聖なる巫女は隣国の王子と真実の愛を誓う

千堂みくま

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8 恐怖の初夜

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クロノスはひょい、とセイラを抱き上げた。全く重くもなさそうなその態度に驚いてしまう。
彼はセイラをベッドに降ろすと隣に座り、ぐいっと顔を近づけてきた。鼻先が触れるほどの距離。ぽっかりと穴のあいた空虚な瞳に自分の顔が映っているのが見える。

「駄目だよ。君は国を背負ってここまで来たんだ。君が逃げればシュレフはどうなると思う?」
「…………」

うっとりするような美しい笑顔でクロノスは言った。
言葉さえまともであれば、セイラもその顔に見惚れたことだろう。

でも自分は今、まぎれもなく脅されている。背中をつう、と嫌な汗が流れ落ちた。

「んぅ」

怯えて動けなくなっているセイラの唇を、クロノスは強引に奪った。
何かが口の中に入ってくる。一瞬、歯を食いしばりかけたが何とか我慢した。

セイラが目を閉じてその感触に耐えていると、ようやくクロノスは唇を離した。

「うーん……。もう少し俺にこたえてくれない? 全然動かないね、君」
「はっ、初めて、なので……」

そう。さっきのが初めてのキスだった。でもあまり深く考えたら、ショックで立ち直れなくなりそうだ。今だって泣きたいのを必死に我慢しているのに。

「君、いくつだっけ?」
「16です」
「16? はは、八つも離れたお嫁さんか。道理で……」

クロノスはセイラをベッドに押し倒した。どさ、と体に衝撃が伝わり、亜麻色の髪がシーツに散らばる。

「すぐ壊れそうだな、と思った」

また唇がおりてくる。セイラは静かに目を閉じた。
この人の目的が体を繋ぐことなら、わたしの意識があろうとなかろうと関係ないはず。

セイラは巫女の力を使って、意識を過去の世界へと漂わせた。辛い現実から少しでも逃れたくて。

坂の上に建てられた木造の古い小屋。その前に立つ小さな自分の姿が見える。あれは多分、七つぐらいの頃だろう。
お父さんがセイラを抱き上げて肩の上に乗せた。きゃあきゃあ言いながら、お父さんの肩の上でクルミの実を食べている小さなセイラ。
「ちょっとにがーい」とか言いながら―――。


閨事ねやごとのさなかに上の空なんて、ずい分と余裕だね?」
「いたっ」

強い痛みで一気に意識が現実に引き戻される。
クロノスがセイラの耳朶に噛み付いたのだ。

痛みから逃げようとしても、骨ばった大きな手がセイラの顔を両脇から固定してびくともしない。

「君の夫は俺だ。俺以外のことを考えるのは許さない」

唇の先を触れ合わせながらクロノスは言った。
愛する人に言われたなら、この上なく幸せに感じただろうに。

いつの間にか夜着はすべて剥ぎ取られていて、身を隠すものは何もない。
セイラは恥ずかしさに耐え切れなくて目を逸らした。

「君は着痩せするタイプなんだな……」

クロノスが楽しそうな声で言う。

わざわざそんな事を聞かせなくていいのに。
この人は、わたしをいじめて楽しんでるんだ。

涙がにじんでくるのを唇を噛んで耐えていると、首筋にちりちりとした痛みが走った。

「いっ……」
「最後まではしない。でも印はつけさせてもらう」

しるし? なんの―――。

クロノスの唇が鎖骨のあたりに触れると、またちくん、と痛んだ。彼の唇が移動するたびに、肌に赤い跡が付いていく。首に、鎖骨に、乳房に、お腹。さらさらと触れる銀の髪と熱い吐息がくすぐったい。

セイラをうつ伏せにさせて背中にも赤い花を散らすと、クロノスは満足そうに囁いた。

「ああ、いいね……。聖なる女性に自分の印を刻むというのは。君が俺を愛するようになったら、その時こそ君を抱こう」
「…………」

セイラはクロノスの心をはかりかねていた。

セイラを壊したいような恐ろしいことを言うくせに、自分を愛すまで待つと言ったりもする。
壊したいのか愛したいのか、一体どちらなのだろう。

両方なのかしら……。

いずれにせよ、自分の手には余る男性だった。まだ16歳のセイラにはこの人を受け止めきれない。
セイラが目を閉じているとクロノスも彼女の横に寝転がり、二人の上にリネンを被せた。

「おやすみ、巫女」
「……おやすみなさい」

クロノスが後ろから抱き付いてくる。大事そうにセイラを抱えるその様子は、子供がベッドの中にお気に入りの玩具おもちゃを持ち込むのと似ていると思った。
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