運命の人

悠花

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 そんなことを言うのなら、こっちの方が聞きたい。

「そっちこそ、どうしてカミングアウトするんですか? 聞かされる方はもしかすると、迷惑なんじゃないですか」

 鬼塚の立場上、聞かされた方はあからさまに嫌な顔を見せないってだけで、内心どう思っているのかなどわかったものじゃないだろう。中には、心の中で蔑んでいる人間もいるのかもしれないのに。
 バーテンが出来上がったひとつめのカクテルをカウンターに置いた。そのカクテルを、滑らせるようにした鬼塚が自分の方へと引き寄せる。血管が透けて浮く指の長い手は、上品そうに見えるのに、どこか荒々しさも感じさせる。

「おまえ、女を抱いたことは?」
「は? まあ……なくはないですけど」
「俺はない」

 アッサリとそう言い、手元のカクテルへと視線を向けた。

「女は生理的に受け付けない。絶対に無理だ」

 いったい何の話だと思いながらも、それはそれで少し意外だった。女もイケそうに見えるのに。

「HIKARIの跡取りが、女を抱けず、結婚なんてもってのほかってなると、早々にカミングアウトしなければどれだけの迷惑をかける?」

 あ、と思い、そういうことかと純は理解した。
 社会的立場があるということは、それだけに求められるものも多い。相応の相手との見合い。結婚。さらには跡取りの跡取りが必要になってくるのだ。隠すことでズルズルとそれらを引きのばしても、最終的にどうなるものでもない。結果は最初から決まっている。それなら、期待される前に言っておくのが、期待される側の誠意ある対応ってものだ。

 純が思わず笑うと、何故笑う、というように鬼塚が見るので思ったことを口にした。

「いや、あんたも、あんがい大変なんだなって。俺があんたならよかったのにな」
「どういう意味だ」
「そのままの意味だよ。俺なら我慢すれば、最悪結婚も出来なくもねえだろうし。期待に応えて、跡取りも作れるかもしれねえだろ?」

 もし可能ならそう思うってだけの話で、別に深い意味はない。

「だったら、俺はおまえになるわけか」
「まあ、今の地位はねえけど、誰にも気兼ねすることなく男と暮らせるって人生もありなんじゃねえの」
「だとしたら、まずはあいつと別れるな」

 あいつと言われて、一瞬咲久のことかと思った。ずいぶん簡単に言うんだな。
 鬼塚が少し笑う。

「おまえの恋人は抱けねえ」

 咲久ではなく、元樹のことを言っているらしい。

「そりゃ、そうだろ。あんたが元樹をとか、キモイこと言う……」
「でも、おまえなら抱ける」

 ふいにそんなこと言われて思わず鬼塚を見ると、その視線はホールの方へと向けられていた。

「は? いや、それもねえだろ。どう考えてもあんたの恋人と俺じゃ、タイプも何もかも違って……」
「抱けるか抱けないかの話だ」
「そうだけど、俺をそんなふうに見るとか、あんた変わってんな」

 本気で思っているわけではない。だけど、咲久のような可愛さはないと自覚していた純にすると、意外だったから。

「言っただろ。俺は、女が無理だ。だから、俺の場合、相手に女性的要素を求めているわけじゃない」

 十人十色とはよく言ったものだ。とはいえ、鬼塚の言うことは一応の筋は通っていると思った。女が無理なのに、女っぽい男を求めるとしたら矛盾することになる。それなら女でいいじゃないかという話になってくるのだろう。

「俺が変わってるって言うなら、おまえの男も相当変わってるってことになる」
「は?」
「長年、一緒にいるんだろ」

 軽く言われて、どうも勘違いしていると思った。普通に考えると、そんなプライベートなことあえて訂正するほどのことではない。だけど鬼塚は、純のどうしてカミングアウトするのかという問いに、真面目に答えたのだ。自分だけ曖昧に終わるのもどうかと思い、勘違いを訂正した。

「俺ら、そこまでヤってねえんだよ。後ろは使わねえし」

 いつからか、鬼塚に対してくだけた口調になっていることに純は気付いていなかった。気付かないのは、鬼塚が引っ掛かることなく受け入れているからだろう。

「付き合い長いんじゃないのか」
「まあな。でも、痛いこと無理してするよりいいだろ?」

 純の言葉を聞いた鬼塚が、ふーんという顔で頷く。

「ずいぶん、もったいないな」

 もったいないとは?
 バーテンが二つ目のカクテルをテーブルに置く。そのカクテルを引き寄せる鬼塚が、ポケットに手を入れ、一枚の紙を純のグラスの横に静かに置いた。
 目の前に置かれた名刺の意味がわからないでいると、名刺を指先でトントンと叩き。

「営業に来い」
「は?」
「来月頭に、二、三日休みが取れる。観光は最小限でいい。静かなところで過ごしたい」
「待てよ、なんの話……」
「旅行代理店にいるんだろ? 適当なプラン考えて、持って来い。気に入れば、今後の付き合いも検討する」

 そう言った鬼塚は、ふたつのカクテルを持ってホールへと戻って行った。
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