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8 皇子さまは意外と……
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数日後、ガントさん達による石鹸作りが始まった。
オリーブオイルや蜜蝋などの材料は全て揃っているので後はレシピ通りに作業するだけだが、慣れるまでは大変そうだった。彼らはチームワーク抜群で、火の扱いが得意な者は石鹸作り、そして屋外での作業が好きな者にオリーブの世話を任せることにしたらしい。
何日か経つとコツを掴んだのか、型入れや型だしも簡単に出来るようになったようだ。出来上がった石鹸は私が試し、肌に異常が出ないのを確認してから市場に出した。
手頃な値段にしたためか飛ぶように売れた。今まで灰汁だけで洗っていた町民たちから大変な好評を受け、ガントさん達もうれしそうだった。
オリーブ農園の担当になった人々は苗の買い付けにも同行し、最適な肥料や土作り、水のやり方などを学ぶ。やる事が出来たという喜びのためか、彼らの目はキラキラと輝いているようだった。
で、私はというと。
相変わらずメイドに化けて洗濯場や炊事場に潜りこんでいる。
難民の人達は結束が固いし、ガントさんを中心としてルールや勤務体制までしっかり決めたようだ。もう任せても大丈夫だろう。
洗濯場に混ざってシーツを洗いながら、回りにいる先輩メイドさんとお喋り。
「新しい石鹸が入ったんですね。使い心地はどうですか?」
「なかなかいいわよ。今まで使ってたのより安いし、しかもちゃんと汚れは落ちるしね」
ふふふ、そうでしょう。
一つの製品が市場を独占してると、品質は向上しないのよ。
「でもちょっと、物足りないのよねぇ」
「えっ。物足りないですか?」
「食器とか洗濯物を洗う時はいいんだけど、お風呂の時にね。なんかこう、花のような香りがあったらな~と思うんだけど」
「やっぱりそうなんだ!!」
「えっ!? 急になんだい?」
「あっすみません。そうですね、香りがあった方がいいですよね」
私もロイツにいた頃はお風呂の時だけ香り付きの石鹸を使っていた。
どこの国でも、女性にとっては香りって重要なポイントなのね。
「香りつきの石鹸があったとして、値段が少し高くても買います?」
「お風呂用だけ高いのを使うってんなら、ひと月に数個あれば充分でしょ。女の人なら買いたくなると思うわ」
「なるほど」
これはいい事を聞いたわ。
すぐにでも、精油を作る用意をしなくては……!
夕方まで働き、いつものように壁の前に戻った。でもなぜか窓が開けっ放しで、命綱も垂らしたままになっている。
カリエに何かあったんだろうか?
私は不安になり、急いで壁をよじ登った。
「カリエ? いないの?」
「遅かったな」
「!? でっ殿下!?」
なぜか部屋の中央あたりにフェリオス皇子が立っている。髪も瞳も衣装まで黒いので、まるで影が集まって人の形になったかのようだ。人間離れした冷ややかな美貌のせいで尚さら怖い。
なんで?
今さら何の用事で来たの!?
皇子は呆然とする私の横を通り過ぎ、窓の外へ視線を向けた。
「大したものだ。こんな垂直に近い壁を登るとは……。あなたは本当に巫女姫なのか?」
「巫女姫ですわ! カリエ――侍女を知りませんか? 部屋にいたはずなのに」
「あなたの侍女は下がらせた。隣の部屋にいる」
フェリオスはゆっくりと私に近づき、顎に指をかけて顔を上向かせた。深い穴のような黒い瞳が、私を覗き込んでいる。
うう、苦しい。
身長差がありすぎて苦しい!
ほとんど仰け反るような体勢が苦しくて、フェリオスの腕にしがみ付く。鍛えられた彼の腕は硬く、ぎゅっと握ってもびくともしない。
私ここで死ぬかも。
「何をしに外へ出た? 祖国へ帰る準備でもしているのか?」
「そんな事、してませんわ……! でも、殿下が来てくださるなんて、意外です」
「意外?」
「殿下は、私に興味がないのだと、思っていました。だから、私が何をしても気にしないだろうと」
「…………」
ようやく顎が解放され、ほっと息をつく。
こ、怖かった……!
人生終わるかと思った。
「外で何をしていたのか教えてくれ。理由に納得できれば、あなたの部屋は別の場所に移そう」
「ほっ本当ですか!?」
「ああ。婚約者が命がけで壁を登り降りするのは見たくない」
「…………。私が外に出ていたのは、メイドに混ざってあなたの情報を集めるためです。婚約者になったけれど、あなたの事をほとんど知らないので。使用人たちのほうが、本音を聞かせてくれるだろうと思ったのです」
「それで、何か分かったか?」
「殿下には、とても大切な妹姫がいるという事が分かりました。…………勝手に調べてごめんなさい」
フェリオスに向かってぺこりと頭を下げる。
こんなんじゃ許してもらえないかもな……。
いま死んだら、また生まれ変わってくり返すのかしら。
「……分かった。あなたの部屋は、もっと下の階に移そう」
「えっ? い、今ので納得して頂けたんですか?」
「あなたが外へ出たくなる理由を作ったのは俺だ。ほったらかしにしてすまなかった。次はバルコニー付きの部屋にするから、手すりにロープでも結んで出入りすればいいだろう」
「あ、ありがとうございます…………」
ええぇ、意外。
部屋を移してくれる上に、脱出もお咎めなしなんだ!
「なんだ、その顔は?」
「いえ、ちょっと……。殿下はもっと怖い人だと思っておりましたので」
「俺は努力を怠らない者は好きだ。あなたはよく頑張っている。ほら、これを見ろ」
フェリオスは手に持っていた書類を私に見せた。
項目の横に数字がずらりと並んでいる。
「私が提出した売り上げの集計ですね。下の数字は何でしょう?」
「ハートン内で起こった犯罪件数。難民たちの中にも窃盗を働く者はいるが、仕事が始まってから激減している。あなたのお陰だ。……ありがとう」
フェリオス皇子はふっと笑い、私の頭をクシャクシャと撫でた。
うわあああ。
笑うとこ初めて見た!
笑顔を見るまでに、一ヶ月かかったわ!
何度か撫でて満足したのか、皇子は部屋から出て行った。
「もう、なんなの……」
頭がぼさぼさのままつぶやく。
危なかった……。
美形の優しそうな微笑みはヤバイ!
精神年齢がお婆ちゃんの私でなければ、コロッと落ちていたことだろう。
「姫様! ご無事でしたか?」
「あっカリエ! あなたこそ無事でよかったわ」
隣室からカリエも戻ってきたし、一安心だ。
私はロイツから持ってきた荷物をあさり、一つの箱を取り出した。
「調整なさるのですか?」
「ええ。音が狂ってないといいのだけど……」
長年お世話になった楽器を優しく撫でる。
フェリオスの鍵となるのは、恐らく妹姫だろう。
九歳の女の子なら楽器に興味を持ってもらえるかもしれない。
今はこれに賭けてみよう。
オリーブオイルや蜜蝋などの材料は全て揃っているので後はレシピ通りに作業するだけだが、慣れるまでは大変そうだった。彼らはチームワーク抜群で、火の扱いが得意な者は石鹸作り、そして屋外での作業が好きな者にオリーブの世話を任せることにしたらしい。
何日か経つとコツを掴んだのか、型入れや型だしも簡単に出来るようになったようだ。出来上がった石鹸は私が試し、肌に異常が出ないのを確認してから市場に出した。
手頃な値段にしたためか飛ぶように売れた。今まで灰汁だけで洗っていた町民たちから大変な好評を受け、ガントさん達もうれしそうだった。
オリーブ農園の担当になった人々は苗の買い付けにも同行し、最適な肥料や土作り、水のやり方などを学ぶ。やる事が出来たという喜びのためか、彼らの目はキラキラと輝いているようだった。
で、私はというと。
相変わらずメイドに化けて洗濯場や炊事場に潜りこんでいる。
難民の人達は結束が固いし、ガントさんを中心としてルールや勤務体制までしっかり決めたようだ。もう任せても大丈夫だろう。
洗濯場に混ざってシーツを洗いながら、回りにいる先輩メイドさんとお喋り。
「新しい石鹸が入ったんですね。使い心地はどうですか?」
「なかなかいいわよ。今まで使ってたのより安いし、しかもちゃんと汚れは落ちるしね」
ふふふ、そうでしょう。
一つの製品が市場を独占してると、品質は向上しないのよ。
「でもちょっと、物足りないのよねぇ」
「えっ。物足りないですか?」
「食器とか洗濯物を洗う時はいいんだけど、お風呂の時にね。なんかこう、花のような香りがあったらな~と思うんだけど」
「やっぱりそうなんだ!!」
「えっ!? 急になんだい?」
「あっすみません。そうですね、香りがあった方がいいですよね」
私もロイツにいた頃はお風呂の時だけ香り付きの石鹸を使っていた。
どこの国でも、女性にとっては香りって重要なポイントなのね。
「香りつきの石鹸があったとして、値段が少し高くても買います?」
「お風呂用だけ高いのを使うってんなら、ひと月に数個あれば充分でしょ。女の人なら買いたくなると思うわ」
「なるほど」
これはいい事を聞いたわ。
すぐにでも、精油を作る用意をしなくては……!
夕方まで働き、いつものように壁の前に戻った。でもなぜか窓が開けっ放しで、命綱も垂らしたままになっている。
カリエに何かあったんだろうか?
私は不安になり、急いで壁をよじ登った。
「カリエ? いないの?」
「遅かったな」
「!? でっ殿下!?」
なぜか部屋の中央あたりにフェリオス皇子が立っている。髪も瞳も衣装まで黒いので、まるで影が集まって人の形になったかのようだ。人間離れした冷ややかな美貌のせいで尚さら怖い。
なんで?
今さら何の用事で来たの!?
皇子は呆然とする私の横を通り過ぎ、窓の外へ視線を向けた。
「大したものだ。こんな垂直に近い壁を登るとは……。あなたは本当に巫女姫なのか?」
「巫女姫ですわ! カリエ――侍女を知りませんか? 部屋にいたはずなのに」
「あなたの侍女は下がらせた。隣の部屋にいる」
フェリオスはゆっくりと私に近づき、顎に指をかけて顔を上向かせた。深い穴のような黒い瞳が、私を覗き込んでいる。
うう、苦しい。
身長差がありすぎて苦しい!
ほとんど仰け反るような体勢が苦しくて、フェリオスの腕にしがみ付く。鍛えられた彼の腕は硬く、ぎゅっと握ってもびくともしない。
私ここで死ぬかも。
「何をしに外へ出た? 祖国へ帰る準備でもしているのか?」
「そんな事、してませんわ……! でも、殿下が来てくださるなんて、意外です」
「意外?」
「殿下は、私に興味がないのだと、思っていました。だから、私が何をしても気にしないだろうと」
「…………」
ようやく顎が解放され、ほっと息をつく。
こ、怖かった……!
人生終わるかと思った。
「外で何をしていたのか教えてくれ。理由に納得できれば、あなたの部屋は別の場所に移そう」
「ほっ本当ですか!?」
「ああ。婚約者が命がけで壁を登り降りするのは見たくない」
「…………。私が外に出ていたのは、メイドに混ざってあなたの情報を集めるためです。婚約者になったけれど、あなたの事をほとんど知らないので。使用人たちのほうが、本音を聞かせてくれるだろうと思ったのです」
「それで、何か分かったか?」
「殿下には、とても大切な妹姫がいるという事が分かりました。…………勝手に調べてごめんなさい」
フェリオスに向かってぺこりと頭を下げる。
こんなんじゃ許してもらえないかもな……。
いま死んだら、また生まれ変わってくり返すのかしら。
「……分かった。あなたの部屋は、もっと下の階に移そう」
「えっ? い、今ので納得して頂けたんですか?」
「あなたが外へ出たくなる理由を作ったのは俺だ。ほったらかしにしてすまなかった。次はバルコニー付きの部屋にするから、手すりにロープでも結んで出入りすればいいだろう」
「あ、ありがとうございます…………」
ええぇ、意外。
部屋を移してくれる上に、脱出もお咎めなしなんだ!
「なんだ、その顔は?」
「いえ、ちょっと……。殿下はもっと怖い人だと思っておりましたので」
「俺は努力を怠らない者は好きだ。あなたはよく頑張っている。ほら、これを見ろ」
フェリオスは手に持っていた書類を私に見せた。
項目の横に数字がずらりと並んでいる。
「私が提出した売り上げの集計ですね。下の数字は何でしょう?」
「ハートン内で起こった犯罪件数。難民たちの中にも窃盗を働く者はいるが、仕事が始まってから激減している。あなたのお陰だ。……ありがとう」
フェリオス皇子はふっと笑い、私の頭をクシャクシャと撫でた。
うわあああ。
笑うとこ初めて見た!
笑顔を見るまでに、一ヶ月かかったわ!
何度か撫でて満足したのか、皇子は部屋から出て行った。
「もう、なんなの……」
頭がぼさぼさのままつぶやく。
危なかった……。
美形の優しそうな微笑みはヤバイ!
精神年齢がお婆ちゃんの私でなければ、コロッと落ちていたことだろう。
「姫様! ご無事でしたか?」
「あっカリエ! あなたこそ無事でよかったわ」
隣室からカリエも戻ってきたし、一安心だ。
私はロイツから持ってきた荷物をあさり、一つの箱を取り出した。
「調整なさるのですか?」
「ええ。音が狂ってないといいのだけど……」
長年お世話になった楽器を優しく撫でる。
フェリオスの鍵となるのは、恐らく妹姫だろう。
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今はこれに賭けてみよう。
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