5 / 167
<1>
☆☆☆
しおりを挟む
厨房と自宅を繋ぐ扉の奥に更衣室がある。
和服の女将さん以外が着ている制服は、黒いTシャツと赤いエプロン。ズボンは指定なし。
Tシャツには背中に「OGATA」の文字、そして赤いエプロンの胸元には同じく店のロゴが入っている。
家族経営の小さい店だから、それを着用する、というルール以外にバイトに対する規則なんて何もない。
女の子がネイルしていようと、男の子が茶髪にピアスをしていようと、そんなことは全く店の仕事には関係ないから――まあとんでもなく長い付け爪は有り得ないが――。
ほのかは着替えると、黒く長い髪をクリップで止め、手を洗って消毒すると店に出た。
既に店内に朋樹の姿はない。
「何か、相談?」
ほのかが、キャベツの千切りをしている櫂斗に声をかけた。
「イイ感じのランチができるおすすめのお店、教えて」
櫂斗の目は手元から離れない。
慣れているからリズムよく刻んでいるが、さすがにノールックで包丁が扱えるわけではない。
「イイ感じって……何、女の子とデートでもすんの?」
昼の定食屋で使っていたメニューをバックヤードに下げ、夜の居酒屋メニューを各卓に配る。
厨房の手伝いは櫂斗一人で大丈夫そうだと踏んだほのかは、店内の転換作業を始めた。
「うん、トモさんとデート。気合入れて口説きたい。あいつに先越されんのヤだし」
「あー……そ。んじゃ、ちょっと薄暗い系で、エスニックとか?」
「いいじゃん」
櫂斗は一瞬手を止めてほのかを見ると、唇の端を上げてニヤリと嗤った。
「……櫂斗ってさ、芳賀のこと押し倒したいの? 倒されたいの?」
ほのかが表情一つ変えず、問う。
大きな黒い瞳、猫のように丸くて少し吊り目なほのかのそれは、単純に好奇心を湛えていたから。
「どっちもしたい」
一言答えて、再びキャベ千作業。
「節操無いのね」
今日は宴会の予定がないので、テーブルと座敷の卓はそれぞれ個別にセット。
座敷には座布団を綺麗に並べ、テーブルとカウンターには椅子を並べる。これが、初期値。
客の人数に合わせて多少増減させる為に、予備の椅子や座布団も用意してある。
「いいでしょ。同性って、便利だよね」
くふくふ笑いながら櫂斗が言うが、ほのかはチラリと大将を見た。
全く無表情のまま、鍋を見つめている。
「あ」
「何よ?」
「ここへ来てほのかがトモさん狙いとか、無いよね?」
「無いわよ。あんなポンコツ、どこがいんだか」
「ほのかは甘ちゃんだなー。あのポンコツなのが可愛いんじゃん」
一日に、最低一個は何かしらやらかす朋樹である。
最近は食器を割ることも週に一度くらいの頻度にはなったが、今でもまだオーダーミスはするしオススメ料理を噛むなんて当たり前。
さっき、外から「あ!」という声が聞こえたから、恐らく何かしらやらかしているのだろう。
「櫂斗はオトナねー。子供のお世話が好きなんて」
「何もできないトモさん、俺が手取り足取り、イロイロ教えんのがいいんじゃん」
「やだ、セクハラで訴えるわよ」
「俺のがほのかより立場下だから、セクハラにはなりません」
「どの口が言ってんのよ」
「だって俺、ただのお手伝いだもん。バイトですら、ない」
「じゃあお小遣い貰ってないの?」
「貰ってるよ、あったりまえじゃん、誰がタダ働きなんかすんだよ」
しれっと言い放ち、「とーちゃん、終わったー」と山盛りのキャベ千が入ったボウルをドヤ顔で大将に示した。
和服の女将さん以外が着ている制服は、黒いTシャツと赤いエプロン。ズボンは指定なし。
Tシャツには背中に「OGATA」の文字、そして赤いエプロンの胸元には同じく店のロゴが入っている。
家族経営の小さい店だから、それを着用する、というルール以外にバイトに対する規則なんて何もない。
女の子がネイルしていようと、男の子が茶髪にピアスをしていようと、そんなことは全く店の仕事には関係ないから――まあとんでもなく長い付け爪は有り得ないが――。
ほのかは着替えると、黒く長い髪をクリップで止め、手を洗って消毒すると店に出た。
既に店内に朋樹の姿はない。
「何か、相談?」
ほのかが、キャベツの千切りをしている櫂斗に声をかけた。
「イイ感じのランチができるおすすめのお店、教えて」
櫂斗の目は手元から離れない。
慣れているからリズムよく刻んでいるが、さすがにノールックで包丁が扱えるわけではない。
「イイ感じって……何、女の子とデートでもすんの?」
昼の定食屋で使っていたメニューをバックヤードに下げ、夜の居酒屋メニューを各卓に配る。
厨房の手伝いは櫂斗一人で大丈夫そうだと踏んだほのかは、店内の転換作業を始めた。
「うん、トモさんとデート。気合入れて口説きたい。あいつに先越されんのヤだし」
「あー……そ。んじゃ、ちょっと薄暗い系で、エスニックとか?」
「いいじゃん」
櫂斗は一瞬手を止めてほのかを見ると、唇の端を上げてニヤリと嗤った。
「……櫂斗ってさ、芳賀のこと押し倒したいの? 倒されたいの?」
ほのかが表情一つ変えず、問う。
大きな黒い瞳、猫のように丸くて少し吊り目なほのかのそれは、単純に好奇心を湛えていたから。
「どっちもしたい」
一言答えて、再びキャベ千作業。
「節操無いのね」
今日は宴会の予定がないので、テーブルと座敷の卓はそれぞれ個別にセット。
座敷には座布団を綺麗に並べ、テーブルとカウンターには椅子を並べる。これが、初期値。
客の人数に合わせて多少増減させる為に、予備の椅子や座布団も用意してある。
「いいでしょ。同性って、便利だよね」
くふくふ笑いながら櫂斗が言うが、ほのかはチラリと大将を見た。
全く無表情のまま、鍋を見つめている。
「あ」
「何よ?」
「ここへ来てほのかがトモさん狙いとか、無いよね?」
「無いわよ。あんなポンコツ、どこがいんだか」
「ほのかは甘ちゃんだなー。あのポンコツなのが可愛いんじゃん」
一日に、最低一個は何かしらやらかす朋樹である。
最近は食器を割ることも週に一度くらいの頻度にはなったが、今でもまだオーダーミスはするしオススメ料理を噛むなんて当たり前。
さっき、外から「あ!」という声が聞こえたから、恐らく何かしらやらかしているのだろう。
「櫂斗はオトナねー。子供のお世話が好きなんて」
「何もできないトモさん、俺が手取り足取り、イロイロ教えんのがいいんじゃん」
「やだ、セクハラで訴えるわよ」
「俺のがほのかより立場下だから、セクハラにはなりません」
「どの口が言ってんのよ」
「だって俺、ただのお手伝いだもん。バイトですら、ない」
「じゃあお小遣い貰ってないの?」
「貰ってるよ、あったりまえじゃん、誰がタダ働きなんかすんだよ」
しれっと言い放ち、「とーちゃん、終わったー」と山盛りのキャベ千が入ったボウルをドヤ顔で大将に示した。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる