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右田が出て行った後もまだしばらく二人は口を開こうとしなかった。
そのまま、ただ沈黙が流れる。
和巳は自分の身に起こったことをようやく実感し、またそうするまでに追い詰められた彼の心情を察して少し憐れんでいた。
祐斗のことをかわいいと思っている男子生徒が少なくないという事実には、彼と再会してすぐに気が付いていた。
だからこそ、彼の再会に対するあんまりな態度に反発していた気持ちも押し退けて、傍にいようとしたのだ。
しかし彼等の祐斗への気持ちは純粋に優等生な彼を慕っているだけのようだと、最近は安心していたのだが。
まさか実力行使に出るバカがいるとは。
「俺が止めてたそ」
黙っていた和巳の心情を読んだかのように斎藤が口を開いた。
「小月に言い寄ってくるバカは俺が片っ端から排除していたそ」
「……おまえ」
「気付いとんじゃろ、俺の気持ちにも」
つまり、斎藤の“狙ってる”という相手が祐斗であること。
初めて会った時に感じた緊張感も、斎藤の祐斗を見る目にも、和巳は気が付いていた。
斎藤が、自分と同じように祐斗のことを好きなのだろう、ということ。
「おまえが、目障りだ」
斎藤ははっきりと言った。
「おまえが、小月の“初恋の相手”だってことは会ってすぐわかった。でも……じゃけえ余計に、おまえは目障りなそ」
切れ長の、人を寄せ付けない鋭い目。
斎藤がその目をもって和巳を見据えながら言う。
「小月の“弱み”になる。おまえは……小月の傍にいるべきじゃない」
「弱みって何だよ?」
「知ってるだろう、高柳たちのことは? 右田みたいなのは大したことないそ。けど、あいつらが小月に対して本気になったら……」
高柳もまた、祐斗に惹かれているというのだろうか?
「おまえの存在があいつらに自覚させちょるんじゃ。今までは中浦や小形っちゅークッションがあったけえ、ただ気になる存在くらいでしかなかったじゃろうけど、おまえは小月に近過ぎる。おまえに対する嫌がらせですんどる今はまだいい。でもこのままじゃったら……」
高柳のごつい体が祐斗に対して実力行使をしかけてくる。
それを想像すると和巳も眉をしかめずにはいられなかった。
「でも俺はあいつの傍にいたい。あいつのこと、守ってやりたい」
「守りきれるわけがないじゃろうが!」
「なんで?」
「あのバカはああ見えて小学校時代ずっと空手やっちょる。おまけに辞めた理由が喧嘩した時に不利じゃけえとかぬかしたくらい喧嘩好きじゃ。遠山はキツネじゃけ関係ないが、あいつにだけは手が出せん」
“女優”には確かに敵わないだろう。
和巳は高柳が“タチの悪い”理由がわかった気がして、黙り込んだ。
「……小月の気持ちを知っとるけえ、完全に離れえとは言わん。けど、考えて接しろ」
その言葉に和巳は目を斎藤のそれにぶつけた。
「何で? おまえ……」
「俺は、小月のことが好きだ。けど、小月がおまえのことを好きだってわかっとるけえ、おまえの存在は目障りだとは思うけど、邪魔はしとうない。ただ、それだけなそ」
そこまで達観できるものなのか?
それほどまでに、斎藤という男は自分を制することができるというのか?
「右田のことは、礼を言う」
「……」
「前から中途半端に小月に近づいとったけん、いつかこんなことになるじゃろうと思っとった。おまえが小月を先に帰らせる様子が不自然だったけえ、見張っとったんそ」
これまで何故右田が祐斗に告白する機会がなかったかというと、要はこの男が何かと邪魔をしていたというわけである。
「伝えないのか?」
「さっきも言ったじゃろ、邪魔はしとうないって」
「じゃあ!」
「簡単に諦められるほど、軽い気持ちじゃない……前にも言ったじゃろうが」
ゲームセンターでの言葉。
“諦めよう思ったけんってすぐ諦められるわけでもない”
和巳が現れた時点で、諦めようと努力したのだ。
けれど、ムリだった。
どうしても好きという気持ちが消えない。
ならば、自分は彼がいつも笑っていられるように、ただそれだけを願おうとしたのだ。
好きという気持ちが消えるまで。
「斎藤……」
「じゃな」
軽く手を上げて、斎藤は和巳に背を向けて出て行った。
そのあまりにも潔く、あまりにもまっすぐな彼の気持ちを、和巳はただ呆然と噛み締めていた。
そのまま、ただ沈黙が流れる。
和巳は自分の身に起こったことをようやく実感し、またそうするまでに追い詰められた彼の心情を察して少し憐れんでいた。
祐斗のことをかわいいと思っている男子生徒が少なくないという事実には、彼と再会してすぐに気が付いていた。
だからこそ、彼の再会に対するあんまりな態度に反発していた気持ちも押し退けて、傍にいようとしたのだ。
しかし彼等の祐斗への気持ちは純粋に優等生な彼を慕っているだけのようだと、最近は安心していたのだが。
まさか実力行使に出るバカがいるとは。
「俺が止めてたそ」
黙っていた和巳の心情を読んだかのように斎藤が口を開いた。
「小月に言い寄ってくるバカは俺が片っ端から排除していたそ」
「……おまえ」
「気付いとんじゃろ、俺の気持ちにも」
つまり、斎藤の“狙ってる”という相手が祐斗であること。
初めて会った時に感じた緊張感も、斎藤の祐斗を見る目にも、和巳は気が付いていた。
斎藤が、自分と同じように祐斗のことを好きなのだろう、ということ。
「おまえが、目障りだ」
斎藤ははっきりと言った。
「おまえが、小月の“初恋の相手”だってことは会ってすぐわかった。でも……じゃけえ余計に、おまえは目障りなそ」
切れ長の、人を寄せ付けない鋭い目。
斎藤がその目をもって和巳を見据えながら言う。
「小月の“弱み”になる。おまえは……小月の傍にいるべきじゃない」
「弱みって何だよ?」
「知ってるだろう、高柳たちのことは? 右田みたいなのは大したことないそ。けど、あいつらが小月に対して本気になったら……」
高柳もまた、祐斗に惹かれているというのだろうか?
「おまえの存在があいつらに自覚させちょるんじゃ。今までは中浦や小形っちゅークッションがあったけえ、ただ気になる存在くらいでしかなかったじゃろうけど、おまえは小月に近過ぎる。おまえに対する嫌がらせですんどる今はまだいい。でもこのままじゃったら……」
高柳のごつい体が祐斗に対して実力行使をしかけてくる。
それを想像すると和巳も眉をしかめずにはいられなかった。
「でも俺はあいつの傍にいたい。あいつのこと、守ってやりたい」
「守りきれるわけがないじゃろうが!」
「なんで?」
「あのバカはああ見えて小学校時代ずっと空手やっちょる。おまけに辞めた理由が喧嘩した時に不利じゃけえとかぬかしたくらい喧嘩好きじゃ。遠山はキツネじゃけ関係ないが、あいつにだけは手が出せん」
“女優”には確かに敵わないだろう。
和巳は高柳が“タチの悪い”理由がわかった気がして、黙り込んだ。
「……小月の気持ちを知っとるけえ、完全に離れえとは言わん。けど、考えて接しろ」
その言葉に和巳は目を斎藤のそれにぶつけた。
「何で? おまえ……」
「俺は、小月のことが好きだ。けど、小月がおまえのことを好きだってわかっとるけえ、おまえの存在は目障りだとは思うけど、邪魔はしとうない。ただ、それだけなそ」
そこまで達観できるものなのか?
それほどまでに、斎藤という男は自分を制することができるというのか?
「右田のことは、礼を言う」
「……」
「前から中途半端に小月に近づいとったけん、いつかこんなことになるじゃろうと思っとった。おまえが小月を先に帰らせる様子が不自然だったけえ、見張っとったんそ」
これまで何故右田が祐斗に告白する機会がなかったかというと、要はこの男が何かと邪魔をしていたというわけである。
「伝えないのか?」
「さっきも言ったじゃろ、邪魔はしとうないって」
「じゃあ!」
「簡単に諦められるほど、軽い気持ちじゃない……前にも言ったじゃろうが」
ゲームセンターでの言葉。
“諦めよう思ったけんってすぐ諦められるわけでもない”
和巳が現れた時点で、諦めようと努力したのだ。
けれど、ムリだった。
どうしても好きという気持ちが消えない。
ならば、自分は彼がいつも笑っていられるように、ただそれだけを願おうとしたのだ。
好きという気持ちが消えるまで。
「斎藤……」
「じゃな」
軽く手を上げて、斎藤は和巳に背を向けて出て行った。
そのあまりにも潔く、あまりにもまっすぐな彼の気持ちを、和巳はただ呆然と噛み締めていた。
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