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91話・最終決戦の後始末と狂戦士の再来
しおりを挟む教会本部は最奥にあるジーレンの生活区域以外は無事だった。俺たちは一旦ラウール家の屋敷に移動し、今後についての話をした。
「聖都周辺の整備が終わったら避難させていた住民たちを戻すとしましょう。魔物の死骸やらなにやらが残っていますからね」
「ふむ。教会の在り方も変えていかねばな。真実を明かせば混乱は避けられんが、ジーレン様の死は隠し通せるものではないからのぉ」
完全に元通りとはいかない。この大陸に住む人間たちの生活の中心にはグレフ教があり、教会があった。いきなり無くしてしまうわけにはいかない。だが、少しずつ変えていくことはできる。
「我らとしては、とりあえず混血たちを引き渡していただきたい。魔族の存続に欠かせぬ存在だ」
「もちろんじゃ。だが、まだ幼い半魔族に大断絶を越えられるかのぉ?」
「難しいだろうな。コイツらも十になるまで無理だった」
保護施設の半魔族たちは魔族側に引き取られることに決まったが、全員が大断絶の向こう側に行けるわけではない。一人や二人ならば大人が抱えて連れて行けるが、保護施設には五十人近くの半魔族がいる。ほとんどが身体能力を鍛えておらず、しかも約半数はか弱い幼児。そもそも彼らは魔法が使えない。魔法という概念も知らないのだ。
「大断絶越えが出来ない奴はバルガードの西にある集落に住まわせておけばどうだ? 辺境だし、大断絶からも近いし」
「ふむ。それが最善かもしれんのぉ」
俺の提案にイムノスが頷く。続けて具体的な話に移った。
「聖都に住民を戻す前に移動したほうがよいじゃろ。馬車と当面の生活に必要なものを手配しよう」
「すまん、助かる」
オッサンは頭を下げ、イムノスの配慮に感謝の意を示した。そして、俺の隣に座るテオへと視線を向ける。
「おまえはオレたちと来い」
まさかの指名にテオがポカンとしていると、オッサンは理由を説明し始めた。
「おまえがオレの子だからだ」
「えっ?」
この強面のオッサンがテオの父親?
「数年前にバルプルド付近で女を襲った。その時にできた子だと思う」
「オッサンが犯人だったのかよ!」
悪態をつく俺をオッサンが睨みつけた。鋭い眼光に射抜かれ、口をつぐむ。すると、別のテーブルで菓子を食べていたマルヴが顔を上げた。
「えーっ。つまり、坊やはウチの弟ってコト?」
マルヴはオッサンの息子なので、もしテオが本当にオッサンの子どもだとすれば兄弟ということになる。オッサンとは似ても似つかないが、マルヴには少し顔立ちが似ている気がする。テオの察しの良さや潜在能力の高さはオッサンからの遺伝かもしれない。
「おとうさんと、おにいちゃん……?」
「やったぁ! 仲良くしようね、テオ!」
嬉しそうに笑いながら、マルヴがテオを抱きしめた。
産みの母親から育児放棄をされ、ひっそり祖母に育てられてきたテオに血の繋がった家族がいた。喜ばしい話のはずなのに胸が痛む。本当の家族がいるのだ。もう俺たちと家族ごっこをする必要はない。
「……良かったな、テオ」
マルヴの腕の中、俺を見つめるテオ。オッサンは強いから守ってもらえるし、マルヴは可愛がってくれるだろう。
「オッサンたちと行ってこい。自分の目で魔族の領域を見てきたらいい」
「レイは行かないの?」
「俺はどこにも行かない。ギルが目を覚ますまで」
今、ギルはラウール家の医務室で寝かされている。仮死状態から持ち直し、意識不明の昏睡状態にまで回復している。ただ、治癒能力は失ったようで、傷は自然には塞がらない。医者が治療して、今は包帯だらけの姿になっている。
「ぼ、ぼくも残りたい」
テオが俺に手を伸ばしてきた。その小さな手を握り、目線の高さを合わせる。涙目のテオをじっと見つめ、俺は笑いかけた。
「保護施設に友だちがいるんだろ? テオには友だちを新しい場所に連れていく手伝いをしてほしいんだ」
「おてつだい?」
「そうだ。テオにしかできない大事な仕事だ」
いきなり怖い顔の魔族のオッサンに従えと言われても半魔族たちは怯えてしまう。だが、間にテオが入ることにより多少マシになるだろう。
「……わかった。やる」
「よーし、えらいぞテオ」
渋々頷いたテオの頭をわしわしと撫でてから、俺は「テオを頼む」とオッサンに頭を下げた。父親はオッサンだ。俺なんかに頼まれずとも世話をするとわかってはいるが、それでも言わずにはいられなかった。
「ラース、本当に帰らないのか?」
「悪い、バアル」
「ったく、オマエは昔から頑固だよな」
バアルは大事な幼馴染みだ。家族がいない俺を気遣い、一緒にいてくれた。おかげで寂しい思いをせずに幼少期を過ごせた。
数日後、魔族は半魔族たちを引き連れて辺境へと向かった。まずトーレスが先に出発し、街道の結界装置を一時的に撤去する。魔族たちが通ってから結界装置を元に戻してゆく。頃合いをみて、イムノスが街道の通行禁止令を解除した。
避難していた住民も聖都に戻り、いつもと変わらない光景が見られるようになった。
だが、ギルの意識はまだ戻らない。俺は医務室に入り浸り、ずっと寝台のそばにいた。
不思議なことに、飲まず食わずで寝たきりの状態でもギルは衰弱しなかった。これには医者も首を傾げるしかない。呼吸はしているし、心臓も動いている。包帯を取り替える時に傷口を見ると少しずつ塞がってきていた。
医務室にはイムノスやフィッツたちが代わる代わる様子を見にやってくる。この日はオルミたちが訪れた。聖都内の復旧工事の進捗や周辺の情勢なんかの話をするついでに付き添い交替の申し出をされたが、毎回断っている。だが、この日はやけにしつこかった。
「あれ以来ずっと医務室にこもりっぱなしなんだろ。体が鈍ってんじゃないか? レイ」
「いちおう柔軟とかはしてるぞ」
ギルの寝台のそばには俺専用の寝床があつらえられている。暇な時はそこで体の筋を伸ばしたり、適度な重さがある家具を持ち上げて筋肉が衰えないように鍛錬をしていた。だが、入浴とか以外の用事で外に出てはいない。
俺の回答に、四人は顔を見合わせた。そして、肩をすくませる。
「……『こんな場所にこもってたら体がナマっちまうぜ? そんなんで、いざって時に動けるのかよ』、レイ」
「……はぁ?」
ルシオの言葉に顔を上げる。
「おまえが見張ってなければ、ギルバート様は目を覚まさないのか?」
「おまえが付き添っていれば怪我が早く治るのか?」
「違うだろ。ギルバート様をサボりの言い訳に使うな」
サンク、オルミ、マリクがルシオに続く。言い返そうとしたところで、どこかで聞いたようなセリフだなと気が付いた。
「あー……、えーと、なんだっけか。俺は『フザけるな人間ども』って返すべき?」
「わかったようだな」
苦笑いで返すと、四人がドッと笑った。
今のは、ルシオがまだ昏睡状態だった時に俺がオルミたちを元気付けるために仕掛けたやり取りだ。湿っぽい顔を見たくなくて、わざと喧嘩を吹っかけた。あの時と立場が逆転している。
「わかったなら話は早いな。庭に出るか?」
「うーん、どうしよっかな」
きちんと再現をするのなら、この後俺は窓から庭に飛び出していかねばならない。
「オレたちは庭に行ってるからな!」
「ちゃんと来いよレイ!」
サンク、オルミ、マリクが扉から出て行くが、ルシオは残った。医務室の中にいるのは俺とルシオ、そして寝台で眠るギルだけ。換気のために少し開いた窓からは、先に庭に出た三人の話し声がかすかに聞こえてくる。
「なに? ルシオは俺を連れ出す係?」
「ま、そんなもんだ。ていうか、多分気を使われてるな、コレは……」
困ったように手のひらで顔を覆うルシオ。大きな溜め息までついている。首を傾げて覗き込むと、不意に腕を掴まれた。
「あのな、レイ。大事な話がある」
「へ?」
いつになく真剣な表情で、ルシオが俺を真正面から見つめてきた。なにを言われるかわからず身構える。
「オレは魔族とか半魔族は嫌いだ」
「知ってるけど」
初めて会話した時、ルシオは妙に突っかかってきた。俺が半魔族で、差別対象だったからだ。改めて言われなくても知っている。
「だが、レイと過ごすうちに考えが変わった。種族で一括りにするなんて馬鹿馬鹿しいとまで思うようになった」
「お、おう」
最初の頃は喧嘩腰でしか喋れなかったが、行動を共にする機会が増えれば交流する回数も増える。コイツらの態度も徐々に軟化していった。今では普通に話せるようになっている。
「オレはレイが好きだ。種族とか性別とか関係なく、オマエ自身の在り方に惹かれている」
まさかの告白に、俺は目を丸くした。驚いてなにも言えずにいると、ルシオは俺の腕を掴んでいた手に力を込めた。ぐいと引き寄せられ、抱きしめられる。
「ちょ、ルシオ!」
ルシオは俺より頭ひとつぶん背が高い。ちょうど首元に顔を埋める体勢となり、慌てて手を突っ張った。腕の中から抜け出そうとするが難しい。医務室の中で魔法を使うわけにもいかない。
どうしたものかと迷っていると、ルシオが「……ダメか」と小さく呟いた。俺に対する言葉ではない。なにかを待っているように感じた。
「仕方ねえ。嫌なら本気で抵抗しろよ」
「は?」
ルシオは俺の顎に手をかけ、くいと持ち上げた。腕の中に捕らわれた状態で、超至近距離で視線が交わる。わずかに身をかがめ、ルシオが顔を寄せてくる。このまま抵抗しなかったらなにをされるのか、さすがに予想できた。
──そして、ルシオの本当の狙いも。
あと少しで唇が触れる、という瞬間に医務室内の空気が変わった。抜き身の剣を突きつけられたような、恐怖と緊張が混ざったように感じた。視線を背後に向ければ、寝台で寝ていたギルが上半身を起こしている。ずっと閉じられていた瞼が開き、俺たちを睨みつけていた。
「やっぱりな。ギルバート様を起こすにはこれしかないと思ってたんだ」
「……オマエなぁ」
ルシオはギルを強制的に目覚めさせるため、わざと枕元で俺に迫ってきたのである。目論見通りギルは昏睡状態から復帰した。
しかし。
「わーっ、レイ! 助けてくれ!」
逃げ惑うルシオと追いかけるギル。ラウール家の医務室は半壊し、二人は現在庭園で追いかけっこをしている。
意識がなく肉体だけ目覚めている状態になると、ギルは狂戦士と化してしまう。怒りの対象が視界から消えれば大人しくなるのだが、分家の広い庭園には身を隠せそうな場所がない。
「ま、リハビリがてらしばらく放っておくか」
「レイー! ギルバート様を止めてくれー!」
久々に元気に動き回るギルが見られて嬉しくなり、ルシオからの救援要請を無視した。そのうちオルミたちも巻き込まれ、庭園がめちゃくちゃになってしまった。
後でイムノスやフィッツから怒られたのは言うまでもない。
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