運命の人

悠花

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接近

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 本当に同じ店なのかと疑いたくなるほど、その店は印象を変えていた。
 うるさい音楽も、点滅するライトもない静かな高級クラブに様変わりしている様子に純が驚いていると、ゆったりと座れる円形のボックス席に腰を下ろした鬼塚が笑う。

「これが、この店の本来の姿だ」
「マジかよ。この前は何だったんだ?」
「松田のオーダーでああなっただけだ」

 金持ちの考えていることはよくわからない。そもそも、定期的にパーティーを開くこと自体が純にすると意味不明なのだ。
 まあ、そのおかげでタダ酒が飲めてるので、意味不明でもありがたいことには変わりない。

「車、帰してよかったのか?」

 そう聞いたのは、鬼塚がここまで送ってくれた社用車を帰していたから。

「言っただろ。もう、仕事は終わってる」
「私的な使用はマズイってことか」
「そういうことだ」

 席と席の間の通路に、ところどころ落ちるスポットライトが頼りの店内の照明は、暗過ぎず、明る過ぎずいい感じで落ち着いている。
 若いフロアスタッフがストレートの酒をコースターの上に置くと、グラスを軽く持ち上げただけで、乾杯の意思表示を見せた鬼塚は、一気に半分ほど飲んだ。
 相当酒には強いらしい。
 グラスを手に取ろうとするたびに、鬼塚がする高級腕時計が大理石のテーブルにコツコツと当たる。傷つけたくないと思ったのか、時計を外しスルリとポケットに滑らせた。
 違うな。傷つけたくないわけじゃない。きっと、邪魔だから外したのだろう。
 軽く車が買えてしまうほどの額の腕時計も、この男にすると、ただ単に時間を確認するための物でしかないのだ。
 一連の動きを、頬杖をつくという緊張感のない姿勢で見ていた純が思わず笑うと、鬼塚がなんだという視線を向けて来る。

「あんた、やっぱこういう店の方が似合ってるよ」

 素直にそう思った。

「ラーメン食ってるあんたもいい感じだったけど、今のあんたはもっといい感じだしな」

 やはり培われた育ちというものは隠すことが出来ず、あるべき場所が一番落ち着くのかもしれない。

「さっきもそうして、俺を観察してたのか?」

 接待の席で、同じように頬杖をついていたときのことを言っているのだろう。

「観察してたわけじゃねえよ」
「退屈していたわけでもなく、観察していたわけでもないなら、いったい何考えてたんだ?」

 何って聞かれれば、愛について考えていたと答えるのが正しい。
 鬼塚が咲久をどんなふうに愛しているのか、純が元樹に感じている愛との違いはどこなのか、それが知りたいと思っていた。だけど、それを口に出して聞くつもりは純にはなかった。
 よくわからないけれど、純と鬼塚の間に、元樹と咲久を持ち出したくないと思ったからだ。
 ひとりで考えるのはいい。それは、勝手だ。
 だけど、わざわざテーブルに並べて、2人で議論することじゃない。そんな暇があるなら、もっと別の話をしたい。

「あんた、俺のこと見てなかったのに、どうして観察してるってわかるんだよ」
「視線を感じたからな」

 笑って言う鬼塚が、グラスの酒を飲みほし、フロアスタッフに合図をする。
 頬杖のままの純が小さなトレーに入っているナッツを口に放り込むと、鬼塚がリラックスした様子でソファに背を預けた。

「違ったか?」
「いや、合ってる。見てた」
「なんだ、やけに素直だな」

 意外だとでもいうような口ぶりだ。

「俺はいつだって素直だよ」

 何でもない会話も、鬼塚が相手だと思うとけして悪くない。違うな。悪くないどころか、楽しいと思っていることに純は気付いていた。
 口数がそれほど多いわけでもなく、親切丁寧な口調ではないけれど、それらが逆に落ち着いている雰囲気となり、大人の男に見えて安心する。

「そうだったな。この前も素直だった」

 ラーメン屋での会話を思い出したのか、少し笑って言う声も魅力的だし、ソファに凭れて座ってるってだけの姿もかっこいい。
 血管の浮く節の高い鬼塚の手が、自分の頬に触れるところを想像すると、表面的な肌より胸の奥がゾクリと反応した。服をはぎ取られ強引に組み敷かれても、きっと鬼塚なら嫌じゃない。たとえ屈辱的な行為を強いられたとしても、喜んで受け入れる気がした。
 鬼塚となら対等じゃなくてもいいからだ。

「妙な目で見るな」

 純の視線を避けるような仕草をした鬼塚に言われて、ナッツに視線を落としながら笑う。

「妙な目ってなんだよ。自惚れてんじゃねえの」

 さすがにここは、素直になるわけにはいかず誤魔化した。
 何でも言えばいいわけじゃない。それくらいの常識は純にもある。鬼塚には咲久がいて、純には元樹がいるのだ。どれだけ相手がいい男だからといって、そこを軽視するのは間違っている。
 何より、こうしているだけで楽しいのならそれでいい。

「誘われてるのかと期待したんだけどな。違ったのか?」

 本気で言っているわけではないだろう鬼塚が、空になっているグラスを笑いながら傾ける。
 わかっている、どうせくだらない冗談だ。

「違うにきまってんだろ。期待したってなんだよ。んなこと、言っていいのかよ」
「いや、よくないな」

 よくないなら言うなよと思っていると、鬼塚が気を取り直したように一呼吸置き首を横に振った。

「もういい、この話は終わりだ。これほど、何も生まれない会話も珍しい」

 それもそうだ。納得していると、ふいにテーブルにコツンとグラスが置かれた。
 純が顔を上げると、スタッフに代わり鬼塚の酒を持ってきたらしい男が、不思議そうな顔でこちらを見ていた。
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