスの服を掴み、しがみついている。
「ジーレン様、エマリエはどちらに?」
「そこに、……ひぃッ!」
イムノスが問うと、ジーレンが怯えたように息を飲んだ。そして、目を見開きながら寝所の片隅を指差した。慌てて全員がそちらに目を向ける。
「エマリエ……!」
「ああ、エマリエ様!」
ソイツを見たイムノスや兵士たちが反射的にエマリエの名を呼んだ。だが、すぐに違うと気付いたらしい。
「……いや違う、他人の空似じゃ」
「確かに、落ち着いて見れば別人ですが、しかし、ここまで似ているなんて」
マルヴは赤く長い髪を後ろに垂らしている。肌はバアルたちより少し明るい褐色。普通なら見間違えようがないが、顔立ちが似過ぎているせいで別人とは思わなかったらしい。
「さっきも言っただろ。コイツは魔族で、オマエらが知ってるエマリエじゃねえんだよ!」
「なんと……」
兵士たちは咄嗟に腰の剣に手を伸ばすが、エマリエと同じ顔に切先を向けることに抵抗があるらしい。柄を握ったまま固まっている。
「ラース。アンタなんで人間側にいるの?」
「うるせえな。今の俺はラースじゃねえ。レイだ」
「ふーん。別にどーでもいいけど」
マルヴは気怠げな態度で溜め息をつき、俺たちを睨みつけてきた。女みたいな顔をしているが、声は男だ。全員が「やはりエマリエ様ではない」と納得しかけたのだが。
「ひ、ヒィ! わたしに仕返ししに来たのか! わたしを恨んでいるのだろう、エマリエ!」
イムノスの背に隠れた状態のジーレンが喚き始めた。俺たちの会話をまったく聞いていなかったのか、未だにマルヴをエマリエだと信じきっている。
ぎゃあぎゃあと騒ぐジーレンを一瞥し、長い髪を掻き上げながらマルヴが舌打ちを漏らした。
「あーあ。混血がいるって聞いたから探しに来たのにどこにもいないし、無駄足だったなー」
しかし、俺の後ろに立つテオを見て目を輝かせる。
「いるじゃない、混血! やっぱ情報は間違ってなかったんだー! ねえ坊や、ウチと一緒においで。他の混血がどこにいるか教えて!」
「え、えっ?」
戸惑うテオを背に隠し、俺がマルヴと対峙する。邪魔をされて怒ったのか、マルヴは明らかに不機嫌になった。
「ラース、いい加減にして。ウチらの邪魔ばっかしてなにがしたいの? バアルとルオムはどーしたの」
「あの二人は……」
言い澱むと、マルヴの機嫌が更に悪くなった。幼さの残る綺麗な顔を怒りに歪め、唇を噛んで俺を睨みつけてくる。バチバチと火花が散り、魔力が暴発しそうになっていた。
「相手は魔族だ。逃げろイムノス」
「わかった。おまえたちも避難じゃ、急げ!」
「は、はいっ!」
一般の兵士では魔法を使う魔族には敵わない。ジーレンや使用人たちを逃がそうとしたのだが、マルヴに見逃す気はないようだ。
「邪魔する人間はみんな始末してやる!」
ドン、という大きな音と共に壁が壊された。俺たちが入ってくる時に使った扉が瓦礫に塞がれ、通れなくなった。使用人の老女が悲鳴を上げ、腰を抜かしてしまっている。
「くそ、厄介だな」
普通の部屋より広いとはいえ、同じ室内で魔法を使って勝負をすれば周りに被害が出てしまう。どうしたものかと悩んでいると、テオが俺の袖を引っ張ってきた。
「ぼくがあのひとの気をひいてるあいだに、レイがみんなの出口をつくって」
「……よし、任せた」
「うんっ!」
提案に乗ると、テオはすぐ行動に移した。俺の背後から出てマルヴに駆け寄る。
「ぼく、なかまのいるところ、しってます」
半魔族であるテオに危害を加えるつもりはないらしい。マルヴは表情をゆるめ、小さなテオに目線を合わせるように床に膝をついた。
「本当? 案内してくれる?」
「はいっ! ちょっととおいけど」
「いーよ、平気。教えてー」
テオがマルヴの注意を引きつけてくれている隙に、俺はイムノスたちを一箇所に集めた。そして、すぐ近くの壁を魔法で破壊して廊下へ通じる抜け穴を作る。音で気付かれたが、マルヴの目的は最初から混血=半魔族の奪還。他の人間など眼中にない。
イムノスたちが寝所から廊下に出たのを確認してから、俺はテオを連れ戻すために再びマルヴに対峙した。
「なに? また邪魔するの、ラース」
「ああ。他の半魔……いや混血は連れてって構わねえが、テオだけは譲れないんでな」
言いながら、俺はテオを片手で抱き上げる。案内役を奪われたマルヴは当然反発し、魔力を放出し始めた。バアルやルオムほどではないが、コイツもかなり強い。だが、テオを巻き込まないように配慮する余裕を持っている。
イムノスたちが逃げる時間を稼ぐため、寝所でマルヴと睨み合っている時だった。
「ああぁああ、やはりダメだ! わたしはどこにも行かん、行かんぞ! 外に出たら死んでしまう!」
「ジーレン様、いけません! お戻りください!」
「嫌だ嫌だ! わたしを言いくるめてどこへ連れて行こうというのだ! わたしはここから出たくない!」
なんと、苦労して逃したジーレンが寝所に戻ってきてしまった。兵士たちが慌てて前に立ちはだかるが、聖都で最も高貴な存在の意に背くなどできるはずもない。 ラウール家当主のイムノスだけが力づくで腕や肩を掴んで引き留めている。だが、死に物狂いで戻ろうとするジーレンを止められなかった。
「エマリエぇ、すまん! わたしが不甲斐ないばかりに、おまえに子を授けてやれなかったぁあ! 役目を果たせず無念だったろう、本当にすまん!」
マルヴに向かって喚き散らすジーレン。エマリエに対する懺悔かと思って聞いていたのだが。
「早く子を授けてやりたくて、予定より早く寝所に呼んだわたしが間違っていた! まさかその日に魔族が来るなど思わなかったのだ! すまん、エマリエぇ!」
一年前の聖都襲撃事件の日、エマリエがジーレンの寝所に居合わせたのは予定外だったのか?
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