運命の人

悠花

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行動と妄想

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「あれぇ、元樹帰ったの?」

 ゲストが減ったことでスペースに余裕が出たのか、椅子がフロアに出されているなか、ひとりカクテルを飲んでいるとカナが声を掛けて来た。

「明日早いらしい」
「なんだ、残念」

 純が座る隣の椅子に、カナが腰掛けた。鬼塚は少し離れたところで、知り合いらしき男と話している。

「でもビックリした、こんなところで会うなんて。世の中広いようで狭いよね」
「よく来てるのか?」
「私? うーん、最近はあんまだったけど、来れるときは来てるかな。職場の同僚が松田さんと知り合いだったんだよね。それで一緒にって感じ。今ではスッカリ、私も松田さんと知り合いだけどね。そっちは?」

 聞かれて、どう答えようか迷った。まあ、そのまま言えばいい。

「元樹と飲んでるとき、松田さんに声掛けられたんだよ。で、最近ちょくちょくな。タダ酒飲めるし、ラッキーって感じで来てる」
「たしかに、ラッキーだよね。てか、聞いたよ。さっきの人、HIKARIの副社長なんでしょ? 独身なら紹介してよ」

 紹介するのはいいけど、すでにおまえの残酷さは知られてるぞ、とは言えず、談笑している鬼塚を見ながら教えてやる。

「あの人ゲイだぞ」
「え、マジ?」
「さっきもうひとりいただろ? 椿さんって人。あの人と付き合ってる」

 ふたりはカミングアウトしている。教えても問題ないはずだ。

「残念。付き合ってる相手がいるなら、しょうがないか」
「いや、そこじゃねえだろ」
「え、じゃあどこよ。ゲイだからってこと? 女もオッケーなら、別にいいけど?」

 それなりの肩書があるということは、そういうことらしい。ゲイでも構わないと、女に言わせることが出来るのだ。もし純がここで打ち明けたとすれば、間違いなくドン引きされるだろう。女という生き物は清々しいくらいに、目的が明確だ。金やステイタスのためなら、男と付き合える男でもいいらしい。

「でも、相変わらずあんたたちが仲良くて、ちょっとホッとした」

 どうしてカナが、ホッとしなければいけないのか。

「だってさぁ、あの当時からホント仲良かったもんね。私、いつも嫉妬してた。私より、元樹とばっか遊んでて、彼女の立場なかったしね」

 そんな話は初めて聞いた。

「なんだそれ。んなこと思ってたなら、言えばよかっただろ」

 カナがわかってないなぁと笑う。

「そういうのは、言ってされても意味ないの。だいたい、男友達に嫉妬してるとか、かっこ悪くて言えないし。それに、純が元樹より私といる方が楽しいって思ってなければ、ただの強制になるでしょ」

 やはり女は面倒だと思った。言えばすむだけのことを、わざわざややこしくしてるだけにしか聞こえない。当時、それを言われていれば無視することはなかったはずだ。あの頃、まだ元樹はただの友達で、それこそいつでも遊べたのだ。言ってくれればカナを優先しただろう。

「まあでもさ、相手が元樹だったしね。言えなかったってのもあったかも」

 当時を懐かしむように笑うカナが、持っていたカクテルを飲む。変わっていないように見えていたけど、それなりに大人になったなとふいに思った。

「ほら、元樹っていいやつじゃん? それこそ純より性格もいいしさ。元樹なら仕方ないかって、思ってた気がする」
「おまえ、何気に俺のことデスってるだろ」
「だってホントのことだし。だから、今でも仲良くしてるってわかって、何か嬉しいのよね。何年も続く友情だったんだから、ちょっと付き合ってたくらいの私に勝てるわけなかったって思えるからさ」

 女の考えることは、本当によくわからない。女と長く付き合える男は、無条件で尊敬する。そんなふうに思っていながら、最後には気持ち悪いと言えるのだ。それも本気で。

「別れる時、俺に言ったこと覚えてるか?」
「期待外れだったし、気持ち悪い、でしょ」

 即答するカナが、悪気のない顔で笑い。

「だって、ホントにそうだったから。純って、軽い感じするわりに、実はすごく真面目なんだよ。それこそ気持ち悪いくらい真面目。遊び慣れてそうなのに根は真面目な男とか、意味わかんなくて、そういうの求めてないしって感じだったのよね」

 そっくりそのまま返してやりたい気分になる。意味がわからないのはこっちの方だ。純を真面目だと言う根拠もよくわからないけれど、真面目を求めていないのも理解できない。
 そうはいっても、今さらどうでもいい話だ。カナが椅子から立ち上がる。

「てか、昔の男と話してる時間とか、ホント無駄。私、忙しいのよね。お金ある、いい男探さなきゃいけないし」
「いい男を見つけたいなら、そういうとこ直した方がいいぞ」

 呆れる純が言うと、何がという顔を見せるから。

「もっとこう、オブラートに包む言い方ってのがあるだろ」
「いいの。私は私のまま愛してくれる男を、探してるから」

 名言なのか迷言なのかわからない言葉を残したカナは、デッキにあるらしいジャクジープールにでも入ってこようと言いながらフロアを出て行った。
 そんなものまであるのか。ここまでくると、何だってありだ。もう、多少のことを聞いても驚かない自信がある。どうせ、水着も用意されているのだろう。
 知り合いと話していた鬼塚が、またというように軽く手を上げ、純の方へと来る。

「プールまであるんだってよ」

 純が報告すると、頷くだけで驚いた様子はない。知っていたのだろう。

「黒がグレーくらいにはなったのか?」

 相変わらずの不親切な言葉にも、もう慣れた。ようするに、カナと話して、黒歴史が少しはましになったのか聞きたいのだろう。

「全然、黒のまま。女ってマジでわかんねえ」

 切実な純の想いを笑う鬼塚が、移動するかと言い、新しいグラスを手にする。外へ出て、比較的人の少ないベンチに並んで座った。
 きっと昼なら爽快な景色なのだろう。夜なので全体的に黒いだけの景色にしか見えないのは仕方がない。月明かりだけの夜空は、漆黒の海との境を曖昧にする。
 鬼塚が話していた相手が誰で、会話の内容を面白おかしく聞いていると松田がこちらへと歩いて来た。

「こんなとこにいたのか。探したぞ」

 純の隣に座り、何かを差し出した。

「これ、鬼塚と純くんのルームキーね。先、渡しとくよ。部屋に適当な着替え用意してあるし、好きに使ってくれていいからさ」

 渡されたカード式のキーは一枚だけ。

「いちおう、到着予定は7時になってるから。その時間に出て来なかったら、朝食抜きになるよ」

 明日の朝食より、今の宿泊だ。

「え、部屋ひとつですか?」

 キーを見ながら聞くと、松田が何か問題でも?という顔を見せた。

「客室も限りあるしね。さすがにひとり一部屋は勘弁してよ」
「いや、でも……」
「とりあえずの割り振りだから。修学旅行じゃないんだし、他の誰かといい感じになるなら、その辺は好きにしてよ。ていっても、日向くんに見張ってるって言った手前、ホントにされると困るけどね」

 困るもなにも、さすがに鬼塚と同じ部屋はどうかと思っていると、松田がニヤリと笑った。

「そんなに嫌なら、カナちゃんと同室でもいいよ。聞いたよ、純くんとカナちゃん昔付き合ってたんだって? いやぁ、世間は狭いよな」

 カナと同じ部屋にされるくらいなら、鬼塚と一緒でいい。

「これでいいです」

 アッサリと純が引き下がると、松田が声を出して笑った。

「そんなに嫌がらなくてもいいだろ。話してないの?」
「話しましたよ。金のある男探すって、張り切ってました」

 どうせ、そんな女だ。黒がグレーになどなるわけない。

「俺はカナちゃんの、そういう貪欲なとこ好きだな。金持ち捕まえて幸せになるってのも、ひとつの幸せの求め方だよね」

 それは純もわかる気がした。正直、顔で選んだところはあるけれど、カナのそういうところも嫌いではなかった。おとなしそうな顔して、実際はカナと同じようなことを裏で考えているような女より、遥かにましだと純は思う。

「まあ、いい部屋選んでおいたからさ。これでも、いちおう気を使ってるんだよ。知らない男と同室ってのも困るだろうし、逆に女性とってのも変だろ? だって向こうがその気になったところで、鬼塚や純くんだと相手できないわけだし。あれ? 純くんは女もいけるのか……」

 複雑になってきたのか、言いながら首をかしげている。
 そうだった。そもそも今回の主旨は、品のいい乱交パーティーなのだ。ゲイである鬼塚と純が特殊ってだけで、本来は男女気にせず適当に振り分けても、苦情が来ることはまずないのだろう。

「いいよな? 鬼塚」

 最終的に鬼塚に確認した松田が立ち上がる。聞かれた鬼塚は、何でもいいと投げやりに言った。
 確かに、何でもいい。
 どうせ寝るだけなのだ。同じベッドで寝ろという話ではない。部屋が同じなだけだ。知らない他人と一緒にされるなら、知っている鬼塚でいい。
 まだ配らなければいけないキーがあるのか、松田が忙しそうに去って行く。結局その日、純と鬼塚は深夜になるまで、真っ暗な景色を見ながらダラダラと酒を飲んでいた。
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