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36 責任
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バザーを荒らした男たちは捕らえられたが、何の目的で荒らしたのかと問うと「金をやるから荒らせと頼まれたんだ」とぶっきら棒に答えた。しかし誰に頼まれたのか尋問すると、夜だったし、相手は仮面を付けていたのでよく分からないと言葉をにごす。
ただ一つ手がかりとなりそうなのは、依頼してきた身なりのいい男の口元にホクロがあった事だった。仮面は鼻から上を隠す大きさだったため、暗がりでも依頼者の口元だけは見えたらしい。
レクオンは騎士に命じて、バザーを荒らした男たちが証言した特徴をもつ貴族を古城へ呼びつけた。国内中の貴族であればかなりの人数になっただろうが、王都に暮らし尚且つ口元に一つだけホクロがある男性はそこまで多くはない。
室内に衝立を置いて荒らした男たちを隠し、呼びつけた貴族を一人ずつ喋らせる。しばらくは無反応だった男たちも、ある貴族が言葉を発した瞬間に「こいつだ」と叫んだ。
「この声で間違いねえ! オレ達にバザーを荒らして来いと言ったのはこいつだぜ!」
指差された貴族は青ざめ、部屋の中央でぶるぶると震えている。古城へ呼び出された時から罪の意識があったのか、彼は抵抗することもなく捕らえられた。依頼者は――キャスリンの父、マーカムだった。
尋問や調査をすべてレクオンに任せていたシーナは、犯人がキャスリンの父親と聞いて慌てて執務室へ駆けこんだ。すでに彼らは王宮の牢へ送られた後だったが、どうしてマーカムがそんな事をする羽目になったのかシーナには分かる。
レクオンに説明しなければ――シーナは執務をしていた彼に頼み込んだ。
「キャスリンのお父さまを、助けて頂くわけにはいきませんか?」
「なんだと? 何故そんな事を頼むんだ。バザーを荒らすように男たちへ依頼したのはマーカム卿だったんだぞ。きみだって、せっかくのバザーを荒らされて嫌だっただろう」
「嫌でしたけど……。でもマーカム卿がそんな事をしたのは、わたしにも責任があると思うんです」
「――どういう事だ?」
レクオンは眉をひそめて訝しげにシーナを見たが、お茶会での出来事を話していなかったのだから彼が不審がるのは当然である。
シーナはコールマン家でのお茶会でなにがあったか、全てレクオンに話して聞かせた。恐らくあの場にいた令嬢の誰かが、キャスリンがこんな事を言っていたとシェリアンヌに報告したのだろう。それがダゥゼン公爵の耳に入り、マーカムを追い詰めてしまう結果となった。マーカムは娘の失態を尻拭いするために、危険な仕事をさせられたのだ。
(わたしがキャスリンに話しかけたりしなければ、彼女だってあんな事を言わずにすんだかもしれない……)
あの場でキャスリンの本心を聞き出したのはシーナである。公爵夫人という肩書きでプレッシャーを与えたのかもと考えると、責任を感じずにはいられない。
しばらくシーナの話を聞いていたレクオンは、ようやく理解できたというように頷いた。
「……なるほどな。シェリアンヌの取り巻きたちには、そんな役目があったのか。すぐにはマーカムを牢から出してやれないだろうが、その後はダゥゼン公爵に関係のない部署に入れるよう調整しておこう」
「ありがとうございます」
シーナは心から安堵してレクオンに頭を下げた。シーナ自身はキャスリンのために何もしてやれないが、レクオンに頼み込むという方法なら便宜をはかることも可能なのだ。改めて公爵夫人という存在の凄みを感じる。
二週間ほどたった頃、レクオンからその後どうなったかを教えてもらった。マーカムはダゥゼン公爵から離れ、他の大臣の配下となって真面目に働いているらしい。
しかししばらくは罪を償うために給金の半分を返納することになったため、娘のキャスリンも女官として王宮で働きはじめたとの事だった。
「キャスリンはきみに感謝し、お礼を伝えてほしいと言っていたそうだ」
夜になって城主の部屋へ戻ると、レクオンはシーナの髪を褒めるように撫でる。でも自分は決して褒められるような事はしていない。
「お礼なんて……。元はわたしが軽はずみな事をしたせいで、キャスリン達を追い詰めちゃったんですから……」
「そうかも知れないが、キャスリンはやっと自由になれたと喜んでいたらしいぞ。彼女はもうトパーズのブローチを取り上げられたようだが、ずっと重たくて外したかったのだと言ったようだ」
キャスリンから没収されたトパーズのブローチは、シェリアンヌに密告した令嬢の手に渡った。令嬢たちも自分の父親と家を守るために必死なのだろうが、これでは堂々巡りだ。今の状況では誰も幸せになんかなれないだろう。
シェリアンヌがあくどい事をしているのは事実なのに、それを指摘したら排除されるなんてどう考えてもおかしい。今夜こそ、レクオンに何とか出来ないかと相談するべきだ――シーナはこくりと喉をならした。
ただ一つ手がかりとなりそうなのは、依頼してきた身なりのいい男の口元にホクロがあった事だった。仮面は鼻から上を隠す大きさだったため、暗がりでも依頼者の口元だけは見えたらしい。
レクオンは騎士に命じて、バザーを荒らした男たちが証言した特徴をもつ貴族を古城へ呼びつけた。国内中の貴族であればかなりの人数になっただろうが、王都に暮らし尚且つ口元に一つだけホクロがある男性はそこまで多くはない。
室内に衝立を置いて荒らした男たちを隠し、呼びつけた貴族を一人ずつ喋らせる。しばらくは無反応だった男たちも、ある貴族が言葉を発した瞬間に「こいつだ」と叫んだ。
「この声で間違いねえ! オレ達にバザーを荒らして来いと言ったのはこいつだぜ!」
指差された貴族は青ざめ、部屋の中央でぶるぶると震えている。古城へ呼び出された時から罪の意識があったのか、彼は抵抗することもなく捕らえられた。依頼者は――キャスリンの父、マーカムだった。
尋問や調査をすべてレクオンに任せていたシーナは、犯人がキャスリンの父親と聞いて慌てて執務室へ駆けこんだ。すでに彼らは王宮の牢へ送られた後だったが、どうしてマーカムがそんな事をする羽目になったのかシーナには分かる。
レクオンに説明しなければ――シーナは執務をしていた彼に頼み込んだ。
「キャスリンのお父さまを、助けて頂くわけにはいきませんか?」
「なんだと? 何故そんな事を頼むんだ。バザーを荒らすように男たちへ依頼したのはマーカム卿だったんだぞ。きみだって、せっかくのバザーを荒らされて嫌だっただろう」
「嫌でしたけど……。でもマーカム卿がそんな事をしたのは、わたしにも責任があると思うんです」
「――どういう事だ?」
レクオンは眉をひそめて訝しげにシーナを見たが、お茶会での出来事を話していなかったのだから彼が不審がるのは当然である。
シーナはコールマン家でのお茶会でなにがあったか、全てレクオンに話して聞かせた。恐らくあの場にいた令嬢の誰かが、キャスリンがこんな事を言っていたとシェリアンヌに報告したのだろう。それがダゥゼン公爵の耳に入り、マーカムを追い詰めてしまう結果となった。マーカムは娘の失態を尻拭いするために、危険な仕事をさせられたのだ。
(わたしがキャスリンに話しかけたりしなければ、彼女だってあんな事を言わずにすんだかもしれない……)
あの場でキャスリンの本心を聞き出したのはシーナである。公爵夫人という肩書きでプレッシャーを与えたのかもと考えると、責任を感じずにはいられない。
しばらくシーナの話を聞いていたレクオンは、ようやく理解できたというように頷いた。
「……なるほどな。シェリアンヌの取り巻きたちには、そんな役目があったのか。すぐにはマーカムを牢から出してやれないだろうが、その後はダゥゼン公爵に関係のない部署に入れるよう調整しておこう」
「ありがとうございます」
シーナは心から安堵してレクオンに頭を下げた。シーナ自身はキャスリンのために何もしてやれないが、レクオンに頼み込むという方法なら便宜をはかることも可能なのだ。改めて公爵夫人という存在の凄みを感じる。
二週間ほどたった頃、レクオンからその後どうなったかを教えてもらった。マーカムはダゥゼン公爵から離れ、他の大臣の配下となって真面目に働いているらしい。
しかししばらくは罪を償うために給金の半分を返納することになったため、娘のキャスリンも女官として王宮で働きはじめたとの事だった。
「キャスリンはきみに感謝し、お礼を伝えてほしいと言っていたそうだ」
夜になって城主の部屋へ戻ると、レクオンはシーナの髪を褒めるように撫でる。でも自分は決して褒められるような事はしていない。
「お礼なんて……。元はわたしが軽はずみな事をしたせいで、キャスリン達を追い詰めちゃったんですから……」
「そうかも知れないが、キャスリンはやっと自由になれたと喜んでいたらしいぞ。彼女はもうトパーズのブローチを取り上げられたようだが、ずっと重たくて外したかったのだと言ったようだ」
キャスリンから没収されたトパーズのブローチは、シェリアンヌに密告した令嬢の手に渡った。令嬢たちも自分の父親と家を守るために必死なのだろうが、これでは堂々巡りだ。今の状況では誰も幸せになんかなれないだろう。
シェリアンヌがあくどい事をしているのは事実なのに、それを指摘したら排除されるなんてどう考えてもおかしい。今夜こそ、レクオンに何とか出来ないかと相談するべきだ――シーナはこくりと喉をならした。
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