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7 呪いの首輪

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「ほら、終わったぞ」

「あ、ありがとうございます……」

 自分の姿をこんなにまじまじと見たのは何年ぶりだろう。鏡に映ったわたしは母そっくりだった。
いつの間にか頬の傷が消えている。シュウが治してくれたんだろうか。

 鏡の中でジオルドが何やらゴソゴソ動き、手に持ったリボンのような物をわたしの首に引っ掛けた。

 ええっ。
 髪を切った直後に絞め殺す気? じゃあ髪なんか切らなきゃ良かったのに!

 わたしは目を閉じてその瞬間を待った。
 首を絞められるのはどれ程の苦しみなんだろう。一瞬で終わればいいな……。

 悶々としている内に首の後ろでパチンと音がした。不審に思いながら目を開けると、何とわたしは首輪を付けられているではないか。

「何ですか、この首輪は?」

「くび……。チョーカーって言えよ。お前のために特別に作らせた物で、去年ようやく出来上がったんだ。想像通りよく似合っている」

 黒いベルベットのリボンが首に巻きつき、鎖骨の中心あたりに楕円形の宝石が光っている。黒く、オパールのような虹色の光を放つ石だ。高濃度の魔石かもしれない。

 わたしはドレッサーに張り付いて、鏡に映った宝石を見つめた。よく見れば石が嵌めこまれた台座に細かい魔術文字がびっしりと彫られている。これは魔術陣なのでは?

「これ魔道具でしょう。何の効果があるんですか?」

 恐怖を感じたわたしは首輪を外そうと金具に手を伸ばした。が、何故かつるつる滑って首輪に触れない。
 結界でも張ってあるのか。

「どうして触れないの!」

「何にしようか……。毛の生えた動物がいいな。柔らかくてさわり心地がいい奴にしよう」

 ジオルドはわたしを無視して何かブツブツ言っている。怖い。何かよからぬ事を企んでいる。

 わたしは椅子から立ち上がり、全速力でドアへ向かって走りだした。でも腕を掴まれると同時に足払いを掛けられ、易々とジオルドの腕の中に抱え込まれてしまう。

 ブツブツ言ってたくせに、わたしの動きは把握してるなんて……。人間離れしすぎじゃないの。

「はっ、放して!」

 ジオルドは荷物のようにわたしの体を腕に抱えて部屋の中を歩き、ソファに無理やり座らせた。わたしを見下ろしながら腕を組んで何か考え込んでいる。嫌な予感しかない。

「そうだな……。お前は猫のような目をしているからな。“猫になれ”」

 低い声が聞こえた途端、体がぐんっと下に引っ張られるような感覚がした。視点の高さが変わり、ジオルドの膝が目の前に見えている。さっきまで奴の顔を見ていたのに。

「えっ、ニャに? ニャ!?」

 ニャ、って何よ。なに言っちゃってんの、わたし!?

 口元に手を当てると、ふわふわした毛の感触。口どころか、手も体もおかしい。全身が艶やかな黒い毛に覆われ、手の平にはぷにぷにした訳の分からないモノが付いている。

「んニャア!? どういう事ニャっ!」

「はっはぁ! 可愛いじゃないか、ノア」

 上機嫌なジオルドが、くしゃくしゃになった服の中からわたしをひょいと抱き上げた。腕の中にかかえこんで、もう片方の手でわたしの背中を撫でている。

 ぐぬううう、何と言う屈辱!

「ニャんでこんな事するんですか! 無理やり猫に変身させるニャんて卑怯でしょう!」

「卑怯? 公爵家に忍び込んで、俺に惚れ薬を飲ませようとした女に言われたくないな。このチョーカーには位置情報を発信する魔術が仕込んである。逃げようなどとは思うなよ」

「このクズ公爵! ……ニャっ」

 しまった。思わず本音が漏れちゃった!

 恐る恐るジオルドの顔を見上げると、奴は目を丸くしていた。意外そうな顔で。

「……お前になじられるのも悪くないな。むしろいい。なぁ、もっとお前の感情を俺にぶつけてくれよ」

 変態。
 誰か騎士を呼んで! ここに変態がいます!

「ほ、本を読めって言ってたニャ。もう人間の姿に戻してくださいニャ!」

「もうちょっといいだろ」

 変態公爵がわたしの後頭部の匂いをかいでいる。顔をぐりぐり押し付けてくる。

「戻れニャ! 人間に、戻れニャっ!」

 ……駄目だ。声に魔力を乗せて叫んでも、何の反応もない。

 もしかしたら声紋認証で魔術を起動しているのかもしれない。なんでそんな高度な魔道具を作ったのよ。この首輪にどれだけお金をつぎ込んだの? 変態公爵の執念が怖すぎる。

あきらめて脱力していると、後頭部から声が響いた。

「はぁ……。頭の中がとろけそうだ。そろそろ真面目な話をしよう」

「やっとですかニャ」

「お前に任務を与える。来月、オルタ大学の編入学試験を受けて来い。どの学科でも構わんが、入学したらある人物に接触してもらいたい」

「急に大学入れとか言われてもニャ。入れるかどうか分かりませんニャ」

 ああもう、ニャとか嫌。普通に喋りたい。

「魔術薬学科なら問題なく入れるだろ。母親から勉強を教えてもらってたんだから」

 なんでアンタが知ってるんだ。気持ち悪いんですけど。

「……分かりましたニャ。接触してほしい人物と言うのは誰ですかニャ?」

「マーガレットという名の女だ。でもお前から声を掛ける必要はない。お前は適当な場所で、あの本を読むだけでいい。マーガレットはあの本を相当気に入ってるようだから、読んでいれば向こうから近付いて来るだろう」

 ああ、それで本を読めって言ったのか。
 ジオルドはわたしの体を持ち上げ、口元にちゅ、とキスをした。
 ぐえええ。

「うぅっ……もう人間に戻してくださいニャ」

「いいだろう。でも夜はまた猫になれよ。俺と一緒に寝てもらうからな」

「はァ!? そんニャっ」

「嫌ならしょうがない。不法侵入でお前を裁くしかないなぁ」

「ぐぅっ。わ、分かったニャ」

 ジオルドは満足そうに頷き、「人間に戻れ」と呟いた。体が膨らむような感覚がして、気付いた時には人間に戻っていた。長い腕の中、何も着ていない状態で。

「きゃあ! ふ、服、服っ」

「おっと。こんな地味な服はやめておけ。ほら、こっちを着るといい」

 もともと着ていた服をジオルドがわたしから奪い取り、代わりにクローゼットから下着や服を投げて寄こした。しゃがみ込んだまま移動してそれらを拾い上げる。

 変態セレクトの服を着なければならない屈辱。
 覚えてなさいよ、クズ公爵め。

 服を手に持ってカーテンの中に隠れ、こそこそ着替えた。ワイン色のサテン生地のワンピースだ。袖が付いていない、肩紐だけのデザイン。首輪がよく見えるからこの服を選んだんだろうか。

 カーテンの中から出ると、ジオルドは目を細めてわたしを見ている。
 嫌だなぁ、あの嬉しそうな顔。アンタを喜ばせるために着たわけじゃないのよ。勘違いしないでね。
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