36 / 167
<1>
-17-
しおりを挟む
「純くん」
朔が、正座して純也を見る。
何度も何度も、“ごめんなさい”のラインを送った。
電話もかけた。
仕事ではどうしてもすれ違うから全然会えなくて、でもとにかく逢いたかった。
メッセージの既読スルーも、電話の着信無視も、全部自分が悪いのはわかっている。
やっと仕事が落ち着いたのは、純也に“逢わない”と言われてから十日後。
もう、埒が明かないから純也の部屋に押し掛けた。
インターフォンを鳴らしたら、エントランスが開いて。
その瞬間、ほっとして。
でも、声さえ聴けないままエレベーターで部屋に向かう間、再び緊張感。
玄関を開けてくれた純也はでも、当たり前だけど無表情で。
いつもならベッドに直行するけれど、さすがにリビングで「待て」なんてされて。
触れようとしたら
「言うことあるよね」と冷静な声で言われた。
「ごめんなさい」
それしか言えない。
朔はそう言って土下座した。
「ちゃんと、フラれてきたの?」
頷くべきか否か。
頷けば浮気を認めることになるし、首を振れば嘘になる。
「あんなめっちゃラブラブカップル、なんだって朔はジャマしようとしたわけ?」
「え?」
櫂斗と朋樹に会ったのか? と朔は純也を見た。
「手、繋いで。絶対この手を放さないんだって、主張してたよ」
さすがにあの電話で、朋樹と櫂斗がデキ上がってしまったことは痛いほどわかって。
朔だって、ふわふわと可愛い朋樹なんてあっさり食ってしまえると思ったからちょっとつまみ食いしたかっただけなのに、まさかの邪魔者に手も足も出せなくて。
「言われたよ。朔のことちゃんと捕まえとけって。俺のモノなんだから俺の傍にいろって、ちゃんと言わないとダメって、高校生に説教された」
可愛いナリしてるくせに、何だってあんなに鉄壁なんだ、櫂斗の奴は。
あっかんべー、なんて舌を出して小憎らしく笑っている櫂斗が浮かんで、朔は項垂れるしかない。
「朔」
「…………ごめんなさい。反省してます」
「俺も、反省してる」
「え?」
浮気しようとしたのは事実だから、謝るしかないのはわかっているけど。まさかの純也の言葉に朔は顔を上げた。
「俺も、多分気を抜いてたんだと思う。朔は絶対、俺に帰ってくるからって。なんか、どっかそんな甘えがあったんだと思う」
「純くん……」
「朔が気に入ったコにフラフラしてるのいつも黙って見てたけど、でも俺のことはちゃんと真剣に口説いてくれたの知ってるから、そんなのは他に見せてないって、俺多分、楽観してた」
絶対に大事にする。純くんさえ俺の傍にいてくれたら、それだけで俺は他に何もいらない。
そんな、歯が浮くようなセリフも、自分が空っぽで心が寒くて仕方なかったあの瞬間に包まれた腕があまりにもあったかかったから。
完全に、オちてしまった純也だった。
男に口説かれるという初めての経験に戸惑って、でも本当に大切に扱って貰うことの心地よさに溺れて。
朔の愛に応えた瞬間から、純也には朔しかいなくなった。
女性に対しての性欲なんてなくなってしまったし、かと言って朔以外の男との恋愛関係なんて想像もできなくて。
自分には、朔しかいなくなってしまったから。
総てを委ねるしかなくて。
朔が帰ってくることだけを信じて、朔がふらふらつまみ食いしてるのなんて、気付いていたけど止められなくて。
だって、朔を失いたくないから。
自分だけに繋ぎ留めておくだけの自信なんてなくて。
ただただ、戻って来てくれるのだけを信じるしかなくて。
「でも……朔、俺だけを、見てよ」
ずっと、本当はそう言いたかった。
俺の朔。
そう、主張したかった。
「もう、やだ。他の男抱いてる朔のこと、妄想して泣くのなんか、やだよ」
純也が、はらはらと涙を流す。
それは朔の責任。この涙は自分のせい。
「ごめん。ほんとに謝る。俺、純くんは俺が一人に絞れないの、気にしてないと思ってた」
「は?」
「いや。俺、どーしよーもねーの、自分でもまあ、わかってんだけど。ほら、結構俺、性欲強いからさ。純くん一人に絞ったら、もうおまえのことぶっ壊してしまうくらいヤりまくってしまいそうだからさ」
「……朔?」
「純くん、大事だし。壊したく、ねーし」
手を、伸ばす。
抱くのは多分、ちょっと違うと思ったから。
朔は純也の手を両手で包み込んだ。
「俺さ、純くんのことはほんとに大切なんだ。なんかこう、繊細な和菓子みたいな感じで、いっぱい食いたいけど食ったら壊れんじゃねーかなって思うし」
自分の手と大して違わないサイズ感。
男同士だし。
でも、色白の純也の指は細くて、やっぱりどこか華奢な感じ。
身長こそ変わらなくなったけれど、純也はやっぱり朔よりは細く華奢な体つきで。
自分が想いのままに抱けば、どこか壊してしまいそうな雰囲気があるから。
「ごめん。でも、やっぱ言い訳だよな、それって。純くんのこと悲しませてたのは事実だし」
つまみ食い、なんて簡単に言えばただの“性欲処理”で。
本当の気持ちの中核はずっと、純也にだけしかないのは、これはもう絶対で。
朋樹が“浮気しちゃ、ダメだよね”なんて言ってるのを聞いて、何よりそれが刺さってしまったのは事実。
「もう二度と、純くんのことを悲しませない。約束、するよ」
「朔……」
「ほんとに、ごめん」
両手を握って、心の底から謝ると、純也は黙って頷く。
そして。
「壊しても、いいよ。朔に抱き潰されるのなら、本望」
半分泣いていて、でも少しだけ微笑んで。
朔の唇にそっとキスした。
朔が、正座して純也を見る。
何度も何度も、“ごめんなさい”のラインを送った。
電話もかけた。
仕事ではどうしてもすれ違うから全然会えなくて、でもとにかく逢いたかった。
メッセージの既読スルーも、電話の着信無視も、全部自分が悪いのはわかっている。
やっと仕事が落ち着いたのは、純也に“逢わない”と言われてから十日後。
もう、埒が明かないから純也の部屋に押し掛けた。
インターフォンを鳴らしたら、エントランスが開いて。
その瞬間、ほっとして。
でも、声さえ聴けないままエレベーターで部屋に向かう間、再び緊張感。
玄関を開けてくれた純也はでも、当たり前だけど無表情で。
いつもならベッドに直行するけれど、さすがにリビングで「待て」なんてされて。
触れようとしたら
「言うことあるよね」と冷静な声で言われた。
「ごめんなさい」
それしか言えない。
朔はそう言って土下座した。
「ちゃんと、フラれてきたの?」
頷くべきか否か。
頷けば浮気を認めることになるし、首を振れば嘘になる。
「あんなめっちゃラブラブカップル、なんだって朔はジャマしようとしたわけ?」
「え?」
櫂斗と朋樹に会ったのか? と朔は純也を見た。
「手、繋いで。絶対この手を放さないんだって、主張してたよ」
さすがにあの電話で、朋樹と櫂斗がデキ上がってしまったことは痛いほどわかって。
朔だって、ふわふわと可愛い朋樹なんてあっさり食ってしまえると思ったからちょっとつまみ食いしたかっただけなのに、まさかの邪魔者に手も足も出せなくて。
「言われたよ。朔のことちゃんと捕まえとけって。俺のモノなんだから俺の傍にいろって、ちゃんと言わないとダメって、高校生に説教された」
可愛いナリしてるくせに、何だってあんなに鉄壁なんだ、櫂斗の奴は。
あっかんべー、なんて舌を出して小憎らしく笑っている櫂斗が浮かんで、朔は項垂れるしかない。
「朔」
「…………ごめんなさい。反省してます」
「俺も、反省してる」
「え?」
浮気しようとしたのは事実だから、謝るしかないのはわかっているけど。まさかの純也の言葉に朔は顔を上げた。
「俺も、多分気を抜いてたんだと思う。朔は絶対、俺に帰ってくるからって。なんか、どっかそんな甘えがあったんだと思う」
「純くん……」
「朔が気に入ったコにフラフラしてるのいつも黙って見てたけど、でも俺のことはちゃんと真剣に口説いてくれたの知ってるから、そんなのは他に見せてないって、俺多分、楽観してた」
絶対に大事にする。純くんさえ俺の傍にいてくれたら、それだけで俺は他に何もいらない。
そんな、歯が浮くようなセリフも、自分が空っぽで心が寒くて仕方なかったあの瞬間に包まれた腕があまりにもあったかかったから。
完全に、オちてしまった純也だった。
男に口説かれるという初めての経験に戸惑って、でも本当に大切に扱って貰うことの心地よさに溺れて。
朔の愛に応えた瞬間から、純也には朔しかいなくなった。
女性に対しての性欲なんてなくなってしまったし、かと言って朔以外の男との恋愛関係なんて想像もできなくて。
自分には、朔しかいなくなってしまったから。
総てを委ねるしかなくて。
朔が帰ってくることだけを信じて、朔がふらふらつまみ食いしてるのなんて、気付いていたけど止められなくて。
だって、朔を失いたくないから。
自分だけに繋ぎ留めておくだけの自信なんてなくて。
ただただ、戻って来てくれるのだけを信じるしかなくて。
「でも……朔、俺だけを、見てよ」
ずっと、本当はそう言いたかった。
俺の朔。
そう、主張したかった。
「もう、やだ。他の男抱いてる朔のこと、妄想して泣くのなんか、やだよ」
純也が、はらはらと涙を流す。
それは朔の責任。この涙は自分のせい。
「ごめん。ほんとに謝る。俺、純くんは俺が一人に絞れないの、気にしてないと思ってた」
「は?」
「いや。俺、どーしよーもねーの、自分でもまあ、わかってんだけど。ほら、結構俺、性欲強いからさ。純くん一人に絞ったら、もうおまえのことぶっ壊してしまうくらいヤりまくってしまいそうだからさ」
「……朔?」
「純くん、大事だし。壊したく、ねーし」
手を、伸ばす。
抱くのは多分、ちょっと違うと思ったから。
朔は純也の手を両手で包み込んだ。
「俺さ、純くんのことはほんとに大切なんだ。なんかこう、繊細な和菓子みたいな感じで、いっぱい食いたいけど食ったら壊れんじゃねーかなって思うし」
自分の手と大して違わないサイズ感。
男同士だし。
でも、色白の純也の指は細くて、やっぱりどこか華奢な感じ。
身長こそ変わらなくなったけれど、純也はやっぱり朔よりは細く華奢な体つきで。
自分が想いのままに抱けば、どこか壊してしまいそうな雰囲気があるから。
「ごめん。でも、やっぱ言い訳だよな、それって。純くんのこと悲しませてたのは事実だし」
つまみ食い、なんて簡単に言えばただの“性欲処理”で。
本当の気持ちの中核はずっと、純也にだけしかないのは、これはもう絶対で。
朋樹が“浮気しちゃ、ダメだよね”なんて言ってるのを聞いて、何よりそれが刺さってしまったのは事実。
「もう二度と、純くんのことを悲しませない。約束、するよ」
「朔……」
「ほんとに、ごめん」
両手を握って、心の底から謝ると、純也は黙って頷く。
そして。
「壊しても、いいよ。朔に抱き潰されるのなら、本望」
半分泣いていて、でも少しだけ微笑んで。
朔の唇にそっとキスした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
その男、ストーカーにつき
ryon*
BL
スパダリ?
いいえ、ただのストーカーです。
***
完結しました。
エブリスタ投稿版には、西園寺視点、ハラちゃん時点の短編も置いています。
そのうち話タイトル、つけ直したいと思います。
ご不便をお掛けして、すみません( ;∀;)
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる