33 / 71
33 ブローチの令嬢
しおりを挟む
十日ほどたち、シーナはある貴族のお茶会に参加していた。昔から王宮図書館の司書長を務めてきたコールマン家で、ダゥゼン公爵家に対して中立的な立場を守り抜いた貴族である。司書は専門性が高く覚える知識も膨大なため、ダゥゼン公爵といえど簡単に地位を奪ったりは出来なかったらしい。
コールマン家はダゥゼン公爵につくこともない代わりに他の派閥にも属していなかったようで、今日のお茶会にもその影響が現れた。トパーズのブローチを胸元に飾った令嬢がいたのだ。派閥を気にすることなく、浅く広く招待状を出したのだろう。
シーナが開かれたドアからサロンへ入ると、ブローチの令嬢――キャスリンは眉をしかめて嫌そうな顔をした。シーナが参加するお茶会は、ダゥゼン公爵家と縁遠い貴族だけだと思っていたらしい。
今日はクレアとブリジットはいないし、供はマリベルだけだ。しばらく様子を見ようと壁ちかくに置かれた椅子に腰掛けていたら、室内の様子が徐々に変わってきた。
ダゥゼン公爵家と親しくなりたい貴族の娘はキャスリンの周囲に行き、そうでない者はシーナの近くに寄って来ようとする。
部屋のなかはほぼ二つに分かれてしまい、何となく複雑な気分だった。以前マリベルがシーナのことをシェリアンヌの対抗馬だと言っていたが、本当にそのようになってきたのだ。男性だけでなく女性の世界にも派閥というものが存在するのだと、まざまざと肌で感じる。
「どうしてコールマン家のお茶会にいらしたのかしら」
ふいに、キャスリンが不満げな口調でつぶやいた。お喋りをしていた令嬢たちが口を閉ざし、訝しげにキャスリンを見ている。
「ヴェンシュタイン公爵夫人がいらしたら、私の仕事に差し障りがあるわ。それぐらいご存知でしょうに」
仕事――シェリアンヌに命じられている、悪口のチェックだろうか。仕事と言うぐらいだから、好きでやってるわけではなさそうだ。シーナは椅子から立ち、キャスリンの方へ近寄った。他の令嬢たちが心配そうに見守っている。
「こちらに座ってもよろしいかしら?」
「い……いいです、けど」
本当はいやと断りたかったのかもしれない。キャスリンは言葉を濁しつつ、シーナが彼女の隣に座ることを許した。
「こうして二人でお喋りするのは初めてですね。王太子宮でのお茶会では、自由に話すことが出来ませんでしたから」
「……私はいつだって自由に話してます。シーナ様への悪口だって、自分で考えて口にしたんです。怒ってくださっていいですよ。何なら罰してくれても構いません」
「罰したりなんかしないわ。あなたはシェリアンヌ嬢に合わせるしかなかったんでしょう。お茶会ではあの人の悪口を言うのは禁じられていて、それをチェックして報告するのがあなた方の義務なのだと聞きました」
「義務なんかじゃ……ないわ。私が望んでやってる事です」
キャスリンの表情は暗く、本心を口にしているとは到底思えなかった。父親の仕事に影響が出るのを恐れているのだろう。いわば人質を取られているわけだ――まるでシーナとルターナのように。
「確かに悪口はだめよね。本人がいない場所で言っても何の意味もないもの。なにか変えて欲しい事があるなら、その人に直接伝えればすむことだわ。でもそれも許されないとしたら、どうすればいいのかしらね……」
「……もうやめてください。私になにを言わせたいんですか?」
キャスリンはうつむいて、シーナから視線を外した。ティーカップを握る手が震えている。
「ごめんなさい、あなたを追い詰める気はなかったの。ただキャスリン嬢の本心が知りたかったのよ。ブローチを貰った令嬢が、どんな気持ちでいるのかって……」
「私たちの気持ちなんてどうでもいい事です。嬉しかろうと悲しかろうと、やる事は同じなんだから……だったら気持ちなんか無視したほうがいい」
キャスリンが呟いた言葉はあまりにも身に覚えがあることで、シーナは胸が苦しくなった。キャスリンはぶつぶつと呟きつづける。
「シーナ様はフェラーズという領地をお持ちだから、分かりにくいでしょうけど……。私の父はただの宮廷人で、領地を持たない貴族なんです。王宮での地位がそのまま暮らしに影響します。宮廷人をクビになったからって、のんびり領地ぐらしなんて出来ないんです。……私たちの気持ちが、あなたに分かりますか? あなたが今の状況を何とか出来るっていうんですか?」
「……ごめんなさい。わたしには何も出来ないわ……」
今のシーナには、キャスリンを救ってやれるような力はない。無責任に「できる」とはとても言えなかった。シーナの本音を耳にしたキャスリンは、意外そうな顔をする。
「シーナ様は、変わってますね」
「――え? そうかしら」
「今のところ、シェリアンヌ様だったら絶対にわたくしに任せなさいと言ってますよ。あの方は、自分に出来るかどうかは気にせず簡単に約束しちゃうんです。結局は全部お父上まかせだし、自分がなにを言ったかもすぐに忘れちゃうから……私たちはいつも…………」
キャスリンはぐっと唇を噛み、悔しそうな顔で黙り込んでしまった。いつも我慢しているのだと言いたかったのかもしれない。シーナは椅子から立ち、お茶会を辞することにした。
「今日はありがとう。あなたとお喋りできて良かったわ」
「シェリアンヌ様にも……人間らしい心があればよかったのに……」
キャスリンがぼそりと呟いたひと言はシーナの胸に突き刺さった。助けてやりたいとは思うが、王宮の中で働くキャスリンの父を守ってやることなんて自分には出来ない……。シーナは悲しい気持ちのまま古城へと戻った。
コールマン家はダゥゼン公爵につくこともない代わりに他の派閥にも属していなかったようで、今日のお茶会にもその影響が現れた。トパーズのブローチを胸元に飾った令嬢がいたのだ。派閥を気にすることなく、浅く広く招待状を出したのだろう。
シーナが開かれたドアからサロンへ入ると、ブローチの令嬢――キャスリンは眉をしかめて嫌そうな顔をした。シーナが参加するお茶会は、ダゥゼン公爵家と縁遠い貴族だけだと思っていたらしい。
今日はクレアとブリジットはいないし、供はマリベルだけだ。しばらく様子を見ようと壁ちかくに置かれた椅子に腰掛けていたら、室内の様子が徐々に変わってきた。
ダゥゼン公爵家と親しくなりたい貴族の娘はキャスリンの周囲に行き、そうでない者はシーナの近くに寄って来ようとする。
部屋のなかはほぼ二つに分かれてしまい、何となく複雑な気分だった。以前マリベルがシーナのことをシェリアンヌの対抗馬だと言っていたが、本当にそのようになってきたのだ。男性だけでなく女性の世界にも派閥というものが存在するのだと、まざまざと肌で感じる。
「どうしてコールマン家のお茶会にいらしたのかしら」
ふいに、キャスリンが不満げな口調でつぶやいた。お喋りをしていた令嬢たちが口を閉ざし、訝しげにキャスリンを見ている。
「ヴェンシュタイン公爵夫人がいらしたら、私の仕事に差し障りがあるわ。それぐらいご存知でしょうに」
仕事――シェリアンヌに命じられている、悪口のチェックだろうか。仕事と言うぐらいだから、好きでやってるわけではなさそうだ。シーナは椅子から立ち、キャスリンの方へ近寄った。他の令嬢たちが心配そうに見守っている。
「こちらに座ってもよろしいかしら?」
「い……いいです、けど」
本当はいやと断りたかったのかもしれない。キャスリンは言葉を濁しつつ、シーナが彼女の隣に座ることを許した。
「こうして二人でお喋りするのは初めてですね。王太子宮でのお茶会では、自由に話すことが出来ませんでしたから」
「……私はいつだって自由に話してます。シーナ様への悪口だって、自分で考えて口にしたんです。怒ってくださっていいですよ。何なら罰してくれても構いません」
「罰したりなんかしないわ。あなたはシェリアンヌ嬢に合わせるしかなかったんでしょう。お茶会ではあの人の悪口を言うのは禁じられていて、それをチェックして報告するのがあなた方の義務なのだと聞きました」
「義務なんかじゃ……ないわ。私が望んでやってる事です」
キャスリンの表情は暗く、本心を口にしているとは到底思えなかった。父親の仕事に影響が出るのを恐れているのだろう。いわば人質を取られているわけだ――まるでシーナとルターナのように。
「確かに悪口はだめよね。本人がいない場所で言っても何の意味もないもの。なにか変えて欲しい事があるなら、その人に直接伝えればすむことだわ。でもそれも許されないとしたら、どうすればいいのかしらね……」
「……もうやめてください。私になにを言わせたいんですか?」
キャスリンはうつむいて、シーナから視線を外した。ティーカップを握る手が震えている。
「ごめんなさい、あなたを追い詰める気はなかったの。ただキャスリン嬢の本心が知りたかったのよ。ブローチを貰った令嬢が、どんな気持ちでいるのかって……」
「私たちの気持ちなんてどうでもいい事です。嬉しかろうと悲しかろうと、やる事は同じなんだから……だったら気持ちなんか無視したほうがいい」
キャスリンが呟いた言葉はあまりにも身に覚えがあることで、シーナは胸が苦しくなった。キャスリンはぶつぶつと呟きつづける。
「シーナ様はフェラーズという領地をお持ちだから、分かりにくいでしょうけど……。私の父はただの宮廷人で、領地を持たない貴族なんです。王宮での地位がそのまま暮らしに影響します。宮廷人をクビになったからって、のんびり領地ぐらしなんて出来ないんです。……私たちの気持ちが、あなたに分かりますか? あなたが今の状況を何とか出来るっていうんですか?」
「……ごめんなさい。わたしには何も出来ないわ……」
今のシーナには、キャスリンを救ってやれるような力はない。無責任に「できる」とはとても言えなかった。シーナの本音を耳にしたキャスリンは、意外そうな顔をする。
「シーナ様は、変わってますね」
「――え? そうかしら」
「今のところ、シェリアンヌ様だったら絶対にわたくしに任せなさいと言ってますよ。あの方は、自分に出来るかどうかは気にせず簡単に約束しちゃうんです。結局は全部お父上まかせだし、自分がなにを言ったかもすぐに忘れちゃうから……私たちはいつも…………」
キャスリンはぐっと唇を噛み、悔しそうな顔で黙り込んでしまった。いつも我慢しているのだと言いたかったのかもしれない。シーナは椅子から立ち、お茶会を辞することにした。
「今日はありがとう。あなたとお喋りできて良かったわ」
「シェリアンヌ様にも……人間らしい心があればよかったのに……」
キャスリンがぼそりと呟いたひと言はシーナの胸に突き刺さった。助けてやりたいとは思うが、王宮の中で働くキャスリンの父を守ってやることなんて自分には出来ない……。シーナは悲しい気持ちのまま古城へと戻った。
0
あなたにおすすめの小説
白い結婚の行方
宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」
そう告げられたのは、まだ十二歳だった。
名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。
愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。
この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。
冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。
誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。
結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。
これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。
偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。
交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。
真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。
──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?
離婚した彼女は死ぬことにした
はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
私は既にフラれましたので。
椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…?
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです
MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。
しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。
フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。
クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。
ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。
番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。
ご感想ありがとうございます!!
誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。
小説家になろう様に掲載済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる