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後章
Side I 20
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Ωのための保護施設があることは聞いてはいたが具体的にどんなことをしているのかは知らなかったので待合室でひたすら公式サイトを見たり口コミを調べたりしていた。
診察室に呼ばれて、名前や年齢、住所、生年月日などの通りいっぺんのことから対象のΩといつから知り合いだったか、現在の関係、今後の展望やヒートのときの対応などかなり突っ込んだことを問われた。
口コミで見たが、これは一方的にΩを手籠めにしようとするαの存在を弾くためのもので、ここがαから逃げて来たΩの収容施設でもある以上医師が対象のΩの部屋へとαを案内するのを認可するために必要な質問だったと言えるけど、とにかく早く彼に会わせてほしいという気持ちがはやって仕方がなく、かなり荒っぽい回答をしたような気がする。
質問に答えながら、俺と透さんの関係って、なんだろう、と正直困った。
俺は透さんを好きだし、透さんもたぶん俺のことを悪くは思っていないけれど、恋人と名乗っていいものだろうか。
うなじを噛むことを許可されていない不安定な保留関係なのに。
そんなことを思うと前のめりに回答していた最初に比べ、最後のほうはしおしおと自信がなくなってきていた。
にも拘らず、問診後には透さんのいる部屋に案内されることになった。
いいんですか、俺、恋人って名乗り切れないんですけど、とおずおずと看護師さんに尋ねたら対象のΩからあなたの名前を聞いておりますので、医師判断で認可しましたと答えられた。
曰く、事情がどうであれ、不安定なΩには対象のαの存在が一番の安定剤になるためよほどの拒否反応を示さない限りは大目に見ることが多いのだとか。
俺の名前を呼んでくれたんだと思うとむずむずするが、あの部屋の惨状を思い出すとそう喜んでもいられない。
俺は、透さんが必要としているときに傍にいられなかったαだ。
どちらかというと責められるべき存在だった。
白い引き戸は施錠されていたが、ノックののちカードキーで開錠された。
返事はないが、軽い音を立てて扉を開ける。
途端、ぐらっと頭がとろけ落ちそうなほどのローズマリーの匂いが襲い掛かる。
というか熱気すら感じる。
病棟の廊下を歩いてきたので中も病室のようなものを想像していたが、浴室が併設されていて、そこはほとんどラブホみたいだった。
フェロモンの効かないβの看護師が俺を促して部屋に入れ、何かあればブザーを鳴らしてくださいと引き戸とベッド脇との2か所に設置されたブザーの赤いボタンを指した。
そして静かに扉が閉まる。
密室に、すごい匂いと、熱気。
クーラーの音はしているので温度は調整されてるはずなのに、それ以上に熱源が強いのだ。
艶めかしい息遣いがベッドから聞こえてきて、もぞもぞと肢体が動いている。
「と、おるさん…? 大丈夫…?」
ベッドに近寄ると、見覚えのある人が全身ぐっしょりとなんの液体だかわからないものに濡れていた。
俺の声に反応して乱れた髪の合間から瞳が覗く。
普段のしっかりした眼光が見る影もなく弱く熟れた目がさまようように俺を捉える。
俺を捉えてすぐ、ぽろぽろと堪えられない大粒の涙が零れ落ちて、色素の薄い瞳が宝石みたいに見えた。
それから満足に動かない身体でもぞもぞと精一杯俺に近づく。
「は、あっ…い、いつ、きぃ…くるしい…あ…っ」
「ッ…」
声がもう、腰にクる。
いつからこうしていたんだろう。
とろとろというよりは形をとどめないほどにぐしゅぐしゅした声だった。
思わず喉がくっと鳴る。
掴みかかりそうな衝動を堪えて、俺はポケットから錠剤を2粒取り出して口に含んだ。
乱暴なことは、もうしたくない。
それから慎重に近寄ってベッドに膝立ちで乗ると、汗で湿った彼の髪を避けて額を撫でてやる。
高熱かと心配するほどに熱かった。
額に触れただけで身体がびくびくと震えてうめき声のようなものが上がって可哀想だ。
「いつ、き…いつき…ふ、ううぅ…んうぅ」
顔がくしゃりと歪んでぼろぼろととめどなく涙がこぼれた。
腰がゆらゆらと揺れているのが目に痛い。
このまま掴みかかって蹂躙してやりたい気持ちを堪えながら口を塞ぐ。
顔を近づけると目がかすんだ。
まだ何もしていない。撫でて少し口を吸った、これだけだ。
それなのに身体が爆発しそうに熱くて、震えて、汗がぼたぼたと落ちた。
けれども目の前の大事な人のほうがもっと苦しいに違いない。
苦しかったね。大丈夫だよ。
そんな気持ちを込めながらなだめるように触れ続けると、頼りない手がふらふらと俺のシャツを掴んだ。
「ッいつき…! んっ…んあっ…!苦しい…欲し…ッ!おねがいぃ…」
そう言って体をくゆらせて泣くので脳がおかしくなりそうだった。
待ってねと頭を撫でてなだめて、俺は服を脱いだ。
診察室に呼ばれて、名前や年齢、住所、生年月日などの通りいっぺんのことから対象のΩといつから知り合いだったか、現在の関係、今後の展望やヒートのときの対応などかなり突っ込んだことを問われた。
口コミで見たが、これは一方的にΩを手籠めにしようとするαの存在を弾くためのもので、ここがαから逃げて来たΩの収容施設でもある以上医師が対象のΩの部屋へとαを案内するのを認可するために必要な質問だったと言えるけど、とにかく早く彼に会わせてほしいという気持ちがはやって仕方がなく、かなり荒っぽい回答をしたような気がする。
質問に答えながら、俺と透さんの関係って、なんだろう、と正直困った。
俺は透さんを好きだし、透さんもたぶん俺のことを悪くは思っていないけれど、恋人と名乗っていいものだろうか。
うなじを噛むことを許可されていない不安定な保留関係なのに。
そんなことを思うと前のめりに回答していた最初に比べ、最後のほうはしおしおと自信がなくなってきていた。
にも拘らず、問診後には透さんのいる部屋に案内されることになった。
いいんですか、俺、恋人って名乗り切れないんですけど、とおずおずと看護師さんに尋ねたら対象のΩからあなたの名前を聞いておりますので、医師判断で認可しましたと答えられた。
曰く、事情がどうであれ、不安定なΩには対象のαの存在が一番の安定剤になるためよほどの拒否反応を示さない限りは大目に見ることが多いのだとか。
俺の名前を呼んでくれたんだと思うとむずむずするが、あの部屋の惨状を思い出すとそう喜んでもいられない。
俺は、透さんが必要としているときに傍にいられなかったαだ。
どちらかというと責められるべき存在だった。
白い引き戸は施錠されていたが、ノックののちカードキーで開錠された。
返事はないが、軽い音を立てて扉を開ける。
途端、ぐらっと頭がとろけ落ちそうなほどのローズマリーの匂いが襲い掛かる。
というか熱気すら感じる。
病棟の廊下を歩いてきたので中も病室のようなものを想像していたが、浴室が併設されていて、そこはほとんどラブホみたいだった。
フェロモンの効かないβの看護師が俺を促して部屋に入れ、何かあればブザーを鳴らしてくださいと引き戸とベッド脇との2か所に設置されたブザーの赤いボタンを指した。
そして静かに扉が閉まる。
密室に、すごい匂いと、熱気。
クーラーの音はしているので温度は調整されてるはずなのに、それ以上に熱源が強いのだ。
艶めかしい息遣いがベッドから聞こえてきて、もぞもぞと肢体が動いている。
「と、おるさん…? 大丈夫…?」
ベッドに近寄ると、見覚えのある人が全身ぐっしょりとなんの液体だかわからないものに濡れていた。
俺の声に反応して乱れた髪の合間から瞳が覗く。
普段のしっかりした眼光が見る影もなく弱く熟れた目がさまようように俺を捉える。
俺を捉えてすぐ、ぽろぽろと堪えられない大粒の涙が零れ落ちて、色素の薄い瞳が宝石みたいに見えた。
それから満足に動かない身体でもぞもぞと精一杯俺に近づく。
「は、あっ…い、いつ、きぃ…くるしい…あ…っ」
「ッ…」
声がもう、腰にクる。
いつからこうしていたんだろう。
とろとろというよりは形をとどめないほどにぐしゅぐしゅした声だった。
思わず喉がくっと鳴る。
掴みかかりそうな衝動を堪えて、俺はポケットから錠剤を2粒取り出して口に含んだ。
乱暴なことは、もうしたくない。
それから慎重に近寄ってベッドに膝立ちで乗ると、汗で湿った彼の髪を避けて額を撫でてやる。
高熱かと心配するほどに熱かった。
額に触れただけで身体がびくびくと震えてうめき声のようなものが上がって可哀想だ。
「いつ、き…いつき…ふ、ううぅ…んうぅ」
顔がくしゃりと歪んでぼろぼろととめどなく涙がこぼれた。
腰がゆらゆらと揺れているのが目に痛い。
このまま掴みかかって蹂躙してやりたい気持ちを堪えながら口を塞ぐ。
顔を近づけると目がかすんだ。
まだ何もしていない。撫でて少し口を吸った、これだけだ。
それなのに身体が爆発しそうに熱くて、震えて、汗がぼたぼたと落ちた。
けれども目の前の大事な人のほうがもっと苦しいに違いない。
苦しかったね。大丈夫だよ。
そんな気持ちを込めながらなだめるように触れ続けると、頼りない手がふらふらと俺のシャツを掴んだ。
「ッいつき…! んっ…んあっ…!苦しい…欲し…ッ!おねがいぃ…」
そう言って体をくゆらせて泣くので脳がおかしくなりそうだった。
待ってねと頭を撫でてなだめて、俺は服を脱いだ。
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