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90話・命を繋ぐ方法は奇跡ではなく強い執着
しおりを挟む頭を打った衝撃で意識を飛ばしている間に無事グレフをやっつけられたらしい。次に俺が目を開けると、荒れ果てた寝所内にギルが倒れており、周囲に血や肉片が散らばっていた。
「おお、さすがオッサン」
「ようやく思い出したか、ラース」
「うん。悪い。助かった」
オッサンとバアルたちは疲労困憊で満身創痍、立っているだけで精一杯といった有り様だった。まだ痛む頭を押さえながら立ち上がると、すぐさまテオが支えてくれた。そのまま倒れているギルのそばまで歩み寄る。
「……ギルは、死んだのか?」
ジーレンとの融合が解けたからか、今のギルは衣服を身につけていない。グレフ神の末裔の血には治癒能力があり、生きてさえいれば多少の怪我ならすぐに治る。だが、ギルの体には大きな傷が幾つもあり、塞がっていなかった。
せっかく記憶を取り戻したのにひと言も交わせないまま終わるのか。俺はまだ過去に起きた出来事を伝えていない。あんなに知りたがっていたのに、と思うと悲しくなった。
横たわるギルの体のそばに両膝をつき、手を伸ばす。額に張り付いた髪を指先で除けてやりながら頬に触れる。ひやりとした感触に驚き、慌てて手脚や腹部に残る傷に触れてみた。どこもかしこも冷たい。ルシオやバアルが瀕死の怪我を負った時のような白い光は現れなかった。
奇跡は生きている者にしか起きない。
「ギル……ッ!」
両眼から止めどなく涙があふれ、ギルの体の上に落ち、濡らしていく。隣に座るテオも声を上げて泣いている。こんな別れが来るのならもっと素直になっておけばよかった。もっと好きだと伝えておけばよかった。後悔ばかりが胸に溜まり、うまく吐き出せなくて苦しくなる。
「ワシらは結局騙されておったのか……」
半壊した寝所の片隅に座り込むイムノス。隣でトーレスも呆然としている。そんな二人の傍らに腰を下ろし、オッサンが溜め息をついた。
「気の毒だがその通りだ。グレフは千年以上前に生まれた魔族の突然変異でな。自ら『唯一神』と名乗るくらい恐ろしく強い存在だったらしい」
「なんと、グレフ様は魔族じゃったのか」
「ああ。だが、グレフは強大な力を持つがゆえに子孫を残せなかった。女は抱かれた時点で命を落とし、一時は魔族から女がいなくなったほどだ。わずかに残った女から生まれるのは男ばかり。グレフに殺されないよう進化した結果、魔族は種の存続が危ぶまれるほど女が生まれにくくなっちまった」
人間と魔族が肩を並べて話をする。俺は何年も前からギルとそうしていた。誰にも見つからないように、ひっそりと。でも、もしかしたら今後は当たり前の光景になるのかもしれない。
つまり、グレフの血を引く末裔たちには魔族の血も流れていることになる。エマリエとマルヴが似ていた理由は遠い祖先に血の繋がりがあったからだろう。
「グレフは人間の繁殖力の高さに目をつけ、この大陸を作った。大断絶で周りを囲み、人間の集落に魔物や魔族避けの結界装置を置き、魔族に奪われないよう隔離した。『魔族は悪』と教え込み、人間の中から優秀かつ相性の良い女を選んで子を産ませ、血を残すように命じた」
「それがグレフ教の始まりか。最も血の濃い本家を尊び、分家を複数作って血が絶えぬようにした、と」
「そういうこった。魔族も子孫を残すために色々人間相手に悪さしちまってるし、あながち間違ってはないんだがな」
苦笑いを浮かべ、オッサンは頭を掻いた。
辺境では結界の効果範囲から誤って出てしまった女が魔族に犯され、半魔族を産むという事件が年に数件ほど起きている。半魔族を聖都に集め、男女を接触させないように保護していた理由もグレフが指示していたからだろう。自分に対抗し得る種族を消すために。
「では魔族側に人間の領域を侵略する意図はないというわけじゃな?」
「我々は子孫を残したいだけだ。人間を滅ぼすつもりはないし、支配下に置きたいわけでもない」
魔族側の主張を聞き、イムノスは大きな溜め息を吐いた。教え込まれ、信じてきた教義がすべて覆ったのだ。頭で理解しても感情が追いつかないのだろう。複雑な表情をしている。
「ジーレン様とギルバートは死んでしまった。どちらにせよグレフ教は終わりじゃ。これからどうするか追々考えていかねばのぉ」
世界の在り方が変わる。
常識はもう通用しない。
昨日までとは違うのだ。
オッサンとイムノスが話をしている間にも、周囲は動き始めていた。兵士たちは瓦礫を端に寄せ、散らばるジーレンの肉片を回収していく。使用人の老女が分家の屋敷から連れてきた医者がフィッツたちの怪我の具合を診る。幸い誰も命に関わるような怪我はしていなかった。
その後、医者がギルの容態を確認しに来た。首筋や手首に触れ、脈がないことを確認する。やはり死んでいるのかと落胆した。
「レイ。ギルバート様から離れて休め」
「ルシオ」
ルシオが俺に声をかけてきた。心配されているとわかってはいるが、素直に従いたくなかった。渋る俺の左腕をルシオが掴み、無理やり立たせようとした時。
「んっ?」
ルシオに掴まれていないほうの手が引っ張られた。テオかと思って隣を見たが、違う。テオは両手で涙を拭っている。まさか医者が?と思ったが、医者は驚愕の表情で固まっている。その視線は下に向けられていて、つられて俺も下を見た。
「え、ちょ、どういうことだ?」
俺の右手を掴んだ犯人は、なんとギルだった。さっきまでぐったりと床に投げ出されていたギルの手が俺の手首を掴んでいる。顔を上げて医者を見ると、ダラダラと冷や汗をかいていた。
「たっ確かにお亡くなりになっています。ですが、どうしたことでしょう。死後硬直にしては不可解な動きですし、現に今も脈はないんですよ」
困惑の表情を浮かべた医者が改めてギルの体を確認し始める。体温は失われ、顔や手足は青白い。明らかに死んでいるようにしか見えないのだが。
「し、心臓が、かすかに動いてらっしゃいます……!」
ギルの胸に耳を当てた医者が大きな声を上げた。あまりにも弱々しい拍動のため、末端まで血が回っていないらしい。いわゆる仮死状態というやつだ。
離れた場所で座り込んでいたイムノスたちが腰を上げ、こちらの様子を窺っている。
「い、生きてるのか?」
「今のところは。ですが、予断を許さない状況です」
俺の問いに、難しい顔で医者が答える。
「しかし、わずかに動くだけならともかく、このように握ったまま離さないとは。不思議なこともあるものですな」
ギルの手は相変わらず俺の手首を握っている。このままでは身動きが取れない。どうしたものかと迷っていると、今度はバアルが近寄ってきた。細かな傷だらけだがピンピンしている。そのバアルが俺の背後から抱きついてきた。
「なあ、ラースぅ。思い出したんなら帰ろうぜ。オレもう疲れたんだけど」
「重いから離れろバアル」
「冷てえな、幼馴染みだろぉ?」
疲労と負傷のせいか、やたら甘えてくる。左腕は未だルシオが掴んでいるし、背中にはバアルが覆い被さっている。振り払いたくても動けない。魔法でブッ飛ばすかと考えていたら、ぐいっと腕を引っ張られた。左ではなく右に体が傾く。
「ま、また動きました!」
「ギル?」
ギルの手が俺の右手首を引っ張る瞬間を目撃した医者が興奮している。
仮死状態にも関わらず、ギルの体は動いている。しかも、ルシオやバアルが俺をギルから離そうとした時に限り。
「ギルね、レイを取られたくないみたいだよぉ」
さっきまで泣いていたテオの涙が止まっている。じっとギルを見つめ、安心したように笑顔になった。
そんな理由で動いているのか。
死にきれないのは嫉妬のせいか?
「……なんかコイツ、死ぬ気なさそうだな」
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