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接近
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しおりを挟む〈外で飯食う〉
その言葉をスマホの画面で見た純は、〈俺も〉と返しただけだった。
スクロールして遡ってみても、元樹とはいつもこんな感じのやり取りしかない。これが普通なのかそうでもないのか、今まで考えることもしてこなかったし、これから先も考えることはないだろう。
そもそもが男同士なのだ、甘い言葉をわざわざ電波を使って送り合うなんてこと寒々しい。
ただ、これでいいのかとも思わなくもない。元樹を愛している。そこに嘘はない。
だけど、愛が何か聞かれると答える自信がない。胸を焦がすような恋しさだとか、知らずに涙が溢れる切なさだとか、そういう感情が恋愛なのだとすると純は元樹を愛していないことになる。
この男は、そういう感情をあの子に抱いているのだろうか。
頬杖をつく純が、そんなことを考えながら斜め向かいに座っている鬼塚を見ていても、視線がこちらを向くことはなかった。
今日の昼にHIKARI本社へと出向き、パンフレット棚を設置した。純のいる店舗のスタンプが押されているパンフレットなので、興味がある場合、自動的に純の店舗に問い合わせが入るようになっている。
店舗の成績が上がることを期待して、上機嫌になっている店長と、今後の付き合いに欲深い色を見せる本社の営業部長。そして、ついでってだけで連れて来られた純。そんな何とも微妙なメンバーから、鬼塚は接待を受けることを強いられていた。
「最近は海外より国内の方がという方も増えてまして、一組限定の質のいいサービスを提供する宿ですとか、少し纏まった休みなどがあれば、こういったクルーズの旅もオススメです」
仕事熱心な店長がそう言いながら、鬼塚の前にわざわざ作ってきたらしい資料を置く。本音は興味などないだろう鬼塚が資料を手に取った。パラパラと捲り目を通す。それだけでも、店長の苦労が報われるのではないかと思った。
意外にも興味がないと切り捨てない鬼塚が、資料を見ながら口を開く。
「纏まった休みは、なかなか取れなくて。ですが、船旅に関してはいつか行きたいと思っています」
本来なら忙しいの一言で断ればすむような接待なのに、鬼塚は嫌な顔を見せることなく対応する。
最後には、店長提案の一組限定を売りにしている宿まで押さえていた。
「悪かったな」
店長と営業部長が接待終わり店前で頭を下げる中、送迎の車まで傘を差し見送る純が言うと、鬼塚が何がだという顔を見せた。
「忙しいのに付き合わせて。それに、旅行まで。あんたが、それほど義理固いとは知らなかったよ」
そもそも、HIKARIの本社にパンフレットを置けただけでも十分なのだ。それなのに、提案された旅行までオーダーするとは。
雨の中、駐車場までの砂利道を並んで歩く鬼塚が、隣でふっと笑った。
「何の勘違いだ? おまえに義理などない」
アッサリとそう言って、いまだ見送っている店長を振り返り丁寧に頭を下げた。
「真面目に仕事をしようとする相手の話を、俺も真面目に聞いていただけだ」
その言葉に思わず笑ったのは、思い出したから。
そうだった。鬼塚はそういう男だ。
真剣な相手を見下したりしない。だからこそ、純のいい加減な対応にはクレームを付けに来たのだ。そういうところは、気持ちがいいくらい一貫している。
「まあ、大事な接待の最中にスマホを見たり、退屈そうに頬杖ついているようなやつには、関係のない話だろうけどな」
やはり上司にしたくない男だと思った。見ていないようで、実はすべて見られているとなると、どこで気を抜けばいいのかわからない。
「退屈だったわけじゃねえよ」
そうじゃない。そうではなく、もっと深いことを考えていたのだ、とは言えず拗ねたような口ぶりになった。
これじゃあ、まるで子供だ。でも、それも構わない気がした。相手はどう転んでもHIKARI通商の御曹司。どれだけ中身が純と同じ普通の人間だとはいえ、社会的立場で言うと、年齢も、背負うモノも、見ている世界も、すべてが格上の相手なのだ。
フェアじゃなくても気にならない。
「飲み直すか」
そう呟いて、車の傍で立ち止まった鬼塚が純を見て聞く。
「予定あるのか?」
「いや、別にねえけど」
予定がないからといって、鬼塚と個人的に飲む理由もないように思う。
まさか、説教される……とかじゃねえだろうな。
そんな邪推なことを考えていると、息苦しそうにネクタイを緩める鬼塚が車のドアを開けた。
「仕事は終わりだ。おまえとは、普通に話をしてる方が面白い」
ありがたいのか、そうでもないのかよくわからないことを言った鬼塚が、純を連れて行ったのは、この前パーティーが開かれていたクラブだった。
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