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4 地味女の過去
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私は12歳まで京都に住んでいた。私の家は古くから続く老舗の呉服屋を営んでおり、京都で呉服といえばみやこ屋と言われるぐらい有名な店だった。
星野のおじさまは京都でタクシー会社を経営していて、父と懇意の仲だったから自宅に来てくれた際にはよく遊んでくれた。
うちの家は母屋のほかにいくつも離れがあり、子供の私はなんども迷子になったものだ。庭の端にある古びた蔵は特に不気味で、両親に「入っちゃだめだよ」と注意されながらも怖いもの見たさで何度か忍び込んだことがある。錆びた甲冑を見つけたときには悲鳴を上げちゃったけども。
生まれたときから蝶よ花よと育てられ、お嬢さまらしく幼稚園からエスカレーター式の小学校に通っていた私は、はっきり言って性格の悪い小娘だった。
今なら分かるが当時はそんなこと気づきもせず、自分の思ったことをそのまま口に出してしまう子だった。あの頃は自分が正義だと信じていたのだ。
当然ながら友達はほとんどいなかったが、顔はそこそこ可愛かったので男子からは結構モテた。だからこそ尚さら同年代の女子からは嫌われて、学校が終わったあとにひとりで神社巡りをするようなぼっちであった。
しかしそんな高飛車で高慢ちきな私は12年で終わりを告げ、お嬢さまからただの人になった小娘は両親と一緒に東京へ引っ越すことになる。
子供の頃は知らなかったけれど、みやこ屋の経営は祖父の代からすでに傾いていたのだ。店舗が入っていた不動産を活かせばなんとかなったのかもしれないが、おっとりした父にその機転はなかった。あくまで呉服にこだわり、ブームの過ぎたデザインの着物を売り上げが伸びないまま作り続けた結果、にっちもさっちも行かない状況に追い込まれてあっけなく破産。
会社を再生させる方法もあったが、父は破産という道を選んだ。呉服そのものが行き詰まっていると感じたのもあるだろうが、一人娘の私に負の遺産を押し付けたくなかったのだと思う。
資産の全てを失った父は社長からただのおじさんになり、星野のおじ様の口利きで東京のタクシー会社に就職。おじ様の会社は本社を東京に移していたので幸運だった。母も専業主婦からパートで働くようになり、私は私立の名門小学校から公立の中学へ移った。
普通の女の子になっても私はまだ性格が悪いままだった。いや、全てを失ったからこそふて腐れて、さらに人を寄せ付けない少女になっていた。
「あんたさぁ、ちょっと目立ちすぎじゃないの? 学校は勉強するとこなのに頭にリボンなんかつけちゃって。みんな我慢してんのに、先生に注意されても直す気ないとこが最悪なんだよ。感じ悪い」
誰もが入らねばならないというクラブ活動の時間、ひとつ上の先輩は私に言った。目立ってなにが悪いのか。凡人に混ざって個性を失うことのほうが愚かじゃないか。そんな風に思っていたので先輩の言葉を無視すると、その日から私に対する完全無視というイジメが始まった。
私は手芸部に所属していたが、グループ活動では誰もペアにならない。おまけに道具を隠され、ひとりで探している間にクスクスと笑われる。先生には「なにをモタモタしてるの」と怒られる。イジメはクラブ活動だけに留まらず、クラス内でも私は浮くようになって――
「学校ではどうだ? うまくやれてるか?」
「……うん。大丈夫だよ」
家で父に訊かれるたびにつらかった。慣れない仕事で疲れている両親を心配させたくなくて、とうとう私は地味に生きることを決意した。お嬢さまっぽいハーフアップの髪型をやめ、リボンもやめ、黒いゴムで髪をひとつにくくるだけにした。
しかしそれでも酔狂な男子が私に告白する事件があり、イジメがヒートアップするのを恐れた私は学校内で芋くさい伊達眼鏡をかけ、前髪を長く伸ばして重たい雰囲気を纏うことにした。鏡を見るたびに暗そうな女だなと自分でも思ったが、それでイジメが止んだのだから良かった。ぼっちは変わらなかったけれど。
高校も公立を選んで進み、あと少しで卒業というタイミングで父が亡くなった。勤務中の交通事故だった。死に顔が安らかだったのがせめてもの救いだ。ああ、父はやりきったんだ、満足して死んだのだと思えたから。
そうして地味女になった私は、母とふたり東京で暮らしている。もう学生じゃないのに地味なのはまた別の理由だが、今は思い出したくもない。
星野のおじさまは京都でタクシー会社を経営していて、父と懇意の仲だったから自宅に来てくれた際にはよく遊んでくれた。
うちの家は母屋のほかにいくつも離れがあり、子供の私はなんども迷子になったものだ。庭の端にある古びた蔵は特に不気味で、両親に「入っちゃだめだよ」と注意されながらも怖いもの見たさで何度か忍び込んだことがある。錆びた甲冑を見つけたときには悲鳴を上げちゃったけども。
生まれたときから蝶よ花よと育てられ、お嬢さまらしく幼稚園からエスカレーター式の小学校に通っていた私は、はっきり言って性格の悪い小娘だった。
今なら分かるが当時はそんなこと気づきもせず、自分の思ったことをそのまま口に出してしまう子だった。あの頃は自分が正義だと信じていたのだ。
当然ながら友達はほとんどいなかったが、顔はそこそこ可愛かったので男子からは結構モテた。だからこそ尚さら同年代の女子からは嫌われて、学校が終わったあとにひとりで神社巡りをするようなぼっちであった。
しかしそんな高飛車で高慢ちきな私は12年で終わりを告げ、お嬢さまからただの人になった小娘は両親と一緒に東京へ引っ越すことになる。
子供の頃は知らなかったけれど、みやこ屋の経営は祖父の代からすでに傾いていたのだ。店舗が入っていた不動産を活かせばなんとかなったのかもしれないが、おっとりした父にその機転はなかった。あくまで呉服にこだわり、ブームの過ぎたデザインの着物を売り上げが伸びないまま作り続けた結果、にっちもさっちも行かない状況に追い込まれてあっけなく破産。
会社を再生させる方法もあったが、父は破産という道を選んだ。呉服そのものが行き詰まっていると感じたのもあるだろうが、一人娘の私に負の遺産を押し付けたくなかったのだと思う。
資産の全てを失った父は社長からただのおじさんになり、星野のおじ様の口利きで東京のタクシー会社に就職。おじ様の会社は本社を東京に移していたので幸運だった。母も専業主婦からパートで働くようになり、私は私立の名門小学校から公立の中学へ移った。
普通の女の子になっても私はまだ性格が悪いままだった。いや、全てを失ったからこそふて腐れて、さらに人を寄せ付けない少女になっていた。
「あんたさぁ、ちょっと目立ちすぎじゃないの? 学校は勉強するとこなのに頭にリボンなんかつけちゃって。みんな我慢してんのに、先生に注意されても直す気ないとこが最悪なんだよ。感じ悪い」
誰もが入らねばならないというクラブ活動の時間、ひとつ上の先輩は私に言った。目立ってなにが悪いのか。凡人に混ざって個性を失うことのほうが愚かじゃないか。そんな風に思っていたので先輩の言葉を無視すると、その日から私に対する完全無視というイジメが始まった。
私は手芸部に所属していたが、グループ活動では誰もペアにならない。おまけに道具を隠され、ひとりで探している間にクスクスと笑われる。先生には「なにをモタモタしてるの」と怒られる。イジメはクラブ活動だけに留まらず、クラス内でも私は浮くようになって――
「学校ではどうだ? うまくやれてるか?」
「……うん。大丈夫だよ」
家で父に訊かれるたびにつらかった。慣れない仕事で疲れている両親を心配させたくなくて、とうとう私は地味に生きることを決意した。お嬢さまっぽいハーフアップの髪型をやめ、リボンもやめ、黒いゴムで髪をひとつにくくるだけにした。
しかしそれでも酔狂な男子が私に告白する事件があり、イジメがヒートアップするのを恐れた私は学校内で芋くさい伊達眼鏡をかけ、前髪を長く伸ばして重たい雰囲気を纏うことにした。鏡を見るたびに暗そうな女だなと自分でも思ったが、それでイジメが止んだのだから良かった。ぼっちは変わらなかったけれど。
高校も公立を選んで進み、あと少しで卒業というタイミングで父が亡くなった。勤務中の交通事故だった。死に顔が安らかだったのがせめてもの救いだ。ああ、父はやりきったんだ、満足して死んだのだと思えたから。
そうして地味女になった私は、母とふたり東京で暮らしている。もう学生じゃないのに地味なのはまた別の理由だが、今は思い出したくもない。
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