ローズマリーと犬

無名

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後章

Side T 15

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目が覚めたら体中が痛くて、特に腰が痛くてまったく動けなかった。
それに全身がだるい。
喉はひしゃげたように声が出ないし、瞼は腫れぼったくて前がよく見えない。
スマホの電源は完全に落ちてしまっていて時刻はわからないが、ヘッドレストのライトに備え付けられたデジタル時計は15時46分を示していて、すごく寝てしまっていたことがわかった。
日付感覚も怪しい。

腰の痛みに加えて尻に違和感があった。
そうしてじわじわとあれが幻ではなく本人だったことを思い出して頭を抱える。
ヒートのときの性処理はもはや作業でしかないと思っていたのに、なんだあれ。
全身に満ちる幸福感。気持ちよくて、いつきにしがみついたらひどく安心した。
本当に苦しかったのが全部すうと消えていって、ただ彼を愛しく思い、欲する気持ちでいっぱいになった。

…おれのフェロモンにあてられてきつかっただろうに、いつきは最初から最後までずっとおれを気遣ってくれた。

そのことが気恥ずかしくもあり嬉しくもあった。
そうして一通り幸福感を噛みしめたあとに、すっと理性が浮かれた本能を冷やしていく。
泣きそうになる。
お前を本能で求めてしまうことが、果たして正解なのだろうか。
射精したあとに一気に冷めていく熱が、現実が、お前に対する気持ちを疑わしいものへと変え、そしてまた逆に、いつきの深い愛情すら本能に任せた一瞬のものなのではないかと疑ってしまう。

怖い。

ぐらと崩れそうになる頭を叱咤して腕を支えになんとか身体を起こし、職員を呼ぶブザーを押した。
たぶん検診がある。
しばらく入院かなとぼんやり思う。
Ω関係の職場だから体調不良に関してはある程度は寛容なのだが、それにしても休みすぎでクビにされるんじゃないかとため息を吐いた。

診察は念入りに行われ、外傷に対して薬を塗られたり点滴で栄養補給をしたりしていたらまたすぐ眠くなった。疲れているのがわかる。

ヒートはきつい。ヒートは苦しい。
それでもαがいればそれを耐え抜ける気持ちが生まれるのだと、先人たちは言う。
理解はできる。けど、おれは怖い。
一度αという救いを得たあとに、それを失うのが。

案の定しばらく様子見で入院だと言われて、夜にいつきが見舞いに来てくれたそうだったが面会は断った。
疲れているし、今αにあったらまた心身ともに崩れそうだと不安げに言ったら
医者には納得してもらえた。…いつき本人にはどうだかわからない。
近づくのが怖かった。

手の甲に、いつきが立てた爪痕がある。
それを眺めたりさすったりなめたりする。

「気持ちよかったな…」

今は冷めた体であの肌の熱さを思い返す。
スマホの充電は切れたままだった。
思考を巡らせることすら疲れてしまったおれはまた目を閉じた。
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