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櫂斗の勉強用の机に置いておいたお粥を取ってくると、
「食べさせよっか?」「ん」素直に返事が返ってきて。
どうやら意地を張るのは諦めたらしい。
起き上がらせて腰にクッションを当ててやり、肩に臙脂色のショール――女将さんの物っぽい――を掛けてやる。
ちょこん、と座っている姿は表情こそまだ苦しそうだけれど、傍にいる朋樹を映している瞳は穏やかで。
潤んだそれがきゅるん、と輝いているのがわかったから、朋樹も安心する。
「今日、忙しかった?」
あーん、なんて口を開けている櫂斗にレンゲで給餌。その合間に櫂斗が問う。
「まーねー。でも……ほんとのこと言っちゃうと、俺櫂斗が気になってまともに仕事できてない」
散々ほのかに睨まれまくった。のは覚えているけれど。
「トモさんらしい……ありがと」
いつものふざけたくふくふ笑いじゃなくて、ふわふわした可愛い笑顔に心臓を鷲掴みにされるけれど。
とりあえず、今はそんな場合じゃないから。
温かいお粥を食べるごとに、櫂斗の顔色が良くなる。
栄養だけじゃなく愛情がしこたま込められているのだろうそれは、仕事上がりの朋樹のお腹にも刺激を与えてくれる。賄い、残してくれているハズ。
「女将さんのお粥、やっぱ旨い?」
「俺、かーちゃんのお粥以外食ったことないから、わかんねー」
「ま、そりゃそうだ」
「しかも今、鼻詰まってるし」
いつも鼻にかかった声でふざけて甘えてくるけれど、今は本当の鼻声で。少し息苦しい感じで話す。
「トモさんが風邪ひいたら俺が作ってやるから、今度かーちゃんにレシピ聞いとく」
「俺が風邪ひいたら、櫂斗はうちには来させないよ」
「俺鍵持ってるからいつでも入れるし」
段々、いつもの調子が戻ってくる。
「いいから、今は櫂斗、自分が元気になることだけ考えてろよ。これ食べたらちゃんと薬飲んで」
「ん」
「櫂斗、眠るまで絵本でも読んでおこうか?」
ちょっと調子に乗って“お兄ちゃん”ぶってみた。
すると。
「絵本はいらないけど、トモさんの声は聴いてたい」
「へ?」
「何でもいいや。トモさん、何かテキトーに喋っててよ。ガッコの話でも、バイトのグチでも。なんならほのかの悪口でもいいよ」
サイドテーブルにあった薬とペットボトルの水を飲んで、櫂斗が再び横になる。
しょーがないな、と朋樹は少しだけ考えると。
「じゃあ、櫂斗の可愛いトコ、一個ずつ言っていこう」
「ええー」
布団をトン、トン、と。まるで小さい子供を寝かしつけるような仕草をして。
妹を寝かしつけていたことをふと思い出した。
「まず、なんと言ってもこの目が可愛い」
「うわ、まじかよ?」
「ん。気付いたら絶対俺のこと見てるの。わかるし」
「そりゃー、一番見てたい人だから」
「櫂斗は黙って目を瞑って」
照れて茶化そうとした櫂斗の唇にそっと指を押し当てた。キスの代わりに。
きっとちゃんとキスしようとしたら、それこそ風邪がうつると大暴れして逃げそうだったから。
「んで。ほのかと一緒に何か企んでコソコソ二人で話して、なのにほのかがノってくれなくて拗ねてへの字口になってるのも、可愛い」
櫂斗が閉じていた目を開けた。
「なん、それ?」
「いいから、寝なさい」
くふくふ笑いなんて、櫂斗のいつもの笑い声を耳にした時は、大抵ほのかと話している時で。
そうしたらほのかに、いつもの無表情でスンっと一言突っ込まれては口を尖らせて。
あるいは、逆に何やらほのかに下らないことを言っては、一人でバカ受けしてコロコロ笑い転げていたり。
「櫂斗はね、表情がくるくる変わるのが、ほんとに可愛いんだよ」
思い出し笑い、なんてしながら朋樹が櫂斗の前髪を指でかきあげる。
ああ、またシートがぬるくなってるなーと思って、貼り替えてやって。
「あとね。女将さんに料理教えて貰ってる時に、すごい真剣な表情で頭ん中にインプットしてるのがわかる。なんか、メモとか全然とらないけど、横から味見して、そんでちゃんとそれ、俺んちで再現するだろ? 凄いなって思うよ」
そういうところはきっと、センスだろう。と感心する。
朋樹の一人暮らしの狭いキッチンで、櫂斗はレシピなんて殆ど見ることなくさらっと料理しているから。
かーちゃんに教えて貰ったんだ、と嬉しそうに言っては朋樹の胃袋を鷲掴みにする。
「あと、初めて行ったカラオケで聴いた櫂斗の歌はね、びっくりした。ほんと、歌上手いから」
朋樹のその声は、櫂斗にはもう夢の中のようで。
さっきまで、きゅ、と朋樹の袖を握っていた櫂斗の手が緩んでいて、薬が効いてきたのか、すうすうと綺麗な寝息が聞こえてきたから。
朋樹は櫂斗の頬にそっとキスをすると。
「おやすみ、櫂斗。明日には元気になってるといいね」
小さく言って櫂斗の手を布団の中にしまって、サイドテーブルの小さなライトだけ点灯させると部屋の電気を消して、部屋を出て行った。
「食べさせよっか?」「ん」素直に返事が返ってきて。
どうやら意地を張るのは諦めたらしい。
起き上がらせて腰にクッションを当ててやり、肩に臙脂色のショール――女将さんの物っぽい――を掛けてやる。
ちょこん、と座っている姿は表情こそまだ苦しそうだけれど、傍にいる朋樹を映している瞳は穏やかで。
潤んだそれがきゅるん、と輝いているのがわかったから、朋樹も安心する。
「今日、忙しかった?」
あーん、なんて口を開けている櫂斗にレンゲで給餌。その合間に櫂斗が問う。
「まーねー。でも……ほんとのこと言っちゃうと、俺櫂斗が気になってまともに仕事できてない」
散々ほのかに睨まれまくった。のは覚えているけれど。
「トモさんらしい……ありがと」
いつものふざけたくふくふ笑いじゃなくて、ふわふわした可愛い笑顔に心臓を鷲掴みにされるけれど。
とりあえず、今はそんな場合じゃないから。
温かいお粥を食べるごとに、櫂斗の顔色が良くなる。
栄養だけじゃなく愛情がしこたま込められているのだろうそれは、仕事上がりの朋樹のお腹にも刺激を与えてくれる。賄い、残してくれているハズ。
「女将さんのお粥、やっぱ旨い?」
「俺、かーちゃんのお粥以外食ったことないから、わかんねー」
「ま、そりゃそうだ」
「しかも今、鼻詰まってるし」
いつも鼻にかかった声でふざけて甘えてくるけれど、今は本当の鼻声で。少し息苦しい感じで話す。
「トモさんが風邪ひいたら俺が作ってやるから、今度かーちゃんにレシピ聞いとく」
「俺が風邪ひいたら、櫂斗はうちには来させないよ」
「俺鍵持ってるからいつでも入れるし」
段々、いつもの調子が戻ってくる。
「いいから、今は櫂斗、自分が元気になることだけ考えてろよ。これ食べたらちゃんと薬飲んで」
「ん」
「櫂斗、眠るまで絵本でも読んでおこうか?」
ちょっと調子に乗って“お兄ちゃん”ぶってみた。
すると。
「絵本はいらないけど、トモさんの声は聴いてたい」
「へ?」
「何でもいいや。トモさん、何かテキトーに喋っててよ。ガッコの話でも、バイトのグチでも。なんならほのかの悪口でもいいよ」
サイドテーブルにあった薬とペットボトルの水を飲んで、櫂斗が再び横になる。
しょーがないな、と朋樹は少しだけ考えると。
「じゃあ、櫂斗の可愛いトコ、一個ずつ言っていこう」
「ええー」
布団をトン、トン、と。まるで小さい子供を寝かしつけるような仕草をして。
妹を寝かしつけていたことをふと思い出した。
「まず、なんと言ってもこの目が可愛い」
「うわ、まじかよ?」
「ん。気付いたら絶対俺のこと見てるの。わかるし」
「そりゃー、一番見てたい人だから」
「櫂斗は黙って目を瞑って」
照れて茶化そうとした櫂斗の唇にそっと指を押し当てた。キスの代わりに。
きっとちゃんとキスしようとしたら、それこそ風邪がうつると大暴れして逃げそうだったから。
「んで。ほのかと一緒に何か企んでコソコソ二人で話して、なのにほのかがノってくれなくて拗ねてへの字口になってるのも、可愛い」
櫂斗が閉じていた目を開けた。
「なん、それ?」
「いいから、寝なさい」
くふくふ笑いなんて、櫂斗のいつもの笑い声を耳にした時は、大抵ほのかと話している時で。
そうしたらほのかに、いつもの無表情でスンっと一言突っ込まれては口を尖らせて。
あるいは、逆に何やらほのかに下らないことを言っては、一人でバカ受けしてコロコロ笑い転げていたり。
「櫂斗はね、表情がくるくる変わるのが、ほんとに可愛いんだよ」
思い出し笑い、なんてしながら朋樹が櫂斗の前髪を指でかきあげる。
ああ、またシートがぬるくなってるなーと思って、貼り替えてやって。
「あとね。女将さんに料理教えて貰ってる時に、すごい真剣な表情で頭ん中にインプットしてるのがわかる。なんか、メモとか全然とらないけど、横から味見して、そんでちゃんとそれ、俺んちで再現するだろ? 凄いなって思うよ」
そういうところはきっと、センスだろう。と感心する。
朋樹の一人暮らしの狭いキッチンで、櫂斗はレシピなんて殆ど見ることなくさらっと料理しているから。
かーちゃんに教えて貰ったんだ、と嬉しそうに言っては朋樹の胃袋を鷲掴みにする。
「あと、初めて行ったカラオケで聴いた櫂斗の歌はね、びっくりした。ほんと、歌上手いから」
朋樹のその声は、櫂斗にはもう夢の中のようで。
さっきまで、きゅ、と朋樹の袖を握っていた櫂斗の手が緩んでいて、薬が効いてきたのか、すうすうと綺麗な寝息が聞こえてきたから。
朋樹は櫂斗の頬にそっとキスをすると。
「おやすみ、櫂斗。明日には元気になってるといいね」
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