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89話・取り戻した記憶の中に真実がある 2
しおりを挟む準備を整え、すぐに作戦を決行した。バアルとルオムを引き連れて大断絶を乗り越え、山を越えて聖都を目指す。この数年で十数回は行き来している。最短経路を突き進み、結界破りの道具を使用して聖都へ侵入した。
「この建物に混血がいるのか?」
「ああ、広いから手分けして探そう」
「わかった。じゃあ後でな、ラース!」
バアルとルオムには教会本部の入り口付近で陽動を任せ、俺は更に奥にある区画を目指して進んだ。ギルから特に壊してほしいと頼まれていた場所だ。
バアルたちが暴れ、警備兵が入り口に集まっている隙をついて、教会本部の最奥へと侵入することに成功した。俺の魔法では全部を壊すには威力が足りない。時々出くわす警備兵を倒しつつ、どこを壊せば効率が良いだろうかと考えながら廊下を進む。すると、いきなり何者かが飛び出してきた。
ゆるく波打つ銀の髪、赤い瞳、白い肌の少女。ギルの妹エマだとすぐに気付いた。エマは裸にシーツを纏っただけの格好で、髪は乱れ、可愛らしい顔は涙でぐしゃぐしゃに濡れていた。泣き腫らした目が俺を見て驚きに見開かれる。だが、エマは悲鳴をあげたり助けを呼んだりはしなかった。ギルから俺の話を聞いていたようで、すぐに兄の友人だと察してくれたらしい。
「おまえ、ギルの妹だよな? どうした」
「わ、わたし、お務めから逃げてきたの」
「なに?」
エマは裸体をシーツで包み、小刻みに震えている。隠しきれていない足元に白濁の液体が伝い落ちていた。
「……エマリエぇ、どこだぁあ?」
廊下の奥にある扉の隙間から男の声が響いた。呼ばれたエマが小さく息を飲み、廊下の床にへたり込む。ぼろぼろと大粒の涙をこぼす姿を見て、ギルが危惧していた事態が既に起きていると悟った。
俺がもっと早く行動を起こしていれば、仲間を呼びに行かずに一人で教会本部を壊しに来ていれば間に合ったんじゃないか。最悪の事態を回避できたんじゃないかと思った。
同時に怒りが湧き上がってきた。奥の扉からはまだ男の声が聞こえてくる。耳を塞ぐエマの様子から、諸悪の根源はこの声の主だと判断した。
「エマを苦しめてる奴があそこにいるんだろ。俺が始末してきてやる」
相手がいなくなればお務めをしなくて済む。建物を壊すより効率が良くて確実な方法だ。そう考えて魔力を練り始めたのだが、エマが止めた。
「ダメです。殺すならわたしを殺してください」
「はあ?」
そんなことできるわけがないと断ったが、エマは全く引き下がらない。
「ジーレン様が亡くなっても意味がないんです。わたしが生きている限り、わたしが子を産んでしまったらダメなんです」
エマは意味のわからないことを口走っている。
「交わった相手が誰であろうと、わたしが産む子が覚醒したら終わりなんです。わたしにはわかるんです」
「じゃあ産まなきゃいいじゃねえか」
「それは許されません。わたしはグレフ神の末裔の中で唯一の女性。生きている限り子を産まされる運命なんです。そして、その子どもは必ず災厄を招いてしまう……」
俺の腕にすがりながら、エマは涙をこぼした。
「初めて会ったかたに不躾なお願いをして申し訳ありません。でも、教会のかたがたもお兄さまもフィッツさまもわたしを死なせてくれません。ずうっと訴えているのに、誰も信じてくれないのです」
今の俺なら理解できる。恐らく、エマが生きて子を産んでいたら、その子どもがグレフの完全な器となるはずだった。どういうわけか、エマは未来の危機を事前に察知して回避しようと試みていたのだ。
「わたしがあまりにも嘆くものだから、お兄さまはお務めができなくなるようにすると言ってくれました。あなたはお兄さまに頼まれて来てくださったのでしょう? でも、たとえ今日を凌いでも明日、明日を凌いでも明後日にお務めをさせられます。結果は変わりません。……わたしが生きている以上、ずっと」
ギルが教会本部を壊してくれと俺に頼んだ理由はエマの願いを半分だけ聞き入れたから。本当は「わたしを殺して」と頼まれていた。可愛い妹を手にかけるなどできるはずもない。必死に考えた代替案が『聖都襲撃』だった。
「自分で命を絶とうとしたこともありますが、刃物の類は遠ざけられ、半端な傷では治癒能力のせいですぐ治ってしまう。あなたにお願いするしかないのです!」
涙ながらに訴えられるが、軽々しく引き受けるなんてできない。結論を急がなくても、きっと他に良い方法があるはず。
遠くから爆発音が鳴り響き、建物がわずかに揺れた。バアルたちが暴れ、注目を集めてくれている。早くしなければ邪魔が入る。
「ギルが望まないことは俺もやらない」
エマの手を振り払い、俺は廊下の奥へと向かった。わずかに開いていた扉を蹴破り、中へと押し入る。広々とした部屋の中央には大きな天蓋付きの寝台が置かれ、精の臭いが充満していた。寝台の上には裸のオッサンが横たわり、エマの名前を呼び続けている。
「エマリエぇ、赤子を授けてやるからなぁ。もう一度腹の奥を精で満たしてあげようなぁ」
オッサンは気持ち悪い発言を繰り返している。十代半ばの少女であるエマを犯し、泣かせた張本人だ。コイツさえいなければエマはお務めをしなくて済む。コイツさえ始末すればギルはきっと喜んでくれる。
「誰か知らねえけど死ね、オッサン」
魔力を集中させ、自分がいま扱える一番強力な魔法をブッ放した。不審者の侵入に気付いたオッサンが喚き始めたが、警備兵が戻ってくる前に終わる。
しかし。
俺が放った雷槍はエマの腹部を貫通した。オッサンの前にエマが飛び出してきたからだ。衝撃でエマの体が寝台の上に乗っかる。シーツは床に落ち、裸体が露わになった。股に垂れる白濁と腹部に開いた穴から流れ出る血が混ざり合う。顔面から血飛沫を浴びたオッサンが絶叫し、寝台から無様に転がり落ちた。
雷槍の轟音とオッサン……ジーレンの悲鳴を聞きつけた警備兵が戻ってくる足音が聞こえる。一刻も早く逃げねばならないのに、俺は一歩も動けなかった。エマを手にかけた罪悪感からではない。返り血を浴びてしまい、酷い火傷を負ったからだ。呻き声すら出せず、俺は床に崩れ落ちた。脇腹の古傷に血が滲み、体内から焼かれるような激痛に襲われる。
薄れてゆく意識の中、俺はエマと会話していた。
エマの体は雷槍に貫かれた時点で絶命している。俺の体も全身の火傷で指先ひとつ動かせない状態だ。生と死の狭間にいる者同士の最後のやり取りなのだと悟った。
「巻き込んでごめんなさい。これしか方法がなくて、お兄さまが魔族を聖都に連れてくるように仕向けたの」
「別に死ぬことなかったんじゃねえ?」
「さっきも言ったけど、わたしは子を残してはいけないの。誰も止められない化け物が復活してしまうから」
「なんでそう思うんだ。誰かに言われたのか」
「いいえ。でも、わかるの」
「まるで予言だな」
「ふふ、そうね。そうかも」
「おまえが死んだらギルが泣くぞ」
「お兄さまにはつらい思いをさせてしまうわ。どの道を選んだとしても悲しむ未来しかないの。……でもね」
「この未来なら大丈夫なの。わたしにはわかる」
そう言い残して、エマは消えた。
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