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「トモさん、合流しなくて良かった?」
 その日の夜賄いの時間、櫂斗が大将特製野菜炒めを食べながら言った。
「しないしない。多分あの後由依と徹はデートだろうし、瀬川は行きつけの店で飲んでる」
 三人は二時間程しっかりと“朋樹が働くおがた”を堪能して、「絶対にまたきます!」なんて宣言して帰って行った。
 料理も雰囲気も気に入ったらしいが、朋樹としてはちょっと複雑な感覚。

「なんかもー、無駄に緊張したよ、俺」
「でもミス全然なかったじゃん。トモさんえらかったよー」
「俺は子供かよ」
 櫂斗がくふくふ笑う。

「ユイちゃん、俺のこと気付いたかな?」
「あ、どうだろ? でも前会ったのって一瞬だったろ? 覚えてないんじゃない?」
「かなあ? 俺がトモさんのカレシでーす、つって自己紹介したが良かった?」
「……それ、頷くのも怖いけどダメ、つったら櫂斗傷付くじゃん」
「おっと。トモさん気持ち先読みできるようになったじゃん」
「だから! 櫂斗はどんだけ俺を子供扱いするんだよ」
 
 既に大将は自宅へ帰っているし、女将さんもレジ締め作業中。
 ほのかがいないからちょっとしたデート感覚で。

「瀬川さんが、トモさんの仲良しさん?」
「んー。ま、そだね。それこそ入学した時に会って、なんとなく気が合った感じで。あいつも県外だしこっちに知り合いがいるわけでもないから、なんだかんだ一緒にいる」
 去年のクリスマス前にバイト先で出会ったコとイイ感じになったらしく、最近はいつも彼女と過ごしているようだけれど。

「他の人も来るかな?」
「ココに? どうだろ。プライベートはさ、割と他はバラけてるかな。甲斐悠平はなんか、サークルに彼女がいるみたいでいつもそっち行ってるし、ナオはプライベート全然見せねーし。渋川さんはもう、なんか渋川さんだし」
「なん、それ?」
「さすがに、中高生みたくいつでもべったりしてる関係じゃないってこと」
「仕事仲間っぽい感じ?」
「あー、かもね」

 朋樹の大人な発言に、ちょっとだけジェラなんて感じてしまうけれど。
 でも、今日は自分が見ることのできない朋樹のことを少しだけ垣間見えた気がして。
 基本的に誰といても雰囲気がふわふわしているトコが、やっぱり可愛いと思えるから。
 ほのかに言わせれば“ただのボケじゃん”、なんて切り捨てられるだろうが。

「櫂斗。あと、トモくん帰ったら戸締りよろしく。あたし、お風呂入るから」
 お先ー、なんて女将さんが言って自宅へと帰って行った。

 完全に二人きりにしてくれるちょっとした母の気遣いに、櫂斗は嬉しくなる。
 せっかくだから、夏休みの予定なんて二人で決めたいと思って。
「トモさん、夏休み、実家帰んないの?」
 朋樹がいない期間は把握しておいて、それ以外はできる限り一緒にいたい。

「帰るよー。お盆の期間はココも休みでしょ?」
「うん、三日間は完全に締める」
 毎年恒例、“おがた”の夏休み。
 三日連休にして完全にお店を締めるのは、お盆の期間と年始の三が日のみ。
 ちなみに年末は、日付が変わるまで開けて常連と年越しするのが恒例である。

「…………一緒に、来る?」
 朋樹が、櫂斗を見つめながら、恐る恐る、訊いた。
 これはさすがに、なかなかの申し出。
 だって、半分旅行みたいなもので。
 しかも自分の実家なんて、櫂斗が緊張するのは当たり前だろうし。

「あ、でも櫂斗もおばあちゃんちとか、行くよね」
 慌てて逃げ道。
 でも。
「行く! 俺、トモさんち、行きたい!」
 食い気味に言うから、朋樹が笑った。

「田舎だし何もないけど、一応まだ俺の部屋は残ってるらしいから、交通費だけ出せるなら一緒に行こっか」
 櫂斗が思っていた以上に喜んでくれるのが嬉しい。
 逆に櫂斗としても、予想もしていなかったことを朋樹が提案してくるから、なんだか二人して照れ合ってしまう。

 少し赤くなって、でもその幸せな空気を二人で共有して。
 誰も見てないことだけ、確認すると。
 二人はそっとキスをした。
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