【完結】男装令嬢、深い事情により夜だけ王弟殿下の恋人を演じさせられる

千堂みくま

文字の大きさ
2 / 62

2 スタレートン伯爵家の裏事情

しおりを挟む
 スタレートン伯爵が熱烈な恋愛の末に結婚したというのは、この国の貴族なら知らぬ者はいないほど有名な話である。
 彼は王都で出会った美しい令嬢が忘れられず、執事に命じて彼女の素性を調べさせた。そして残酷な現実を知ってしまう。令嬢はなんと、侯爵家の末娘だったのだ。

 当時のスタレートン伯爵家は大した権力もなく財力もなく、伯爵という身分が一人歩きしているような貧乏貴族。しかも相手の方が格上とあっては諦めるしかない――と考えるのが一般的なのだが、伯爵は諦めなかった。

 自領から遠く離れた王都へ何度も行き、侯爵家の屋敷を訪れて乞い願った。末娘との婚姻をどうか許してほしい、必ず幸せにしてみせますから、と。

 最初は相手にしなかった侯爵も、末娘が伯爵を慕うようになってから考えを改め、とうとう二人の婚姻を認めた。しかし無条件ではない。三年たっても今のままの貧乏貴族だったら娘を引き取るぞという脅し付きであった。

 伯爵はがむしゃらに働き、妻となった末娘も彼を支えた。
 二年後には重要な港を含む領地を任され、愛する妻は臨月を迎え……伯爵家はまるで春が来たような幸せに包まれたが、全てがうまく行ったわけではなかった。

 生まれた子供は男女の双子。どちらも妻によく似た美しい子だ。でも生まれ落ちた男児の息はなく、女児だけが助かった。

 生まれた喜びと失った悲しみで嘆く妻を抱きしめながら、伯爵は途方に暮れた。

 子供を産むことは女の義務のように考えられていて、無事に産めなかった女性は批判を受けやすい。しかもブロンテ王国は女性の爵位・領地継承を認めていないから、このまま自分が死んだとすると領地は別の貴族が引き継ぐことになってしまう。血が途絶えてしまう。

 悩んだ末、夫妻はひっそりと男児を埋葬し、ひとつの決断をした。
 男の子が生まれるまでは、娘を男として育てよう。一度は訪れてくれた命なのだから、きっとまた私たちの元へ来てくれる。娘には申し訳ないけれど、それまで辛抱してもらおう。

 二人は若かったから、また子供を授かるだろうと信じていたのだ。だけど三年たっても五年たっても子供はできず、妻を診察した侍医は言った――奥方さまは最初の出産で体を壊している。もう子供を身篭ることはできないでしょうと。

 妻は妾を迎えることを提案したが、伯爵はその申し出を受け入れられなかった。毎日のように泣いている母を気遣ったのか、幼い娘は両親の前でにっこりと笑い、力強い口調で告げた。

「大丈夫。僕が伯爵家を継いでみせるよ」

 その笑顔がどれだけ父と母を救ったことだろう。

 伯爵は娘の宣言を受けて、王都から優秀な家庭教師を呼んだ。領地経営のための本格的な授業を受けさせ、護身術もいくつか娘に合うものを傭兵に教えてもらった。

 もちろん、剣術や馬術なども並行してレッスンを受けている。それでも娘は――ルルシェは泣き言ひとつ漏らさず、教えられたことはどんどん吸収して自分のものにした。

 この子の器は予想以上に大きい。もしかしたら伯爵に留まらず、もっと偉大な人物になるかもしれない。

 伯爵にとってルルシェは自慢の息子であった。だから彼は第二王子が公爵となって領地に来た日も、ルルシェを伴って出かけたのだ。伯爵家の跡継ぎとして、いつか王家にお仕えする息子ですと紹介するために。

 イグニス王子が公爵となった日に開かれたお披露目の宴は、彼の婚約者を選ぶという秘密の目的も含まれていた。ルルシェは娘だけど男児の服装をしている。美しい髪だって後ろで一つにくくっていて、女らしい色気など皆無だ。選ばれるわけがない。

 ――と、父は思っていたのだが。

「きみ、名はなんと言う?」

 宴が始まって早々、王子はまっすぐにルルシェのもとへやってきた。彼はただ単に最も美しい子に話しかけただけだったが、周囲の大人たちは慌てた。
 広間には数十人の令嬢が集まっているというのに、王子が選んだ子は男児。しかもまだ九歳の、領地から出たこともない田舎の子供だ。十四歳の王子の相手など務まらないのでは?

「初めまして、殿下。僕はスタレートン伯爵の息子、ルルシェと申します」

 大人たちの動揺をよそに、ルルシェは落ち着き払っていた。彼女は完璧な礼で周囲の人間の目を奪い、王子の心にしっかりと印象を残した。

 翌日から王子は名指しでルルシェを公爵の城へ呼び、側近としてそばに置き始める。ルルシェが九歳の割には老成していると知った大人たちは誰も反対せず、少年は王子のお気に入りとして彼に仕えることになった。
 城の中に自室まであてがわれ、文字通り王子と寝食を共にしながら。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください

無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――

婚約破棄に応じる代わりにワンナイトした結果、婚約者の様子がおかしくなった

アマイ
恋愛
セシルには大嫌いな婚約者がいる。そして婚約者フレデリックもまたセシルを嫌い、社交界で浮名を流しては婚約破棄を迫っていた。 そんな歪な関係を続けること十年、セシルはとある事情からワンナイトを条件に婚約破棄に応じることにした。 しかし、ことに及んでからフレデリックの様子が何だかおかしい。あの……話が違うんですけど!?

初恋をこじらせた騎士軍師は、愛妻を偏愛する ~有能な頭脳が愛妻には働きません!~

如月あこ
恋愛
 宮廷使用人のメリアは男好きのする体型のせいで、日頃から貴族男性に絡まれることが多く、自分の身体を嫌っていた。  ある夜、悪辣で有名な貴族の男に王城の庭園へ追い込まれて、絶体絶命のピンチに陥る。  懸命に守ってきた純潔がついに散らされてしまう! と、恐怖に駆られるメリアを助けたのは『騎士軍師』という特別な階級を与えられている、策士として有名な男ゲオルグだった。  メリアはゲオルグの提案で、大切な人たちを守るために、彼と契約結婚をすることになるが――。    騎士軍師(40歳)×宮廷使用人(22歳)  ひたすら不器用で素直な二人の、両片想いむずむずストーリー。 ※ヒロインは、むちっとした体型(太っているわけではないが、本人は太っていると思い込んでいる)

エリート課長の脳内は想像の斜め上をいっていた

ピロ子
恋愛
飲み会に参加した後、酔い潰れていた私を押し倒していたのは社内の女子社員が憧れるエリート課長でした。 普段は冷静沈着な課長の脳内は、私には斜め上過ぎて理解不能です。 ※課長の脳内は変態です。 なとみさん主催、「#足フェチ祭り」参加作品です。完結しました。

殿下、今回も遠慮申し上げます

cyaru
恋愛
結婚目前で婚約を解消されてしまった侯爵令嬢ヴィオレッタ。 相手は平民で既に子もいると言われ、その上「側妃となって公務をしてくれ」と微笑まれる。 静かに怒り沈黙をするヴィオレッタ。反対に日を追うごとに窮地に追い込まれる王子レオン。 側近も去り、資金も尽き、事も有ろうか恋人の教育をヴィオレッタに命令をするのだった。 前半は一度目の人生です。 ※作品の都合上、うわぁと思うようなシーンがございます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

この結婚に、恋だの愛など要りません!! ~必要なのはアナタの子種だけです。

若松だんご
恋愛
「お前に期待するのは、その背後にある実家からの支援だけだ。それ以上のことを望む気はないし、余に愛されようと思うな」  新婚初夜。政略結婚の相手である、国王リオネルからそう言われたマリアローザ。  持参金目当ての結婚!? そんなの百も承知だ。だから。  「承知しております。ただし、陛下の子種。これだけは、わたくしの腹にお納めくださいませ。子を成すこと。それが、支援の条件でございますゆえ」  金がほしけりゃ子種を出してよ。そもそも愛だの恋だのほしいと思っていないわよ。  出すもの出して、とっとと子どもを授けてくださいな。

離宮に隠されるお妃様

agapē【アガペー】
恋愛
私の妃にならないか? 侯爵令嬢であるローゼリアには、婚約者がいた。第一王子のライモンド。ある日、呼び出しを受け向かった先には、女性を膝に乗せ、仲睦まじい様子のライモンドがいた。 「何故呼ばれたか・・・わかるな?」 「何故・・・理由は存じませんが」 「毎日勉強ばかりしているのに頭が悪いのだな」 ローゼリアはライモンドから婚約破棄を言い渡される。 『私の妃にならないか?妻としての役割は求めない。少しばかり政務を手伝ってくれると助かるが、後は離宮でゆっくり過ごしてくれればいい』 愛し愛される関係。そんな幸せは夢物語と諦め、ローゼリアは離宮に隠されるお妃様となった。

処理中です...