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67 最後のあがき2
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二人の予想は見事に的中し、イザイアスは眉ひとつ動かすことなく「却下だ」と告げた。こうなるとシェリアンヌが諦めて出てくるのを待つしかない。飢えて死なせるわけにもいかず、仕方なく食事の差し入れもおこなうことになった。
特注のドアには小さな窓が付いていて、食事を乗せたトレイぐらいなら入るのだ。動物でも飼う気だったのか、あるいは部屋に篭る目的があったのかどうかは謎だが、いっそ窓さえなければ飢えて部屋から出たのかもしれないと思うとさらに恨みがつのる。
シェリアンヌは一週間たっても部屋に立てこもっており、古城で待つシーナは不安だった。彼女が部屋へ篭って以来、レクオンも対処のため王宮に残ったままなのだ。せっかく戦争を回避できたというのに、これ以上レクオンを苦しめる真似をしないでほしい。
(シェリアンヌは、わたしにかなり執着しているから……わたしが会いに行けば部屋に入れるかも知れない)
自分がシェリアンヌにとってどれだけ目障りなのかは熟知している。シーナのためにわざわざ歓迎のお茶会を開き、キャスリンの父を使ってバザーの邪魔をし、呪いが込められた贈り物をしつこく送ってくれたぐらいだ。
たとえシェリアンヌが王太子妃になったとしても、シーナという妃がいる限り彼女は苛立ちを抑えられないだろう。シーナは椅子から立ち、マリベルに出かけると告げた。
「どこへ行くの?」
「王宮へ行くわ。わたしだったら、シェリアンヌを誘い出せるかもしれない……。レクオン様に話を持ちかけてみようと思うの」
「……そうね。シェリアンヌ様はかなりシーナに嫉妬してるから、可能かもしれないわ。でもそれだけに、何をされるか分からないわよ?」
「うん、分かってる。それでも何もしないよりましでしょ。シェリアンヌが自分から諦めるとは思えないもの」
マリベルはとまどった様子だったが、結局はシーナの希望どおりに王宮へ付き添ってくれた。ダゥゼン公爵がいなくなった王宮は穏やかで、シェリアンヌが立て篭もっているとは思えないほどだ。クレアの父オーランドが宰相の任を受けたようだから、権力のバランスも変わってきたのだろう。
しかし王太子宮に足を踏み入れた途端、急に空気が重くなったように感じた。すれ違う騎士たちは疲れた顔をしているし、女官たちもストレスをため込んだ様子である。
シェリアンヌが閉じこもる部屋のそばで騎士とレクオンがなにやら話していたが、シーナの姿を見た夫はぎょっと目を見張った。
「シーナ? どうした、なにか急用か?」
「いいえ。わたしはただ、仕事をしに来たんです」
シーナは腕にメイド服を持っていた。妻の様子にレクオンは一瞬だけ首をひねったが、まさかと声を震わせる。
「ま、まさか……きみがメイドになって、シェリアンヌに会うなんて言うんじゃないだろうな?」
レクオンは聡い。こちらから何も言わずとも理解してもらえるのは有難いが、シーナが何か言い出す前に彼は駄目だとかぶりを振った。
「そんな危険な目には会わせられない! シェリアンヌは部屋に護身用の短剣を隠していたんだぞ。きみに切りつけるぐらいの事はするだろう」
「でも今のままじゃ、シェリアンヌ嬢の粘り勝ちになってしまうと思います。騎士の方だって、女官のひと達だって疲れきってるじゃありませんか。このまま粘ればいずれ自分が勝てると知ってるんですよ」
「しかし……」
「シェリアンヌ嬢が部屋に招き入れるとしたら、わたししかあり得ません。大丈夫です、わたしは義父の鞭を見てきたんですよ? あれに比べたら、シェリアンヌ嬢の短剣なんてどうという事はありません。レクオン様、お願いです。わたしに任せてください」
レクオンはしばらく目を閉じて考えていたが、やがて長いため息をついた。さすがのレクオンも、妙案は思い浮かばなかったらしい。かなり無念そうな顔だ。
「――分かった。何が起こっても大丈夫なように対処しておく。危険を感じたらすぐにでも俺を呼ぶんだぞ? きみも服のなかに短剣を隠して部屋に入るんだ」
「ええ、分かりました。お任せください」
シーナは別室でメイド服に着替え、食事の時間が来るのを待った。普段は女官がドアの窓から差し入れているようだが、彼女たちの代わりにシーナが食事のトレイを持ってドアの前に立つ。
「お食事ですよ、シェリアンヌ嬢」
女官たちはシェリアンヌのことを様付けで呼んでいた事だろう。しかしシーナはわざと様は付けなかった。シェリアンヌなら、シーナの声だとすぐに分かったはずだ。
膝の高さにある小さな窓から食事をさし出すと、引きずり込まれるような早さでトレイが消えた。そして、向こう側からダークブラウンの瞳が覗く。メイド服のシーナを見たシェリアンヌはこらえ切れず笑い出した。
「あっははは! なぁに、その格好は! さすが卑しい血を引くシーナ様ね、普通の令嬢ならそんな服は耐えられないわよ?」
「あなたなら喜ぶだろうと思ったわ。ねぇシェリアンヌ嬢、わたしと少し話をしない? ドアの周りにはわたし以外誰もいないわ」
シーナをこの世から消したいと願うシェリアンヌにとって、今は絶好の機会である。必ず乗ってくるはずだ――シーナはじりじりとした気分でシェリアンヌの返答を待ったが、やがてカチャリと鍵が開く音がした。
特注のドアには小さな窓が付いていて、食事を乗せたトレイぐらいなら入るのだ。動物でも飼う気だったのか、あるいは部屋に篭る目的があったのかどうかは謎だが、いっそ窓さえなければ飢えて部屋から出たのかもしれないと思うとさらに恨みがつのる。
シェリアンヌは一週間たっても部屋に立てこもっており、古城で待つシーナは不安だった。彼女が部屋へ篭って以来、レクオンも対処のため王宮に残ったままなのだ。せっかく戦争を回避できたというのに、これ以上レクオンを苦しめる真似をしないでほしい。
(シェリアンヌは、わたしにかなり執着しているから……わたしが会いに行けば部屋に入れるかも知れない)
自分がシェリアンヌにとってどれだけ目障りなのかは熟知している。シーナのためにわざわざ歓迎のお茶会を開き、キャスリンの父を使ってバザーの邪魔をし、呪いが込められた贈り物をしつこく送ってくれたぐらいだ。
たとえシェリアンヌが王太子妃になったとしても、シーナという妃がいる限り彼女は苛立ちを抑えられないだろう。シーナは椅子から立ち、マリベルに出かけると告げた。
「どこへ行くの?」
「王宮へ行くわ。わたしだったら、シェリアンヌを誘い出せるかもしれない……。レクオン様に話を持ちかけてみようと思うの」
「……そうね。シェリアンヌ様はかなりシーナに嫉妬してるから、可能かもしれないわ。でもそれだけに、何をされるか分からないわよ?」
「うん、分かってる。それでも何もしないよりましでしょ。シェリアンヌが自分から諦めるとは思えないもの」
マリベルはとまどった様子だったが、結局はシーナの希望どおりに王宮へ付き添ってくれた。ダゥゼン公爵がいなくなった王宮は穏やかで、シェリアンヌが立て篭もっているとは思えないほどだ。クレアの父オーランドが宰相の任を受けたようだから、権力のバランスも変わってきたのだろう。
しかし王太子宮に足を踏み入れた途端、急に空気が重くなったように感じた。すれ違う騎士たちは疲れた顔をしているし、女官たちもストレスをため込んだ様子である。
シェリアンヌが閉じこもる部屋のそばで騎士とレクオンがなにやら話していたが、シーナの姿を見た夫はぎょっと目を見張った。
「シーナ? どうした、なにか急用か?」
「いいえ。わたしはただ、仕事をしに来たんです」
シーナは腕にメイド服を持っていた。妻の様子にレクオンは一瞬だけ首をひねったが、まさかと声を震わせる。
「ま、まさか……きみがメイドになって、シェリアンヌに会うなんて言うんじゃないだろうな?」
レクオンは聡い。こちらから何も言わずとも理解してもらえるのは有難いが、シーナが何か言い出す前に彼は駄目だとかぶりを振った。
「そんな危険な目には会わせられない! シェリアンヌは部屋に護身用の短剣を隠していたんだぞ。きみに切りつけるぐらいの事はするだろう」
「でも今のままじゃ、シェリアンヌ嬢の粘り勝ちになってしまうと思います。騎士の方だって、女官のひと達だって疲れきってるじゃありませんか。このまま粘ればいずれ自分が勝てると知ってるんですよ」
「しかし……」
「シェリアンヌ嬢が部屋に招き入れるとしたら、わたししかあり得ません。大丈夫です、わたしは義父の鞭を見てきたんですよ? あれに比べたら、シェリアンヌ嬢の短剣なんてどうという事はありません。レクオン様、お願いです。わたしに任せてください」
レクオンはしばらく目を閉じて考えていたが、やがて長いため息をついた。さすがのレクオンも、妙案は思い浮かばなかったらしい。かなり無念そうな顔だ。
「――分かった。何が起こっても大丈夫なように対処しておく。危険を感じたらすぐにでも俺を呼ぶんだぞ? きみも服のなかに短剣を隠して部屋に入るんだ」
「ええ、分かりました。お任せください」
シーナは別室でメイド服に着替え、食事の時間が来るのを待った。普段は女官がドアの窓から差し入れているようだが、彼女たちの代わりにシーナが食事のトレイを持ってドアの前に立つ。
「お食事ですよ、シェリアンヌ嬢」
女官たちはシェリアンヌのことを様付けで呼んでいた事だろう。しかしシーナはわざと様は付けなかった。シェリアンヌなら、シーナの声だとすぐに分かったはずだ。
膝の高さにある小さな窓から食事をさし出すと、引きずり込まれるような早さでトレイが消えた。そして、向こう側からダークブラウンの瞳が覗く。メイド服のシーナを見たシェリアンヌはこらえ切れず笑い出した。
「あっははは! なぁに、その格好は! さすが卑しい血を引くシーナ様ね、普通の令嬢ならそんな服は耐えられないわよ?」
「あなたなら喜ぶだろうと思ったわ。ねぇシェリアンヌ嬢、わたしと少し話をしない? ドアの周りにはわたし以外誰もいないわ」
シーナをこの世から消したいと願うシェリアンヌにとって、今は絶好の機会である。必ず乗ってくるはずだ――シーナはじりじりとした気分でシェリアンヌの返答を待ったが、やがてカチャリと鍵が開く音がした。
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