四回目の人生は、お飾りの妃。でも冷酷な夫(予定)の様子が変わってきてます。

千堂みくま

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33 姫はうまくあしらった

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 ラクダというのは二人でも乗れるらしい。

 イスハークは朝食のあいだ盛んに「ラクダに乗ろう!」と言い続け、イリオン皇子が乗り気になったためエイレネ姫の離宮へ行くことになった。
 イスハークはエイレネ姫にラクダ体験をさせたいようだ。

「フェリオス様、大丈夫ですの? イスハーク陛下は幼女から老女までイケると噂ですわ。そんな方にエイレネ様を会わせるなんて……」

「大丈夫だ。エイレネにはあらかじめ、イスハーク陛下の情報を伝えてある」

 馬車のなかでフェリオスに確認すると、彼は心配する素振りもなく答えた。
 なにをどう伝えたのか気になるが、とにかくエイレネ姫さえ守れたらそれでいい。

 私たちが先に離宮へ到着し、ラクダに乗ったイリオン皇子とイスハーク、王の従者たちはあとからゆっくりと登場した。

「うぅ、酔った……」

 イリオン皇子はラクダから降りるなり、へなへなと床に座り込んでしまった。出発前はあんなに元気だったのに。
 私は離宮の厨房を借りて、レモンをしぼった冷たい水を彼に出してあげた。

「大丈夫ですか、イリオン様。ラクダって酔うものなんですか?」

「馬と全然ちがう……。めちゃくちゃ揺れる」

「ラクダは馬と歩き方が違うからな。体幹を鍛えていないと、長時間のるのは無理だろう」

「えっ! そんな動物にエイレネ様が乗れるでしょうか?」

 今からでも止めようかな、なんて思っていたのに、人のざわめきを聞きつけた小さな姫がエントランスに現れた。ラクダを見て目を輝かせている。

「わあっ、大きい! ラクダって馬より大きいのですね!」

「おお、なんと愛くるしい姫だ! 姫、余と一緒にラクダに乗ろうではないか?」

 目ざとく姫を見つけたイスハークが彼女に駆けより、片膝をついて白く小さな手を取る。あのポーズは求婚の意味もあるのに、九歳の姫にやってしまうなんて。

 エイレネ姫、応えてはいけません!
 イスハーク王の毒牙にかかってしまいます……!

 と、思いきや。

 姫は優雅なお辞儀をしたあと、にっこり笑ってイスハークへ告げた。

「初めまして、イスハーク陛下。わたくしはエイレネ・アステリ・エンヴィードと申します。せっかくのお申し出ですけれど、わたくしはフェリオスお兄様と乗りたいですわ」

「な、なんとぉ!? 姫まで兄好きなのか!」

「お兄様が好きというより、一途な男性が好きなのです」

 イスハーク王とエイレネ姫の間に、「ぴしっ」と亀裂が入ったように見えた。
 一途な男性――明らかにイスハークは対象外である。

 王はしょんぼりと肩を落とし、おぼつか無い足取りで木陰のベンチに座った。ちょっと可哀相になり、イスハークへ冷たい飲み物を用意してあげる。

「陛下、冷たいレモネードをどうぞ。すっきりしますよ」

「み、巫女姫……! やはりそなたは女神だ。世界中の男の希望だ!」

 褒めすぎです、と思いつつ悪い気はしない。
 私たちが木陰で休んでいる間に、エイレネ姫は着がえたようだ。薄手のシャツと綿のズボンを履き、つややかな黒髪を後ろでまとめている。

「お兄様たち、乗りましょうよ!」

「ああ。イリオンは休んでいるか?」

「僕も行くよ。ちょっとコツが分かったしね」

 三人はどのラクダにしようか歩きながら選び、大きなラクダにフェリオスとエイレネ姫、ひとこぶのラクダにイリオン皇子が乗ることにしたようだ。

「ララシーナは残るのか?」

「ええ。私は待っておりますわ」

「……イスハーク陛下。あなたを信じているが、くれぐれも俺の婚約者を口説いたりはしないでほしい」

「私がそばで見張っております。ご安心ください」

 アシムが言うと、フェリオスはほっとしたように頷いた。

 イスハーク王、本当に信用されていないわ。
 まあ自業自得のようなものだけど。

 三人が仲良くラクダの散歩に出かけ、急に静かになった。いつも騒がしいはずのイスハークまで、穏やかな顔で風に吹かれている。

「静かでいい場所だ。空気もうまい。エイレネ姫にはぴったりの場所であるなぁ……。姫の治療もそなたがやったのか?」

「ええ。食事を変えてもらっただけですが……。と言いますか、イスハーク様は姫の病気のこともご存知でしたの?」

「無論。余の諜報員たちは優秀でな、世界各地に散らばって情勢を伝えてくれるのだ。エンヴィードの皇城にも何人か入り込んでおるぞ」

 いつもの人懐っこい笑顔ではなく、大国の王らしい底の見えない表情で言う。
 すっかり騙されてしまった。
 この人は紛れもなく、エンヴィードに張りあう超大国の王なのだ。
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