居酒屋“おがた”はムテキのお城

月那

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「櫂斗、ちょい話あるからバイト終わりに付き合える?」
 と、ナンパしてきたのは他ならない、朔で。
「……俺、おまえと浮気する気、ないけど?」
 カウンターで一人、という久々に珍しい状況で飲んでいた朔だったから、櫂斗が訝る。
「俺だってねーわ。あほか。朋樹ならともかく」
「あ、まだゆってる?」
 戦闘態勢を取ろうとした瞬間。
「だから違うっつの。朋樹いねー日、狙って来てるだろーがよ」

 前回純也とラブラブで来店してきた日に、朋樹が今日ゼミ関係で来れないという話は聞いていたらしい。
「俺、十時には終わるから、そしたら一緒にココ出よっか。かーちゃん、いい?」
「そうね、もうピーク過ぎたみたいだし、あとはほのかちゃんいれば大丈夫かな」
 九時半を過ぎ、客足は少し落ち着いていて。
 
「じゃあ十時まで俺一人で飲んでるし、おまえは仕事ガンバっとけ」
 朔の笑顔に、とりあえず頷いて。
 朋樹さえ絡まなければ、別に朔のことが特別嫌いなわけでもないから。
 むしろ、店に足繁く通ってくれるありがたい常連さんでもあるわけで、お得意さんならば無下にはできない。

 朔がわざわざ自分に相談を持ち掛けるということは、きっと雫の件だろうと察しは付く。
 別に今の時代、スマホさえあればいくらでも話ができるのだから、きっと雫が一生懸命朔を口説いているのだろう。
 雫に根性があるのか、朔が優し過ぎるのか。
 というか、思っていたよりも雫が朔に本気なのかもしれないと思うと、煽った自分としては責任を感じてしまう。

 何はともあれ、十時までは仕事だから。
 一旦朔のことは置いておいて、櫂斗は手を上げている座敷客の対応へと向かった。

☆☆☆

 店から一番近いファミレスは、駅ビルの地下にある。
 さすがに未成年を飲み屋に連れて行くわけにもいかないから、朔が櫂斗を連れて入ったのは二十四時間営業のファミレス。
「何か食うか?」
「奢ってくれんの?」
「高校生に払わす程鬼じゃねーよ」朔が笑った。

 本来ならば夜賄いが夕食になる櫂斗である。夕方に食べたおにぎりなんて、既に消化されている。
「デミグラスハンバーグとチキングリル」
「がっつり食うなー。さすが高校生男子」
「にーく、にーく」
「太るぞ?」
「太れるもんなら太ってる。俺おっきくなりたいから、できるだけがっつり食うし」
 櫂斗が言うと、確かにもうちょっと太らせたいとは朔も思う。
 純也にしろ、櫂斗にしろ、摂取カロリーと消費カロリーのバランスがどうなっているのか不思議で仕方がない。
 と、そろそろ自分のお腹が気になり始めている朔である。

「朔は?」
「俺は“おがた”で散々旨いメシ食ってるから、もういい。とりあえずビール」
「あ、今日の小鉢良かったろ? ピーマンのポン酢炒めと肉みそゴボウ。あと茄子の揚げびたし。あの辺のラインナップは俺的には最高なんだよなー。今度かーちゃんにレシピ教わるつもりだし」
 トモさんに食べさせるんだー、なんてくふくふ笑いながら言っている。
 そんな櫂斗のことを、やっぱり可愛いと思ってしまうのは自分でもどうしようもない。

 朔としても、実際のトコ、櫂斗の見た目は結構好みのタイプなわけで。
 ふわふわしている朋樹がいいと思ったのが先だったから櫂斗とはライバルになってしまったけれど、出逢った順番が逆だったなら、もしかしたら惚れていたかもしれない。
 と、ほんのり想像した瞬間、純也の泣き顔が浮かんできて、慌てて邪な想いを消し去る。

「朋樹、忙しそうだけどおまえ、逢ってんの?」
「ん。今日みたく逢えない時は、夜電話で話してるし。トモさん、今結構勉強の方が大変みたいだしさ。しょーがないよね」
「大学生って俺、もっとヒマなのかと思ってたよ」
「それな。俺もまさか、こんなにいっつも勉強してるって思ってもなくて。時々ほのかも、仕事終わったらソッコー帰ってレポートやんなきゃ、とかゆってるし」
 ドリンクバーでコーラを入れてきて、櫂斗がそれを飲みながら話す。
 朔のビールに付き合える程大人じゃないから。

「俺、高卒で今の会社入ったんだよね。あんまし勉強、好きじゃなくて」
「俺だってベンキョはあんま好きじゃねーけどさ。でも、将来やりたいことあるし、その為にはしょーがないからやるしかない」
 思っていた以上にちゃんと意思を持っている発言に、朔は驚く。
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