ローズマリーと犬

無名

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後章

Side I 26

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「透さん、俺の話も少しだけ聞いてもらえる?
 大したことじゃないんだけど…その、一応…。
 あなたが全部話してくれたから俺も少しだけある隠し事を話したいんだ」

ぽんぽんとあやすように肩を叩く。
ずっと鼻をすする音がして、それからほんの少し、身体をくっつけてないとわからないくらいのほんの少しだけ、彼は首肯した。
ありがとうの気持ちを込めてまた頭を少し撫でる。

「ええとまずね、すぐにメッセージ返さなくてごめん。
 あの日は俺治験の検査に行っていて」
「……治験?」

思いもよらぬ単語にそれまでのぴりと張りつめたような空気がかしぐような、きょとんとした声で透さんが反復した。
俺はうんと答える。

「透さん、すごくたくさん薬を飲んでフェロモン抑えようとしてたでしょ。
 あれ俺が暴走しないように気を付けてくれてたんだと思うんだけど、
 俺のほうでもなんとかできないかと思って、新薬の臨床実験に参加してて」
「…なにそれ、大丈夫なのかよ」
「いやー俺身体丈夫みたいでさ、
 処方される抑制剤も多めに飲んでも副反応とかないし、
 じゃあいっちょちょっと効果キツそうなやつも行ってみるかって民間の、ええと、
 たぶん透さんに言ったら怒って止められそうな薬の被検体になってたわけね…」
「…はあ…?」

さっきのしんみりとした空気はどこへ行った、というくらい険のある声に
やっぱり事前に言わなくてよかったなぁと俺は一瞬思った。
そしてなるべく神経を逆なでしないように気を付けて、滔々とした口調で続ける。

「あの日はその検査がちょっと長引いてて、返事ができませんでした。
 それで寂しい思いさせちゃったのは本当に悪かったなと思ってます」
「いや、そんなことより薬…。
 やめろよ…お前、今なんともなくたって将来変な症状出たらどうすんだよ。
 第二バース系の研究は手探り段階で安全性が担保されてないものも多いだろ。
 まして民間の…なんでそんな…」
「だって透さんと長くいると俺暴走しちゃうじゃない。
 外遊びにいくのは透さんが嫌だとしても、家で映画見たりゲームやったりとか、
 そういうデートはしたかったの。
 そのためにあなたにばっか抑制剤飲ませるの嫌だし」
「…そ、んなことのために…」
「俺はさ、透さん。これでもし将来身体に不調が出ても別にいいんだ。
 将来あなたと一緒にいられるかわからないんだから。
 今、あなたと一緒に過ごすためならなんでもしたかった」

目線がかちあった。
明かりもないのに透さんの色素の薄い目がゆらぐように光った気がした。
俺の大好きな、きれいな目だ。

「来年突然死ぬ病気になったらどうしようとか、
 家買った途端地震で傾いたらどうしようとか、
 本能の魔法が切れて俺があなたをポイ捨てするかもとか、
 先のことなんか全部たらればだよ。
 そんなのいちいち考えて生きてられない。俺は今、あなたと一緒にいたい」

額を寄せて、呼気のかかるところまで顔を近づける。
いい匂いがする。俺の大好きな人の匂い。
いつどこにいても、あなたのことなら追いかけられる。
あなたがだめになっても、俺ができるだけなんとかするから。

「…ねえ、お願い。怖いかもしれないけど。今、俺があなたといたいんだ。
 先のことを軽はずみに約束なんてしない。あなたに嘘をつきたくないから。
 だから今の話をしよう。
 本能の力を借りてさ、どっちかが息切れして、止まってしまうまでは…
 俺と一緒にいてよ…」

かっこよく言えたらいいのに、言葉の最後は震えてしぼんでしまった。
それを隠すように、身体を引き寄せてぎゅっと、つぶれてしまわない程度の最大の力で抱きしめる。
息を呑む音がして、そうして時間が止まる。

どれだけ待っても俺の背に腕は回らない。
いつもみたいにたどたどしい手つきで控えめに触れてこない。
…だめか、と思った。
だめならもう、仕方がな

「…いつき、苦しい。手、動かせない…」

そう言われて初めて、彼の腕ごとぎゅうと抱きしめすぎてたことに気づく。
そっと力を緩めると、もぞもぞと、いつもみたいにたどたどしい手つきで、控えめに背に腕が回された。
頭がこてんと俺の肩口に寄り掛かる。

「…お前、ばかだなぁ…」

涙声でそう言いながら、透さんがちょっと笑った。
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