ローズマリーと犬

無名

文字の大きさ
44 / 48
アフター

Side T 18

しおりを挟む
番になって生活は変わった。
…たぶん、そう言ったときに想像する方向とは別方向に。

さすがに休みすぎたおれは休日出勤して埋め合わせをしたり珍しい事例であるとして調書をとられたりと忙しく、いつきはいつきでパートナーがΩであるための休講措置を認可してもらったものの大量のレポートの提出を義務付けられてそこからしばらくは顔を合わせられなかった。

「おれ大学の課題ってよくわかんないけど
 1つ休むのにそんなやんなきゃいけないの?」

と電話口で尋ねたところ、下半期のヒート期間を2週間分想定して申請したから結構かさばるんだよねぇと返って来た。

「え、1週間も休まなくていいって。
 1日くらいは終日いてくれたほうが助かるけど、
 あとは昼はこっちでしのぐから夜だけでも…」
「俺が一緒にいたいの。あなたが苦しいときに授業受けてられない。
 レポートでいいって言ってくれてるんだから休む」

普通、一番キツい1日めないし2日めを休みにして、あとはまあ土日などの定休を上手くあてつつやり過ごすのがパートナーのいるαの一般的なヒート期間のやり過ごし方だ。
だってαが1週間しっかり休んだら「あいつ今ヤッてんだろうな」と暗に思われること間違いなしで体裁が悪いし普通に恥ずかしい。
だけどいつきは至極まじめに「なんで俺が透さん以外を優先しなきゃいけないの」と言ってきて、嬉しいを通り越して少し呆れた。
…まあ、そりゃ、いれくれたら、嬉しいけど。いいのかそれで。

噛み跡を見せて過ごすか見せずに過ごすかはそれぞれの好みによる。
センシティブだなんだとSNSでは議論の対象になるのだと保護されたΩの子から聞いたことがあったので保護チョーカーを上からして仕事に行ったら、いつきの噛み跡がでかすぎてはみ出していたらしく、番ができたのかと職員からも利用者からも質問攻めにあって散々だった。
セルフィ―で撮ってどんなものか見てはいたのだけれど、サイズ感は盲点だ。
確かに飯食うときの一口でかいもんな…体もでかいし…と意識を逸らしつつ、全くそんなそぶりを見せなかったのに透くんにパートナーができるなんてねぇとほうぼうからしみじみされて気恥ずかしい思いをした。
なんならちょっとお祝いもしてもらった。
もらっためおと茶碗は赤と青ではなく青と緑。別に赤でもいいのだろうけど、女性のイメージが強いからという配慮がある多様性の時代だ。

で。そんなこんなでせっかく番になったというのに次に会えたのはたっぷり10日ぶりだった。

「わー!透さん久しぶり!会えて嬉しい!!」
「バカおまえ、玄関、先、でッ…!!」

うちに来たいつきにドアを開けて早々大型犬よろしく飛びつかれて支えきれずに崩れそうになる。
体格差を考えてほしいと思いつつ、顔を合わせられるのはおれだって嬉しい。
電気もつけていない暗い玄関口でしばらくぎゅーっと抱き着かれて、満足するまでたっぷり1分経ってからいつきは顔を上げた。

「身体の具合どう?大丈夫?」
「すっごい安定してる。
 そりゃ医者も番になったほうがいいってしきりに勧めるわけだな…」
「そっか、よかった!
 はーもーずっと会いたかったから嬉しいー。すぐ夕飯作るね」

そう言ってまっすぐシンクに向かういつきがいつも通りで、それがなんだかおれをそわそわとさせた。
番になってからはあの変なヒートは来ていない。
それどころか人混みに入ってもこれまで感じていたような嫌な不安感や焦燥感を覚えることもなく、これまでの生活はなんだったんだと引いてしまうほど快適だった。
とはいえ、そんなホイホイとαと契約できるほどの器がおれにはなかったから、いつきが丸め込んでくれなければきっとこんな安定感とは生涯無縁だったと思う。
悩んでいたことはしょうがないし、それを受け止めてまるっと包み込んでくれたいつきには感謝している。
フェロモンが不必要に漏れ出てしまうこともなくなった、と思う。
いつきと電話していても、今こうして顔を合わせていも、以前のような自分でも明らかに「出た」と焦って取り繕うようなこともなくなった。
必然的に薬の量も減った。あまりにも健康的だ。
…だからこそ、この生活が失われたときに反動でΩは狂うのだと理解できる。
一度得た安寧を失うのは想像以上にきついはずだ。
そういう未来への不安はまだぬぐえないでいるが、番になってしまった手前考えても無駄なところまで足を踏み入れているとは思っていた。


調理するいつきの後姿を見てそわそわする原因は、そうしてフェロモンが落ち着いた状態で、できるのか、ということだった。
たぶん、今日はこのまま泊っていく。
だとしたら、きっとあの日以来身体を重ねる可能性がある。
番になってから初めてするけど、ヒート期間ではないのでおれのからだもいつきのからだも普通だ。
性欲増進剤になるフェロモンなしでいつきがおれに欲情しなかったらどうしようかと、それは不安だった。
だって男の身体だし。
会話の節々でいつきが前に付き合ったことがあるのは女性であると察していた。
本来はノーマルで、たまたま彼の運命の番なるものがおれだっただけだ。
自分では濡れないし、準備に手間もかかるし、身体は骨や筋ばっかで柔らかくないしでかなり不安だ。
Ωは見た目とセックスだけとはよく言ったものだが、見た目が悪くないとは自覚しているけれど、セックスが上手くできなかったらと思うと気が気でない。
いつきは優しいから、笑って許してくれるだろうし、ヒートのときにパートナーでありさえすれば、普段はしなくても別にいいのだけれど。

(でも、おれは好きだし、したい)

いつきが手早く野菜を切る音がする。
とにかく手際がよくて気が利くし、こんなやつ引く手あまただ。
ヒート期間以外で満足させられなければ、ホルモンの魔法が切れたときに離れていってしまうのではないかと暗い気持ちが脳裏をよぎる。
だめだ、考えるな、と不安を振り払うように立ち上がった。

「…先、シャワー浴びてくる」
「うん。まだかかるからゆっくりいってらっしゃーい」

にこっと笑って送り出す顔はいつも通りで、こんなに前のめりになってるのはおれだけなのではないかとため息をつきながら、服を脱ぐ。

せめてかわいらしい反応のひとつでもできたらいいのに。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

いい加減観念して結婚してください

彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話 元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。 2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。 作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。

隣国のΩに婚約破棄をされたので、お望み通り侵略して差し上げよう。

下井理佐
BL
救いなし。序盤で受けが死にます。 文章がおかしな所があったので修正しました。 大国の第一王子・αのジスランは、小国の王子・Ωのルシエルと幼い頃から許嫁の関係だった。 ただの政略結婚の相手であるとルシエルに興味を持たないジスランであったが、婚約発表の社交界前夜、ルシエルから婚約破棄をするから受け入れてほしいと言われる。 理由を聞くジスランであったが、ルシエルはただ、 「必ず僕の国を滅ぼして」 それだけ言い、去っていった。 社交界当日、ルシエルは約束通り婚約破棄を皆の前で宣言する。

泡にはならない/泡にはさせない

BL
――やっと見つけた、オレの『運命』……のはずなのに秒でフラれました。――  明るくてお調子者、だけど憎めない。そんなアルファの大学生・加原 夏樹(かはらなつき)が、ふとした瞬間に嗅いだ香り。今までに経験したことのない、心の奥底をかき乱す“それ”に導かれるまま、出会ったのは——まるで人魚のようなスイマーだった。白磁の肌、滴る水、鋭く澄んだ瞳、そしてフェロモンが、理性を吹き飛ばす。出会った瞬間、確信した。 「『運命だ』!オレと『番』になってくれ!」  衝動のままに告げた愛の言葉。けれど……。 「運命論者は、間に合ってますんで。」  返ってきたのは、冷たい拒絶……。  これは、『運命』に憧れる一途なアルファと、『運命』なんて信じない冷静なオメガの、正反対なふたりが織りなす、もどかしくて、熱くて、ちょっと切ない恋のはじまり。  オメガバースという世界の中で、「個」として「愛」を選び取るための物語。  彼が彼を選ぶまで。彼が彼を認めるまで。 ——『運命』が、ただの言葉ではなくなるその日まで。

【完結】番になれなくても

加賀ユカリ
BL
アルファに溺愛されるベータの話。 新木貴斗と天橋和樹は中学時代からの友人である。高校生となりアルファである貴斗とベータである和樹は、それぞれ別のクラスになったが、交流は続いていた。 和樹はこれまで貴斗から何度も告白されてきたが、その度に「自分はふさわしくない」と断ってきた。それでも貴斗からのアプローチは止まらなかった。 和樹が自分の気持ちに向き合おうとした時、二人の前に貴斗の運命の番が現れた── 新木貴斗(あらき たかと):アルファ。高校2年 天橋和樹(あまはし かずき):ベータ。高校2年 ・オメガバースの独自設定があります ・ビッチング(ベータ→オメガ)はありません ・最終話まで執筆済みです(全12話) ・19時更新 ※なろう、カクヨムにも掲載しています。

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

『アルファ拒食症』のオメガですが、運命の番に出会いました

小池 月
BL
 大学一年の半田壱兎<はんだ いちと>は男性オメガ。壱兎は生涯ひとりを貫くことを決めた『アルファ拒食症』のバース性診断をうけている。  壱兎は過去に、オメガであるために男子の輪に入れず、女子からは異端として避けられ、孤独を経験している。  加えてベータ男子からの性的からかいを受けて不登校も経験した。そんな経緯から徹底してオメガ性を抑えベータとして生きる『アルファ拒食症』の道を選んだ。  大学に入り壱兎は初めてアルファと出会う。  そのアルファ男性が、壱兎とは違う学部の相川弘夢<あいかわ ひろむ>だった。壱兎と弘夢はすぐに仲良くなるが、弘夢のアルファフェロモンの影響で壱兎に発情期が来てしまう。そこから壱兎のオメガ性との向き合い、弘夢との関係への向き合いが始まるーー。 ☆BLです。全年齢対応作品です☆

運命よりも先に、愛してしまった

AzureHaru
BL
幼馴染で番同士の受けと攻め。2人は運命の番ではなかったが、相思相愛だった。そんな時、攻めに運命の番が現れる。それを知った受けは身籠もっていたが、運命の番同士の子供の方が優秀な者が生まれることも知っており、身を引く事を決め姿を消す。 しかし、攻めと運命の番の相手にはそれぞれに別の愛する人がいる事をしり、 2人は運命の番としてではなく、友人として付き合っていけたらと話し合ってわかれた。 その後、攻めは受けが勘違いしていなくなってしまったことを両親達から聞かされるのであった。

処理中です...