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37 夜会
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「巫女姫さま、お会い出来るなんて光栄です。ご活躍のうわさは皇都まで届いておりますわよ」
「あら……。私の活躍なんて、大したものではありませんわ」
扇で口元を隠しながら、うふふ、おほほと笑う。
あと何時間、笑っていればいいのかしら。表情筋が引きつりそうだわ。
夜会が始まり、私とフェリオスは貴族たちに囲まれていた。
薄荷緑を帯びた銀髪と青葉色の瞳を持つのは、世界でただひとり私だけ。だだっ広い会場でもよく目立つのか、令嬢たちが次々と集まってくる。
「ハートンで暗躍していたオーデン伯爵を改心させたのでしょう? 彼は猛省して、利益のほとんどを復興に捧げたと聞きます」
オーデンって誰だったかしら?
全っ然、思い出せないんですけど。
首をひねる私の耳元で、低い声が「精油どろぼう」とささやいた。
ああ、あの太った強欲おじさんか!
「彼は元から反省するおつもりだったようです。私はほんの少しだけ、背中を押したに過ぎません」
「まぁっ、なんて謙虚なお方! さすが『世界の良心』と名高い、教皇猊下の孫姫でらっしゃるわ……!」
謙虚どころか、私とフェリオスがやったのはただの脅しだけどね。
フェリオスなんか、私がいなかったら彼を殺していたかも知れないし。
ちらりと隣を見ると、美しい青年は口元だけで笑っていた。この顔、本心からの笑みじゃない。「くだらない話をいつまでする気だ」とか思ってそう。
「ララシーナ、少し踊ろうか」
「ええ。では皆様、失礼しますわ」
お喋りに飽きたとみられる皇子様に手を引かれ、ダンスホールへ移動する。あらかじめ「エンヴィードの曲では踊れません」と告白していたけど、フェリオスは巧みに私を誘導してくれた。
「おしゃべりに飽きちゃいましたの?」
「ああ。あれ以上つづけるぐらいなら、踊っていた方がまだマシだ」
あらら、冗談で訊いたのに本気で答えてくれたわ。
本当にこういう場が好きじゃないのね。
しかし踊っていた方がマシと言うわりに、フェリオスの動きは熟練していて一つのミスもない。私の手と腰を微妙な力加減で引いて、踊っているように動かしてくれる。
「あなたって何でも出来るのね。少し悔しいですわ」
「そうでもない。俺は苺が木になると思っていた男だぞ?」
「ぷっ! ちょ、今それを言うなんて、ズルイじゃありませんか! ぷ、ふふっ……」
笑ったせいで体から力が抜けていく。思わず広い胸にもたれると、彼は私の体をうしろへ押し倒した。
腕一本で私の腰を支えているから、体がのけ反って頭から床に落ちそうだ。
「きゃあっ!?」
――倒れちゃう!
必死になってフェリオスにしがみ付くと、彼はくくっと笑って私の首筋にキスをした。周囲で踊っていた令嬢たちが「まあっ」と小さな悲鳴をあげ、見られた恥ずかしさで顔が一気に熱くなる。
「も、なにして……!?」
「今夜は俺とあなたの婚約を発表する夜会だぞ? 俺の妃はあなただけだと見せつけるために、わざわざ皇都まで来たんだ。キスぐらいはしておかないと」
当然のように言って、私を抱きしめる。
ひと言ぐらい文句をいってやろうかと思ったけど、フェリオスの満足そうな顔を見たらその気も失せてしまった。
「少し風にあたろうか」
「ええ」
給仕している者からグラスを二つ受け取り、フェリオスと私は外のバルコニーへ出た。今夜は雲が多いので月光は届かないが、代わりのように足元に角灯が置いてある。
「あなたにはこっちだな」
フェリオスは二つのグラスの内、色がついている方を私に手渡した。見るからにオレンジのしぼり汁である。
自分は白ワインを飲んでいるくせに、と少し恨めしい。
「そんな顔をするな。酔ったあなたを、他の男に見せたくないんだ」
「わ、分かりましたわ。別にお酒を飲みたいわけじゃありませんから」
フェリオスとイスハークの飲み比べを見て以来、ちょっとだけお酒に興味が湧いたのだ。二人が美味しそうに飲むから、私も少しだけ――と思ったけど、酔うのはやっぱり怖い。
イスハークのように床で寝てしまうような事態は避けたいし。
「フェリオス殿下。皇太子殿下がお呼びです」
そばに控えていたウェイドが呼びにきて、フェリオスは「ああ」と答えてグラスを持ったまま会場へ戻りかけた。しかし一瞬だけ私をふり返り、ささやくように言う。
「少し、離れる。…………頑張れよ」
「……はい?」
頑張れ? なにを?
うるわしい皇子様は意味不明な応援をおくり、大広間へ戻ってしまった。
大きなバルコニーに私だけがぽつんと残される。出入り口にはエルビンが控えているが、なぜか誰も夜風にあたろうとしない。
エンヴィードの夜会って、月を見ながら誰かとお喋りしたりしないのかしら。
「あら……。私の活躍なんて、大したものではありませんわ」
扇で口元を隠しながら、うふふ、おほほと笑う。
あと何時間、笑っていればいいのかしら。表情筋が引きつりそうだわ。
夜会が始まり、私とフェリオスは貴族たちに囲まれていた。
薄荷緑を帯びた銀髪と青葉色の瞳を持つのは、世界でただひとり私だけ。だだっ広い会場でもよく目立つのか、令嬢たちが次々と集まってくる。
「ハートンで暗躍していたオーデン伯爵を改心させたのでしょう? 彼は猛省して、利益のほとんどを復興に捧げたと聞きます」
オーデンって誰だったかしら?
全っ然、思い出せないんですけど。
首をひねる私の耳元で、低い声が「精油どろぼう」とささやいた。
ああ、あの太った強欲おじさんか!
「彼は元から反省するおつもりだったようです。私はほんの少しだけ、背中を押したに過ぎません」
「まぁっ、なんて謙虚なお方! さすが『世界の良心』と名高い、教皇猊下の孫姫でらっしゃるわ……!」
謙虚どころか、私とフェリオスがやったのはただの脅しだけどね。
フェリオスなんか、私がいなかったら彼を殺していたかも知れないし。
ちらりと隣を見ると、美しい青年は口元だけで笑っていた。この顔、本心からの笑みじゃない。「くだらない話をいつまでする気だ」とか思ってそう。
「ララシーナ、少し踊ろうか」
「ええ。では皆様、失礼しますわ」
お喋りに飽きたとみられる皇子様に手を引かれ、ダンスホールへ移動する。あらかじめ「エンヴィードの曲では踊れません」と告白していたけど、フェリオスは巧みに私を誘導してくれた。
「おしゃべりに飽きちゃいましたの?」
「ああ。あれ以上つづけるぐらいなら、踊っていた方がまだマシだ」
あらら、冗談で訊いたのに本気で答えてくれたわ。
本当にこういう場が好きじゃないのね。
しかし踊っていた方がマシと言うわりに、フェリオスの動きは熟練していて一つのミスもない。私の手と腰を微妙な力加減で引いて、踊っているように動かしてくれる。
「あなたって何でも出来るのね。少し悔しいですわ」
「そうでもない。俺は苺が木になると思っていた男だぞ?」
「ぷっ! ちょ、今それを言うなんて、ズルイじゃありませんか! ぷ、ふふっ……」
笑ったせいで体から力が抜けていく。思わず広い胸にもたれると、彼は私の体をうしろへ押し倒した。
腕一本で私の腰を支えているから、体がのけ反って頭から床に落ちそうだ。
「きゃあっ!?」
――倒れちゃう!
必死になってフェリオスにしがみ付くと、彼はくくっと笑って私の首筋にキスをした。周囲で踊っていた令嬢たちが「まあっ」と小さな悲鳴をあげ、見られた恥ずかしさで顔が一気に熱くなる。
「も、なにして……!?」
「今夜は俺とあなたの婚約を発表する夜会だぞ? 俺の妃はあなただけだと見せつけるために、わざわざ皇都まで来たんだ。キスぐらいはしておかないと」
当然のように言って、私を抱きしめる。
ひと言ぐらい文句をいってやろうかと思ったけど、フェリオスの満足そうな顔を見たらその気も失せてしまった。
「少し風にあたろうか」
「ええ」
給仕している者からグラスを二つ受け取り、フェリオスと私は外のバルコニーへ出た。今夜は雲が多いので月光は届かないが、代わりのように足元に角灯が置いてある。
「あなたにはこっちだな」
フェリオスは二つのグラスの内、色がついている方を私に手渡した。見るからにオレンジのしぼり汁である。
自分は白ワインを飲んでいるくせに、と少し恨めしい。
「そんな顔をするな。酔ったあなたを、他の男に見せたくないんだ」
「わ、分かりましたわ。別にお酒を飲みたいわけじゃありませんから」
フェリオスとイスハークの飲み比べを見て以来、ちょっとだけお酒に興味が湧いたのだ。二人が美味しそうに飲むから、私も少しだけ――と思ったけど、酔うのはやっぱり怖い。
イスハークのように床で寝てしまうような事態は避けたいし。
「フェリオス殿下。皇太子殿下がお呼びです」
そばに控えていたウェイドが呼びにきて、フェリオスは「ああ」と答えてグラスを持ったまま会場へ戻りかけた。しかし一瞬だけ私をふり返り、ささやくように言う。
「少し、離れる。…………頑張れよ」
「……はい?」
頑張れ? なにを?
うるわしい皇子様は意味不明な応援をおくり、大広間へ戻ってしまった。
大きなバルコニーに私だけがぽつんと残される。出入り口にはエルビンが控えているが、なぜか誰も夜風にあたろうとしない。
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