四回目の人生は、お飾りの妃。でも冷酷な夫(予定)の様子が変わってきてます。

千堂みくま

文字の大きさ
8 / 52

8 皇子さまは意外と……

しおりを挟む
 数日後、ガントさん達による石鹸作りが始まった。

 オリーブオイルや蜜蝋などの材料は全て揃っているので後はレシピ通りに作業するだけだが、慣れるまでは大変そうだった。彼らはチームワーク抜群で、火の扱いが得意な者は石鹸作り、そして屋外での作業が好きな者にオリーブの世話を任せることにしたらしい。

 何日か経つとコツを掴んだのか、型入れや型だしも簡単に出来るようになったようだ。出来上がった石鹸は私が試し、肌に異常が出ないのを確認してから市場に出した。

 手頃な値段にしたためか飛ぶように売れた。今まで灰汁だけで洗っていた町民たちから大変な好評を受け、ガントさん達もうれしそうだった。

 オリーブ農園の担当になった人々は苗の買い付けにも同行し、最適な肥料や土作り、水のやり方などを学ぶ。やる事が出来たという喜びのためか、彼らの目はキラキラと輝いているようだった。




 で、私はというと。

 相変わらずメイドに化けて洗濯場や炊事場に潜りこんでいる。
 難民の人達は結束が固いし、ガントさんを中心としてルールや勤務体制までしっかり決めたようだ。もう任せても大丈夫だろう。

 洗濯場に混ざってシーツを洗いながら、回りにいる先輩メイドさんとお喋り。

「新しい石鹸が入ったんですね。使い心地はどうですか?」

「なかなかいいわよ。今まで使ってたのより安いし、しかもちゃんと汚れは落ちるしね」

 ふふふ、そうでしょう。
 一つの製品が市場を独占してると、品質は向上しないのよ。

「でもちょっと、物足りないのよねぇ」

「えっ。物足りないですか?」

「食器とか洗濯物を洗う時はいいんだけど、お風呂の時にね。なんかこう、花のような香りがあったらな~と思うんだけど」

「やっぱりそうなんだ!!」

「えっ!? 急になんだい?」

「あっすみません。そうですね、香りがあった方がいいですよね」

 私もロイツにいた頃はお風呂の時だけ香り付きの石鹸を使っていた。
 どこの国でも、女性にとっては香りって重要なポイントなのね。

「香りつきの石鹸があったとして、値段が少し高くても買います?」

「お風呂用だけ高いのを使うってんなら、ひと月に数個あれば充分でしょ。女の人なら買いたくなると思うわ」

「なるほど」

 これはいい事を聞いたわ。
 すぐにでも、精油を作る用意をしなくては……!

 夕方まで働き、いつものように壁の前に戻った。でもなぜか窓が開けっ放しで、命綱も垂らしたままになっている。

 カリエに何かあったんだろうか?
 私は不安になり、急いで壁をよじ登った。

「カリエ? いないの?」

「遅かったな」

「!? でっ殿下!?」

 なぜか部屋の中央あたりにフェリオス皇子が立っている。髪も瞳も衣装まで黒いので、まるで影が集まって人の形になったかのようだ。人間離れした冷ややかな美貌のせいで尚さら怖い。

 なんで?
 今さら何の用事で来たの!?

 皇子は呆然とする私の横を通り過ぎ、窓の外へ視線を向けた。

「大したものだ。こんな垂直に近い壁を登るとは……。あなたは本当に巫女姫なのか?」

「巫女姫ですわ! カリエ――侍女を知りませんか? 部屋にいたはずなのに」

「あなたの侍女は下がらせた。隣の部屋にいる」

 フェリオスはゆっくりと私に近づき、あごに指をかけて顔を上向かせた。深い穴のような黒い瞳が、私を覗き込んでいる。

 うう、苦しい。
 身長差がありすぎて苦しい!

 ほとんど仰け反るような体勢が苦しくて、フェリオスの腕にしがみ付く。鍛えられた彼の腕は硬く、ぎゅっと握ってもびくともしない。

 私ここで死ぬかも。

「何をしに外へ出た? 祖国へ帰る準備でもしているのか?」

「そんな事、してませんわ……! でも、殿下が来てくださるなんて、意外です」

「意外?」

「殿下は、私に興味がないのだと、思っていました。だから、私が何をしても気にしないだろうと」

「…………」

 ようやく顎が解放され、ほっと息をつく。

 こ、怖かった……!
 人生終わるかと思った。

「外で何をしていたのか教えてくれ。理由に納得できれば、あなたの部屋は別の場所に移そう」

「ほっ本当ですか!?」

「ああ。婚約者が命がけで壁を登り降りするのは見たくない」

「…………。私が外に出ていたのは、メイドに混ざってあなたの情報を集めるためです。婚約者になったけれど、あなたの事をほとんど知らないので。使用人たちのほうが、本音を聞かせてくれるだろうと思ったのです」

「それで、何か分かったか?」

「殿下には、とても大切な妹姫がいるという事が分かりました。…………勝手に調べてごめんなさい」

 フェリオスに向かってぺこりと頭を下げる。

 こんなんじゃ許してもらえないかもな……。
 いま死んだら、また生まれ変わってくり返すのかしら。

「……分かった。あなたの部屋は、もっと下の階に移そう」

「えっ? い、今ので納得して頂けたんですか?」

「あなたが外へ出たくなる理由を作ったのは俺だ。ほったらかしにしてすまなかった。次はバルコニー付きの部屋にするから、手すりにロープでも結んで出入りすればいいだろう」

「あ、ありがとうございます…………」

 ええぇ、意外。
 部屋を移してくれる上に、脱出もお咎めなしなんだ!

「なんだ、その顔は?」

「いえ、ちょっと……。殿下はもっと怖い人だと思っておりましたので」

「俺は努力を怠らない者は好きだ。あなたはよく頑張っている。ほら、これを見ろ」

 フェリオスは手に持っていた書類を私に見せた。
 項目の横に数字がずらりと並んでいる。

「私が提出した売り上げの集計ですね。下の数字は何でしょう?」

「ハートン内で起こった犯罪件数。難民たちの中にも窃盗を働く者はいるが、仕事が始まってから激減している。あなたのお陰だ。……ありがとう」

 フェリオス皇子はふっと笑い、私の頭をクシャクシャと撫でた。

 うわあああ。
 笑うとこ初めて見た!
 笑顔を見るまでに、一ヶ月かかったわ!

 何度か撫でて満足したのか、皇子は部屋から出て行った。
 
「もう、なんなの……」

 頭がぼさぼさのままつぶやく。

 危なかった……。
 美形の優しそうな微笑みはヤバイ!

 精神年齢がお婆ちゃんの私でなければ、コロッと落ちていたことだろう。

「姫様! ご無事でしたか?」

「あっカリエ! あなたこそ無事でよかったわ」

 隣室からカリエも戻ってきたし、一安心だ。
 私はロイツから持ってきた荷物をあさり、一つの箱を取り出した。

「調整なさるのですか?」

「ええ。音が狂ってないといいのだけど……」

 長年お世話になった楽器を優しく撫でる。

 フェリオスの鍵となるのは、恐らく妹姫だろう。
 九歳の女の子なら楽器に興味を持ってもらえるかもしれない。
 今はこれに賭けてみよう。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

差し出された毒杯

しろねこ。
恋愛
深い森の中。 一人のお姫様が王妃より毒杯を授けられる。 「あなたのその表情が見たかった」 毒を飲んだことにより、少女の顔は苦悶に満ちた表情となる。 王妃は少女の美しさが妬ましかった。 そこで命を落としたとされる少女を助けるは一人の王子。 スラリとした体型の美しい王子、ではなく、体格の良い少し脳筋気味な王子。 お供をするは、吊り目で小柄な見た目も中身も猫のように気まぐれな従者。 か○みよ、○がみ…ではないけれど、毒と美しさに翻弄される女性と立ち向かうお姫様なお話。 ハピエン大好き、自己満、ご都合主義な作者による作品です。 同名キャラで複数の作品を書いています。 立場やシチュエーションがちょっと違ったり、サブキャラがメインとなるストーリーをなどを書いています。 ところどころリンクもしています。 ※小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿しています!

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

冷徹公爵閣下は、書庫の片隅で私に求婚なさった ~理由不明の政略結婚のはずが、なぜか溺愛されています~

白桃
恋愛
「お前を私の妻にする」――王宮書庫で働く地味な子爵令嬢エレノアは、ある日突然、<氷龍公爵>と恐れられる冷徹なヴァレリウス公爵から理由も告げられず求婚された。政略結婚だと割り切り、孤独と不安を抱えて嫁いだ先は、まるで氷の城のような公爵邸。しかし、彼女が唯一安らぎを見出したのは、埃まみれの広大な書庫だった。ひたすら書物と向き合う彼女の姿が、感情がないはずの公爵の心を少しずつ溶かし始め…? 全7話です。

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

恐怖侯爵の後妻になったら、「君を愛することはない」と言われまして。

長岡更紗
恋愛
落ちぶれ子爵令嬢の私、レディアが後妻として嫁いだのは──まさかの恐怖侯爵様! しかも初夜にいきなり「君を愛することはない」なんて言われちゃいましたが? だけど、あれ? 娘のシャロットは、なんだかすごく懐いてくれるんですけど! 義理の娘と仲良くなった私、侯爵様のこともちょっと気になりはじめて…… もしかして、愛されるチャンスあるかも? なんて思ってたのに。 「前妻は雲隠れした」って噂と、「死んだのよ」って娘の言葉。 しかも使用人たちは全員、口をつぐんでばかり。 ねえ、どうして?  前妻さんに何があったの? そして、地下から聞こえてくる叫び声は、一体!? 恐怖侯爵の『本当の顔』を知った時。 私の心は、思ってもみなかった方向へ動き出す。 *他サイトにも公開しています

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

冷酷な旦那様が記憶喪失になったら溺愛モードに入りましたが、愛される覚えはありません!

香月文香
恋愛
家族から虐げられていた男爵令嬢のリゼル・マギナは、ある事情によりグレン・コーネスト伯爵のもとへと嫁入りすることになる。 しかし初夜当日、グレンから『お前を愛することはない』と宣言され、リゼルは放置されることに。 愛はないものの穏やかに過ごしていたある日、グレンは事故によって記憶を失ってしまう。 すると冷たかったはずのグレンはリゼルを溺愛し始めて――!? けれどもリゼルは知っている。自分が愛されるのは、ただ彼が記憶を失っているからだと。 記憶が戻れば、リゼルが愛されることなどないのだと。 (――それでも、私は) これは、失われた記憶を取り戻すまでの物語。

転生者と忘れられた約束

悠十
恋愛
 シュゼットは前世の記憶を持って生まれた転生者である。  シュゼットは前世の最後の瞬間に、幼馴染の少年と約束した。 「もし来世があるのなら、お嫁さんにしてね……」  そして、その記憶を持ってシュゼットは転生した。  しかし、約束した筈の少年には、既に恋人が居て……。

処理中です...