運命の人

悠花

文字の大きさ
24 / 60
接近

しおりを挟む

 〈外で飯食う〉
 その言葉をスマホの画面で見た純は、〈俺も〉と返しただけだった。

 スクロールして遡ってみても、元樹とはいつもこんな感じのやり取りしかない。これが普通なのかそうでもないのか、今まで考えることもしてこなかったし、これから先も考えることはないだろう。
 そもそもが男同士なのだ、甘い言葉をわざわざ電波を使って送り合うなんてこと寒々しい。

 ただ、これでいいのかとも思わなくもない。元樹を愛している。そこに嘘はない。
 だけど、愛が何か聞かれると答える自信がない。胸を焦がすような恋しさだとか、知らずに涙が溢れる切なさだとか、そういう感情が恋愛なのだとすると純は元樹を愛していないことになる。
 この男は、そういう感情をあの子に抱いているのだろうか。
 頬杖をつく純が、そんなことを考えながら斜め向かいに座っている鬼塚を見ていても、視線がこちらを向くことはなかった。

 今日の昼にHIKARI本社へと出向き、パンフレット棚を設置した。純のいる店舗のスタンプが押されているパンフレットなので、興味がある場合、自動的に純の店舗に問い合わせが入るようになっている。
 店舗の成績が上がることを期待して、上機嫌になっている店長と、今後の付き合いに欲深い色を見せる本社の営業部長。そして、ついでってだけで連れて来られた純。そんな何とも微妙なメンバーから、鬼塚は接待を受けることを強いられていた。

「最近は海外より国内の方がという方も増えてまして、一組限定の質のいいサービスを提供する宿ですとか、少し纏まった休みなどがあれば、こういったクルーズの旅もオススメです」

 仕事熱心な店長がそう言いながら、鬼塚の前にわざわざ作ってきたらしい資料を置く。本音は興味などないだろう鬼塚が資料を手に取った。パラパラと捲り目を通す。それだけでも、店長の苦労が報われるのではないかと思った。
 意外にも興味がないと切り捨てない鬼塚が、資料を見ながら口を開く。

「纏まった休みは、なかなか取れなくて。ですが、船旅に関してはいつか行きたいと思っています」

 本来なら忙しいの一言で断ればすむような接待なのに、鬼塚は嫌な顔を見せることなく対応する。
 最後には、店長提案の一組限定を売りにしている宿まで押さえていた。

「悪かったな」

 店長と営業部長が接待終わり店前で頭を下げる中、送迎の車まで傘を差し見送る純が言うと、鬼塚が何がだという顔を見せた。

「忙しいのに付き合わせて。それに、旅行まで。あんたが、それほど義理固いとは知らなかったよ」

 そもそも、HIKARIの本社にパンフレットを置けただけでも十分なのだ。それなのに、提案された旅行までオーダーするとは。
 雨の中、駐車場までの砂利道を並んで歩く鬼塚が、隣でふっと笑った。

「何の勘違いだ? おまえに義理などない」

 アッサリとそう言って、いまだ見送っている店長を振り返り丁寧に頭を下げた。

「真面目に仕事をしようとする相手の話を、俺も真面目に聞いていただけだ」

 その言葉に思わず笑ったのは、思い出したから。
 そうだった。鬼塚はそういう男だ。
 真剣な相手を見下したりしない。だからこそ、純のいい加減な対応にはクレームを付けに来たのだ。そういうところは、気持ちがいいくらい一貫している。

「まあ、大事な接待の最中にスマホを見たり、退屈そうに頬杖ついているようなやつには、関係のない話だろうけどな」

 やはり上司にしたくない男だと思った。見ていないようで、実はすべて見られているとなると、どこで気を抜けばいいのかわからない。

「退屈だったわけじゃねえよ」

 そうじゃない。そうではなく、もっと深いことを考えていたのだ、とは言えず拗ねたような口ぶりになった。
 これじゃあ、まるで子供だ。でも、それも構わない気がした。相手はどう転んでもHIKARI通商の御曹司。どれだけ中身が純と同じ普通の人間だとはいえ、社会的立場で言うと、年齢も、背負うモノも、見ている世界も、すべてが格上の相手なのだ。
 フェアじゃなくても気にならない。

「飲み直すか」

 そう呟いて、車の傍で立ち止まった鬼塚が純を見て聞く。

「予定あるのか?」
「いや、別にねえけど」

 予定がないからといって、鬼塚と個人的に飲む理由もないように思う。
 まさか、説教される……とかじゃねえだろうな。
 そんな邪推なことを考えていると、息苦しそうにネクタイを緩める鬼塚が車のドアを開けた。

「仕事は終わりだ。おまえとは、普通に話をしてる方が面白い」

 ありがたいのか、そうでもないのかよくわからないことを言った鬼塚が、純を連れて行ったのは、この前パーティーが開かれていたクラブだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

《完結》僕が天使になるまで

MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。 それは翔太の未来を守るため――。 料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。 遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。 涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

処理中です...