聖なる巫女は隣国の王子と真実の愛を誓う

千堂みくま

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19 妻として

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夕食後、セイラはどうしてもと頼み込んで、クロノスとは別にお風呂に入らせてもらった。
硝子のタイルを眺めながら丁寧に体を洗っていく。

「妻として、できること……」

湯船に入りながらふと考えた。
もしシュレフの王女でなければ、もし巫女の力がなければ、まだあの山の中にいたんだろうか?

セイラは頭を振った。
こんなことを考えるのは不毛だ。眠りの森をどうにかできるのはセイラだけで、自らクロノスを愛そうと決めたのだから。
夫のことは嫌いではない。触れられるのもいやではないのだから、彼と体を繋ぐことも出来るはずだ。

セイラが湯浴みを終えると、入れ違いでクロノスも浴室へ入っていった。
城主夫妻の寝室のドアを開ける。

「……はぁ」

ベッドに座るとギシッという音がやけに耳に響いた。これからここですることを思うと緊張で逃げ出したくなってくる。視線を窓の外へ向けて、景色を目に映すことだけに集中した。
今夜は雲が少ないから、星が良く見えるな……。

「巫女? 寝ないの?」

クロノスが部屋に入ってきた。

途端に、心臓がどくんと強く脈打って、手にじわじわと汗が滲んでくるのを感じる。
自分の横に座ったクロノスを見ながらセイラは深呼吸を繰り返した。

大丈夫。きっと受け入れられる。

「旦那さま……」

クロノスに向かって自分から手を伸ばし、がっしりした肩に腕を回した。あっという間に距離が縮まり、端正な顔はもう目と鼻の先だ。クロノスが目を丸くしている。

セイラは目を閉じて、自分から夫へ口付けた。重なった唇から何かが口の中に入ってくる感触。
唇が触れたままゆっくりとベッドに寝かせられ、クロノスがセイラの夜着のボタンを外し始めた。

骨ばった手と熱い唇が体中を撫で回している。ぞわぞわとした感覚に目を閉じて耐えていると、急に瞼の裏にイメージが飛び込んできた。

―――どうして、こんな時に。

15歳ぐらいの女の子達が集まって何かを話している。覚えのある風景に、セイラはぎゅっとシーツを握り締めた。

〝すっごく、痛いんだって!〟

誰かが言うと、周りの少女たちが、きゃあっと声を上げる。

―――やめて。

〝血も出るらしいわ〟
〝ええ、そんなの嫌よ。やりたくないわ〟
〝なに言ってんの! 我慢しなきゃ赤ちゃんできないのよ〟

―――赤ちゃん?

セイラは震えた。いまやっていることが全て終われば、この体の中には新しい命が宿るかもしれない。
こんな、大人になりきれていない自分が、母親になる?
そんなの……。

「震えてるね」

クロノスの声で、はっと我に返った。目を開けると、睫毛が触れそうな距離に彼の顔がある。

「そこまで我慢して俺を受け入れようとするのはなぜ? そんなに俺の子を孕みたい?」

「!!」

生々しい言い方にセイラは真っ赤になった。
クロノスの子供が欲しいわけではなかった。でもこの行為をするからには、子供が出来てもいいという覚悟を持つべきだった。

わたしは何て愚かだったんだろう。

クロノスが両手でセイラの顔を包み込む。壊れそうなものを大事に扱うような手つきなのに、彼の顔には何の表情も浮かんでいなかった。

「なにを隠してる?」

まるで幼子に言い聞かせるような優しい声。だがセイラは体中の毛穴が開いたような気がした。じわ、と汗がにじんでくる。

「っあ、あなた、が」

「俺が?」

「よ……喜ぶかと、思って……」

「ははっ! 君みたいな子供が、男を悦ばせるって?」

「…………」

自分の短慮さが恥ずかしい。少しずつクロノスの顔がぼやけてくる。

「ああ、泣かないで。前にも言っただろう? 俺は君を気に入ってるから、こんな無理はしなくていい」

だからそれは、妻として気に入ったわけじゃないでしょう?

後からあとから涙が溢れてくる。
耐え切れなくなったセイラが横を向いて両手で顔を隠すと、クロノスも横向きになって彼女の体を後ろからそっと抱きしめた。

「ひっ、う、っ……」

「おやすみ、俺の巫女」

後ろからクロノスの寝息が聞こえてきても、全然眠くならなかった。
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